第4生徒 「ほぼシスコンです。」

春風が心地よい季節の到来を告げていると感じた放課後。

教室に残っている生徒は俺を含めて5、6人ほどになっていた。

俺は朝起きてから現在に至るまで、この事実に関してじっくり潜考せんこうする余裕さえほとんど無かった。ゆえに放課後になり、やっと自由というものを得た気がした。


「あ〜、とりあえず終わった〜」


ペンケース、ファイル、読みかけの小説。それらを鞄にしまいこむ。

朝からの出来事で精神力がずいぶんとすり減った気分だ。特に自己紹介で。それでも、入学初日が無事?ではないかもしれないが終わったんだから、一先ひとまずは良しとするか。な?

まぁかく、今日は早く帰って陽縁にいろいろと聞かなきゃな。

俺は自分の席を立ち、教室の出口まで向かった。

それにしても、自己紹介の時になんであんなが生まれたんだ?どちらかと言えば、生まれたと言うよりかは荒音がと言ったほうがいいのかもしれない。故意かどうかは知らないが。


「というか自己紹介であんなこと言う荒音って子は、やっぱり変わった子なのか・・・」


考えふけってしまうと、ついそれが口からこぼれてしまう。長年の悪い癖だ。


「ねぇ」


出口に差し掛かった時、背後からそう聞こえた。明らかに女子の声質だった。また、それは自己紹介の際に聞いたことのあるものであった。


「あなた・・・」


え?

俺はすぐさま振り向いたと同時に、心臓が強く膨張するのを感じた。そこに居たのが荒音弥生であったから。


「は、はい!?」


えっ?なに?もしかして、さっき口から漏れたの聞かれてた!?うそ!?やっちまった!?マジか!そうなら、とりあえず今は謝ってさっさと帰るのが一番だ!


「あの・・・」


「すみませんでした!」


「え?」


「自己紹介で何を言おうが個人の自由ですよね!本当にごめんなさい!」


「いや・・・」


「それじゃあ、僕もう帰ります!さようなら!」


あはは!絶対に嫌われた!入学初日に早速、お兄ちゃんは女子生徒1名に嫌われたの確定しちゃったよ!陽縁!

そう心の中で叫びながら、下駄箱を目指し、廊下を走った。

荒音は何か言いそびれた様子だった。


「机に忘れていった本を渡そうとしたのだけれど・・・。というか、この本・・・」









「ただいまー!陽縁、いるか!」


勢いよく玄関の扉を開け、リビングへ向かう。


「おかえり兄さん、どうしたの?」


陽縁は、リビングでスマホを弄っていた。ここまではいつもと変わらない風景だ。


「なぁ、俺の名前を呼んでみてくれ」


俺はやっと会えた喜びを咀嚼しながら妹に近づき、自分という存在の確認に努め始めようとした。


「え?なに急に」


陽縁は怪訝そうに俺を見つめる。


「いいから早く」


自分でもおかしなことを言っているのは十分承知だ。


「神領篤斗よ」


「だよな」


「当たり前じゃない!兄さんは自分の名前も覚えられなくなったの!」


陽縁が呆れる感情を孕んだ態度を俺につく。無理もない。今までまともだと思っていた人間が、朝になると至極当然であることを執拗に聞いてくるとなれば、誰だって呆れたり、憤怒したりはするだろう。


「それじゃあ、俺の誕生日は?」


さらに自己についての確認を進める。


「は?4月5日でしょ!ついこのあいだ、誕生日会したばかりじゃない!忘れたの!?」


たしかに俺の誕生日と合っている。


「兄さん、朝からなんだかおかしいよ?」


陽縁はもはや、哀れむように俺を見つめる。


「なんでこんなこと聞くのか分からないかもしれないけど、とりあえず答えて欲しいんだ!」


変なことばっかり聞くけど、お兄ちゃんのこと嫌いにならないでね!我が妹よ!


「えー、もう!わかったわよ」


「ありがとう、それじゃあ次に俺の血液型は?」


「B型でしょ」


「家族構成は?」


「母親、父親、姉さん、私、に兄さんを加えた5人家族よ。なに、この質問」


陽縁はいい加減にしてよと言わんばかりの面構えをしばらく崩さずにいた。


「じゃあ俺の好きな子は?」


「兄さんに好きな人ができたの!?ていうかそんな人いたの!?嘘でしょ!誰?誰なの!?」


予想以上に陽縁が取り乱したので、質問をしたこちら側もおもわず一歩後退りしてしまった。


「ねえ!教えてってば!」


ムッとした顔つきで座っているソファから立ち上がる陽縁。正直、こういう表情も可愛いく、愛おしいと感じた自分は兄貴として正常ですよね。


「教えてやろう、その子の名前は・・・」


「名前は?」


陽縁は、固唾かたづを呑むように聞き入る。


「神領陽縁だよ」


「・・・!」


陽縁の頬を中心として、顔全体が赤く染まった。そして、言葉にならないような声をうめくように口をガタガタと動かしている。


「ハハッ!勘違いするなよ、としてだぞ!」


それを聞いた途端、自分は兄に遊ばれたんだと感じ、今度は恥じらいゆえの怒りを表した表情で俺を睨むように見つめた。


「わ、わかってたわよ!そんなこと!兄さんは私にそんな冗談が通じるとでも思っていたの!?」


「ごめん、ごめん陽縁。もう意地悪しないよ」


俺は微笑んだ。


「べつに気にしてません!」


こういう時は、いつもとはまた違う可愛さがあるんだよな、陽縁には。

って、こんなことやるために質問したんじゃない!なにやってんだ俺は!

つい、話を脱線させてしまった。


「えーと、質問に戻るけど、俺の入学した高校の名前を言ってみてくれないか?」


さあ、なんと答える?我が妹よ。


「え?愛才学園でしょ」


"愛才学園"その言葉によって、俺の感じたこの非日常が周囲にとっては、日常なのであると突きつけられた気がした。

やはり、やはりそうか。陽縁でさえも、この状況が日常として捉えられるものであるのか。そうなれば、この現在状況を普遍的ではないと感じるのは、たぶん俺一人だけ・・・。


「ねぇ?この質問いつまで続けるの?もう兄さんの意味のわからないお遊びには、付き合いきれないんだけど」


「あー、わるいわるい、もう大丈夫だよ。変なこと聞いてごめんな陽縁。ありがとう」


「ま、まあ、そこまで怒ってないからいいけど」


また、ほんのり陽縁の頬が赤く染まった。









二人で和気藹々わきあいあいと夕食を済ませたあと、俺は陽縁より先に入浴することにした。世間には兄の入った後の湯船に浸かるのなんて、絶対に嫌だと言い張る妹が存在するだろう。しかし、陽縁の場合、そんなこと気にするほど兄である俺のことを嫌ってはいないらしい。ほんと、嬉しい限りだ。


「ふぅ・・・」


俺は、湯船に首元まで浸かりながら全身を伸ばしたような体勢で、このような状況に身を置くことになった原因究明のための思索に耽った。

なぜこんなことになったのか?やはり、あの扉のせいか?しかし、あれは夢なんだよな?

いや、そうだとしても妙にリアルで細かな夢だったな。まあ、夢にリアルとかどうとかを持ち込むのはナンセンスなんだろうけど。ん〜、もし教室で扉に吸い込まれたことが夢だとしたら・・・、俺はいつから夢の中にいたことになるんだろうか?そう考えると単なる夢だというのは考えづらいような気がする。そもそも夢ならば、"寝た"という記憶があるはずだ。しかし、そんな記憶は思い出せない。というか、元々そんな記憶なんて無いように思えてきた。となると、あれは夢ではないのだろうか?現実として俺を吸い込み、この世界に連れてきたのか?ん〜、そう考えるとあの扉がすべての原因だということになる。

あくまで仮説だが、あの扉はもしかすると元の世界とこの世界を繋ぐ存在なのかもしれない。もしそうだとすれば、あの扉にもう一度吸い込まれることによって、元の世界に戻ることのできる可能性は大いにある。そうなると、まずはそいつを見つける必要があるな。でも、どうやって見つける?一度、翔博高校の俺の教室だった場所に行ってみるか?うん、そうしてみよう。

まあ、その前にまずはこの環境に慣れるのが最優先だな。しかし、さっそく女子一名にたぶん嫌われちゃったからな。あー、明日挨拶したら返してくれるかな。

俺は今日の荒音との会話を思い出し、明日への憂いの念を吐露した。

女子だらけの学園生活とは今まで無縁だったたため、正直、学校内でどう振る舞っていいのか全くわからなかった。

そうだ。まずは友達をつくろう。明日、気兼ねなく話せそうな子を見つけて、少しでもいいから話しかけてみよう。うん、それがいい。

少し明日への希望を持てた気がしたのと同時に少し前向きになれた。

生きている事実があればそれでいい!

一方その頃、陽縁はリビングで一人、余韻に浸っていた。


「冗談でも、私のこと好きって言ってくれた・・・。えへへ」














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