戦場のフクロウ

古森史郎

第1話

 一九三九年、第二次世界大戦中のインドネシア。日本軍の十数名の分隊は森の中で孤立していた。その深夜、二人の男は漆黒の森の中で戦場の見張り番をしていた。


 ぴっぴー、ぴっぴー。

 バサバサバサ、クーフー、クーフー。


「フクタロウ、ほら餌だぞ」

「橋本よく手なずけたな、そのフクロウ。お前の口笛で寄ってくるのか」

「はい、山下軍曹。 “フクタロウ” って名前付けたんです、可愛いでしょう」


 フクタロウは、分隊が隠れみのとしている洞窟の入り口の前にある一本の木の枝に止まる。橋本通信兵が枝に括り付けた板の上に置いた餌を、美味しそうにほおばった。


「フクタロウ、今日の餌もエスカルゴの塩漬けだ、残さず食べろよ」

「なんだそれ?」

「カタツムリですよ、フランス料理の。殻を取って食べやすくしてあるからフクタロウが気にいって、手なずける事ができたんです」

「まったくこの戦争の真っただ中で、フクロウにフランス料理のディナーを振る舞うとはアホな奴だなお前」

「えへへ、国に帰ったらフランス料理のコックをやるんです」

「今の戦況じゃ、俺たち日本に帰れるかどうか分からんけどな」


◇  ◇  ◇


 次の日の昼過ぎ、分隊に無線連絡が入った。


「島田分隊長殿、無線連絡が入りました。アメリカ軍の中隊、約三十名が北側からここの場所へ近づいて来るようです」

「了解した橋本、ここも撤退しないとならないな」

「島田分隊長殿、我が分隊は四方八方からアメリカ軍に囲まれていますよ」

「北側の山の中に逃げる予定だったんだが、そこから敵が来るとは」

「このままこの場所で討ち死にですか?」

「山下軍曹、なにか良い方策はないかな。イギリス軍から奪い取ったこのお宝は、アメリカの奴らに取られたくないからな」

「取り合えずこのお宝はこの洞窟に埋めて、ここを撤退するしかありません」

「そうだな、命あっての物種だ。戦闘の前に、このお宝を埋めておこう」


 島田分隊長は、みんなに指示を出してお宝を洞窟の奥に埋めた。


 その夜、見張りの山下軍曹は、北側からアメリカ軍が迫ってくる気配を感じた。

「島田分隊長殿、北側から敵が来ます」

「うむ、今、どっちの方向へ逃げるか悩んどるんだ」

「西は完全に制圧されているので、東か南の海岸方面しかありません」

「海岸はアメリカの軍艦がうじゃうじゃいるだろうな、敵軍三十名と正面から戦うしかないな」

「どうやって敵を迎え撃つんですか?」

「そうだなあ、バンザイ突撃しかねえぞ」

「それって自殺行為じゃないですか」

「島田分隊長殿、私にいい考えがあります」

「なんだ、橋本」

「ひそひそひそ……」

「良し、お前の作戦に我が分隊は命運をかける。全員ただちに準備しろ!」

「はい」


 しばらくして、アメリカ兵の四人が洞窟の近くにやって来た。

「オイ、ジャップ ノ ヘルメット ガ コロガッテルゾ!」


 洞窟の前には、日本軍のヘルメットと通信機が置いてあった。


「オオ、ツウシンキ モ オイテアル。タイチョウ ヲ ヨベ」


 数分後、洞窟の東側にある林の中にアメリカ軍の小隊が合流した。


「タイチョウ、ジャップ ノ カクレガ ミツケマシタ」

「OK、Dチーム ミテコイ」

「ラジャー」


 軍曹は兵士四名を偵察に行かせた。四名は懐中電灯を持ち機関銃を構え、警戒しながら洞窟の前に着く。ヘルメットと通信機を確認したあと、恐る恐る洞窟の中に二名が入って行く。残りの二名は洞窟の前で周囲を警戒した。しばらくして洞窟に入った二名が戻って来た。


「ダレモイナイ、タイチョウ ニ ホウコク シロ」


 洞窟の西側では日本軍の分隊が林の中に隠れて、アメリカ兵たちの様子を窺っていた。


「分隊長殿、アメリカ兵が集まります」

「よし、作戦通りだ山下軍曹。弾薬は洞窟の前の草むらにうまく隠してあるか?」

「はい、月も雲に隠れていて、この闇夜では見つかりません」

「橋本、準備は良いか」

「ばっちりです!」


 洞窟の前にアメリカ軍の小隊が集まった。


「ココ ハ テキ ノ ジンチ ダナ」

「ジャップ ハ モドッテ キマスカネ?」

「ワカラン」


 その時、通信機から音声が発せられた。


「うえるかむ やんきー!」

「ナンダ、コノコエハ?」


 アメリカ兵たちは通信機の周りに集まった。


「ぷれぜんとだよー、ばいばーい。――ぴっぴー、ぴっぴー」


 バサバサバサ、口笛の合図でフクタロウが飛んで来た!


 フクタロウが木の枝に括り付けた板の上に乗ると、そこには安全ピンを抜いた色の手りゅう弾が置いてある。フクタロウはその手りゅう弾を突っついた。


 クククッ、ポイ。


 フクタロウは色の手りゅう弾をくちばしで下に落とした!


 ポトン、コロコロ。


「ナンダ! ナニカ オチテキタゾ」


 ドッカーン!! ドドド―。





「分隊長殿、やりました」

「橋本、よくやった完璧な作戦だ」




「フクロウのネズミ作戦です」   (了)


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 戦場のフクロウ 古森史郎 @460-komori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ