第3生徒 「ほぼ女子校です。」
「はいはーい!ちゅーもーく!えーっと、とりあえず皆さん入学式お疲れ様!一人まだ来てないようですけど、早速このクラス最初のLHRを始めちゃいまーす!」
大人びているが、何処かおっとりした雰囲気の若い女性教員が手を叩き、クラス全員の視線を集めて元気良くそう言い放った。
ここは、私立愛才学園。
すでに入学式は閉式しており、ここ1年SB組は最初のLHRを今まさに迎えようとしていた。
「それじゃあーまずは自己しょ・・・」
その時、担任の言葉を断つように、ガラガラと教室の扉が勢いよく開いた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
そこには、愛才学園の制服を身に
「・・・」
教室が静まり返る。
呼吸を乱しながら教室を見渡す限り、全員が女子生徒だと
また、そのほとんどが俺に注目の眼差しを向けている。
うわ、マジか!すっごいこっち見てるよ!もうやめて!みんなそんなにじっと見ないで!そうだ、どうせ遅刻するならせめて呼吸を整えてから来るべきだった!これは最悪の展開だ!
「えーっと・・・あのー・・・君はー・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・神領です・・・」
少し驚いている担任の質問に、息を切らしながらそう答えた。
「えーっと、あ!神領君ですね!一体どうしたんですか?こんな遅くに来て。何かあったんですか?」
「ハァ・・・ハァ・・・実は・・・・ハ・・・道を・・・」
ダメだ、息切れのせいでうまく話せない。
「神領君、一旦深呼吸をして落ち着きましょう。せーの!吸ってーーー、吐いてーーー、
吸ってーーー、吐いてーーー」
入学初日に遅刻した生徒を落ち着かせる為、深呼吸を促す担任。それを受け入れ、何度も実践する汗だくの俺。さらにそれを見つめるクラスの女子生徒達。
何この状況。
羞恥心で死にそうなんですけど。
「やっと落ち着きましたね」
俺の心臓は既におとなしくなっていた。
「それで、どうして遅刻したんですか?」
「えーっと、そのー・・・登校中に道を間違えてしまいまして・・・」
朝起きたら突然この学園の生徒になってて、そんでもって困惑してたら遅刻しちゃいました、信じてください。
なんてことをこの状況で言えるはずがない。
「も〜、入学早々から遅刻なんて感心しませんね。そんなんじゃダメですよ!まったく!まぁ、となると反省文を書いてもらわないといけないので、放課後に職員室を訪ねてください。あ!ちなみに、この学校の反省文の量はかなり多いので覚悟してくださいね!わかりました?」
うん、もうわかったから、これ以上女子の前で俺の生き恥を晒すのはやめてください先生。
「は、はい・・・」
俺の声は弱々しい。
「よろしい!それでは、自分の席に座ってください。ちなみに席は出席番号順なので」
俺は教卓付近から自分の席を探した。
ん?そういえば俺の出席番号って、何番だっけ?あ・・・しまった!焦ってて教室前の名簿表、確認するの忘れてたぁぁ!
俺は自分自身の失態に気づいた。
「神領君?どうかしましたか?」
「あの〜・・・僕の出席番号って何番ですか?」
「え」
担任は口から不意に声を漏らした。
女子生徒たちは依然として静寂を保っていたが、視線は常に俺を
あぁ、もう帰りたいよママ。
「えーっと、神領君の出席番号は17番だから・・・あの席ですね!」
そう言って、担任は一つ空いている席を指差す。
って、ほぼ中央じゃねーか!なんで!?俺の苗字は"じ"から始まるんだぞ!?嘘だろ?これじゃ晒し者だよ、ほんとに!
「わかりました・・・ありがとうございます・・・」
俺は軟弱な声でそう答え、指定された席に腰をかけた。
「まぁ、少しグダりましたが、仕切り直していきましょう!」
グダらせてどうもすみませんでした。心の中でそう謝罪する。
「では、今から皆さんに親睦の意味も含めて、自己紹介をしてもらいたいと思いまーす!」
は?自己紹介?嘘だろ?いやいやいや、こんな女子だらけの中でか!?てか、そもそも何言えばいいんだよ!
俺は更なるイベントに動揺した。
「自己紹介の内容は、名前と趣味とクラスに向けての一言ぐらいでいいでしょう」
なんだ、言うことが決まっているなら安心じゃないか。
そう考え、とりあえず掌で胸をなでおろし、ホッと一息ついた。
「その前に、まず私から自己紹介をしますね」
担任はそう言い出すと、柔和な笑みを浮かべて自己紹介を始めた。
「私の名前は
一瞬、歩先生の知ってはいけない一面が
「それでは、1番の人から自己紹介を始めてください」
歩先生がそう指示すると、一人の女子生徒が立ち上がった。
長く
俺のクラスにもこんな子がいたらなー。いや、現在俺は彼女と同じクラスなのか。
そう見とれているとその女子は自己紹介を始めた。
「
パチパチとお決まりの拍手が起こる。
え?協奏曲?
彼女の清楚な
しかしまぁ、あの流れだと趣味が読書だから好きな小説とか作家とかを言うんだと思ったんだがな。でも、案外こういう女の子の変わったところに惹かれたりするんだよな。
ところが、なぜか荒音の一言がその後、妙なノリへと変貌した。
「好きな曲は
そしてクラスへの一言はもはや自分の好きな曲種の発表へと自然に移り変わって
いた。
「好きな曲は
「好きな曲は
「好きな曲は
ここまで8人全員が偶然生まれたこのノリにのって、自己紹介を終えた。正直、女子生徒達が
一体何なんだこの子達は!?ていうか俺が知らないうちに女子間でそういうことが流行ってんの!?いや、そんな流行聞いたことないんだけど!?
「私、
それから15人目の自己紹介までが終わった。
どうする?たぶん俺の知ってるのは殆ど残ってない。それじゃあ、一度言われたのを言うか?いや、
俺は最善策を見つけ出すため、脳内会議を徹底的に全力で
「好きな曲は
そして目の前の女子が席に座る。次は17番目。
俺の番だ!どうする!?この状況!
その時、俺の脳内に一つの名称が薄っすらと
これをまだ誰も口に出していない事は確かだ。しかし、その名称を断片的にのみ明確化することしかできない。
なんて名前だったかなー?「何とかフォニー」だったような・・・。
しかし、これ以上考える時間はない。そして俺は席を立つ。
さっきまで女子生徒のみだった自己紹介に男子生徒であるこの俺が始めて参加する。
故に女子生徒達は俺が何を言うのか興味津々且つ何かを期待しているかのような眼差しを送る。プレッシャーが半端無い。
「え〜、神領アツトです。趣味は音楽鑑賞です」
ここまでは無難にこなせた。
あとは、ぼやけた記憶を思い出すだけ!思い出せ!思い出すんだ!・・・フォニー、ん〜!もう首元まで出かけてるんだが!
「好きな曲は・・・」
やばい!はやく思い出せ!
俺は必死に記憶を辿る。
「曲は・・・」
もう、時間がない!こうなったら名前のニュアンスで誤魔化すしかない。
「曲は・・・」
あぁ!もうどうにでもなれ!
「オシリフォニーです!!!」
「・・・」
教室は静まり返り、冷たい空気が漂う。
・・・。
・・・。
・・・。
やってもうたっっーーーーーーーーーーー!うん、盛大にやってもうたよね!これ!しかも何この空気!てか、俺クソしょーもねーこと言えるんじゃん!あはは、俺スゴーーーイ!いや、本当に凄いよ?・・・うん・・・。
妹へ。
兄さんの学園生活は入学初日に変なノリによって殺されました。これから1年間、クラス内では一人で生きていきます。
しかし。
「プッ!・・・プフッ!・・・フハハッ!・・・ハッハッハッハッハーーーー!アーーハッハッハッー!」
俺が悲しみに打ちひしがれていた時、一人の女子がつい
俺は笑い声のする方向に視線を向ける。
その
先程のクールな彼女とは打って変わって、気持ち良さそうに高笑いをあげる彼女がそこには居た。
「アッハハハッー!何よ、オシリフォニーって!シンフォニーでしょうが!フハハッ!」
周囲からの視線など気にしてないかのように荒音は笑い続ける。そして篠原につられ、他のクラスメイト達も声をあげて笑う。
「ハハハッ!」
「フッハハー!」
「フハハッ!」
初めて多数の笑い声が響く教室。
そして、よく見ると歩先生も少し笑いをこらえている様子だった。
え?もしかして・・・ウケた?と言うよりは、荒音がクラス全体の笑いを誘ったと言った方が正しいのかもしれない。それでも俺は、いったい何が面白いのかが全く理解できなかった。
「はいはーい!みんな静かに!」
歩先生は手を叩き、そう言って教室に再び静寂を返した。
「神領君、面白い自己紹介をどうもありがとうございます」
歩先生がそう言うのと同時に拍手が巻き起こる。
「それでは次の人行きましょう」
一応なんとか切り抜けられたのか?何かそうでも無い気もするけど。まぁ、これで良かった。
のか?
俺は自分の自己紹介が上手くいったのか、よく分からなかった。
それから後の自己紹介には、俺が苦しんだノリが無くなっていた。
そして全員の自己紹介が終わる。
「はい!自己紹介も終わった事ですし、今日はもう解散にしたいと思います。それでは帰りの挨拶をするのでみなさん起立してください」
クラス全員が挨拶の為に席を立つ。
「私が"礼"と言ったら、そのまま一礼して、"さようなら"と言ってください」
なぁ、陽縁、拓真。
俺はこれからどうなるのかな?
このまま愛才の生徒になるのかな?
もしそうなったら、上手くやっていけるのかな?
このほぼ女子だらけの学園で。
「それではみなさん、また明日お会いしましょう。礼!」
俺は礼をすると共に、翔博高校にさよならをしたような気がした。
とりあえず早く妹に会いたい。
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