第2翼 自らを女神と名乗るもの

 曖昧な意識の中で誰かに呼び起こされるように俺は目を覚まし、起き上がる。


「こ、ここは……?」


 周りを見渡すと、広がっていたのは真っ白に染まった静かな空間。

 何があったんだと過去の記憶を思い出そうとするが、

 何故か何も思い出すことが出来ない。


「おおアレンよ、死んでしまうとは情けない……」

「だ、誰だ!?」


 突然掛けられる美しい女性の声に、俺は驚いて後ろを振り向く。

 振り向いた先にいたのは純白のドレスを身に纏い、見るものを魅了するような美しい女性が立っていた。


「ふふっ、一度言ってみたかったんですよね。この台詞」


 手で口を隠しながら小さく微笑む女性。


「あ、貴方は?」

「そうですね…とりあえず、私のことは女神とでも呼んでください」

「め、女神?」

「はい」


 自らを女神と名乗るその女性は手から一つの小さな欠片を出し、俺に手渡す。


「これは?」

「その欠片は貴方の記憶の一部です。その、実はですね……」


 自称女神は話しずらそうに手を弄りながら口ごもるが、話すことを決めたのかこちらを向き、口を開く。


「そうですね。まずは何故貴方がここにいるのかその経緯をお話しましょう」


 自称女神が指を大きく鳴らすと、俺の真後ろに真っ白な椅子が出現した。


「立ち話はあまり良くありませんから。どうぞ、椅子に腰を下ろしてください」


 俺は自称女神のお言葉に甘えて用意された椅子に腰を下ろす。


「それではまず…いきなりですが貴方は既に死んでいます」

「本当にいきなりですね」


 まあ大体は予想していたのであまり驚きはしないのだが。


「ここからが本題になるのですが、実は貴方の死後に記憶と魂をこの空間に留めていたのですが……」

「何かあったんですか?」

「私のミスで記憶が欠片となって現実世界の大陸中に散らばってしまいました、てへっ」

「は?」


 自称女神は舌を小さく出して誤魔化すように笑い、俺はその言葉に呆然とする。


「どういう事か、ちゃんと説明してくれませんか?」


 自称女神のあまりにも適当な説明に俺は頬を強く引っ張る。


「痛い痛い分かりました、分かりましたからほっぺを引っ張らないでください!」


 頬を引っ張る手を離し、俺は溜息をつきながら再度椅子に腰掛ける。


「うぅ…酷いですよ」

「次適当に話したらもっと強く引っ張りますからね」

「えっとですね。まずはこれを見てください」


 自称女神が指を鳴らすと、俺の目の前に割れたグラスのようなものが宙に浮かびながら出現する。


「これは、死んだ者の魂と記憶を一時的に留める境界の器と呼ばれるものなのですが」

「割れたことによって、俺の記憶が留められなくなり欠片となって散ったと」

「よく分かりましたね」

「その説明だけですぐ分かるわ! で、なんでこの器が割れたんですか」

「暇だったので遊んでたら……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は立ち上がり自称女神の頬を更に強く引っ張る。


「痛い、痛いです!」

「暇で遊んでたら割ってしまっただ? 人の魂と記憶を留めた大事な器で遊ぶな!」


 自称女神の瞳には涙が浮かんでおり、頬は引っ張られた後が分かるぐらいくっきりと赤く染まっていた。


「だ、大丈夫です! その為に貴方をここに呼んだのですから!」

「何が大丈夫だ、もう不安しかないわ……」

「あれ? さっきから私に対して口調変わってませんか。これでも私女神なんですよ?」

「あんたさっき自分で自称してただろ」

「そ、それよりも!」


 俺の指摘を無視しながら自称女神は両手を叩き、手元から小さな結晶を出現させる。


「このまま記憶を失い続けたままは嫌ですよね?」

「当たり前だろ」

「そこで! 今から貴方を転生させる前に自分の好みの姿に変えることができる権利を与えましょう!」

「いや要らないからこの姿のままで元の世界に戻してくれ」

「それは無理なんですよね……」


 自称女神は困った顔で語る。


「何か問題があるのか?」

「昔から決まっていた盟約で、元の世界に転生させる時は別の姿ではないと駄目ということになっていまして」

「マジかよ」


 俺は顎に手を置き、椅子の上でしばらく考え込む。


「なら、あんたの好きにしてくれ」


 考えた結果自称女神に任せることにした。

 その言葉を聞いて自称女神の顔が明るくなり、結晶に手を触れようとした時に俺は今更だが、嫌な予感を感じた。


「ちょっと待て」


 俺は結晶に触れようとする自称女神の腕を掴む。


「な、何ですか?」

「ちなみに聞くが、一体どんな姿にするつもりだ?」

「それはもう私の趣味で勿論幼女に」

「却下だ!」


 強引に自称女神の手元から結晶を奪い取ろうとするが、その時結晶が眩い光を放ち始める。


「ふ、ふふ…もう遅いのですよ。貴方はこれから幼女として元の世界へ転生するのです。これから先、貴方には苦痛の人生が待っているとは思いますが、きっと乗り越えられると信じています!」


 自称女神は両手を大きく広げて、明るい笑顔で別れの挨拶をする。


「こ、このクソ女神…お前いつか覚えてろよ! 必ず仕返ししてやるからな!」

「誰がクソ女神ですか! もう許しません、貴方みたいな人は盗賊とか獣とかにいかがわしい行為をされればいいんですよ!」

「こ、こいつ自称女神とかいいながら女神らしい面影も欠片もねぇ!」


 自称女神のあまりにも酷い発言に俺はドン引きする。

 その後、眩い光に耐えきれず俺は瞼を閉じ、同時に体から力が抜けていくような感覚がした。


「さてと……」


  一人、空間に残された自称女神は椅子から立ち上がり、何も無い真っ白な空間の向こうを見つめる。


「貴方が過去の記憶を取り戻した時、きっと私のことを許せなくなるでしょう。それでも私は貴方のことを心から愛しています」


 胸元にぶら下がっていたネックレスを手に取り、小さく微笑む。


「私達天族の全てを任せましたよ、アイリ」



「う、うぅ……」


 激しい頭痛に呼び起こされ、頭を抱えながら瞼を開くと先程の空間とは違い、何処かの森の中に俺は倒れ込んでいた。

 どうやら元の世界に戻ってきたらしい。

 そしてまず、起きてから最初に感じたのは体の違和感だった。


「声が妙に高い…それに体が軽い。本当に俺は幼女になったのか……?」


 力を振り絞り、体を起こして立ち上がる。


「うわっ!?」


 体に慣れていないのか、立ち上がった瞬間バランスを崩して膝をつく。

 俺は木にしがみつきながら、何とかもう一度立ち上がり慣れるまで待つ。

 しばらくしてから慣れたのかバランスを保つことが出来るようになった。


「とりあえずここにいたら魔物に襲われてしまうかもしれない。さっさとここから出よう」


 落ちていた木の棒を広い、杖代わりにしてバランスを取りながら歩き出す。

 こうして、俺のクソ女神による第二の人生が始まったのだ。

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堕ちた天使の子は冒険者を目指す 熊太郎 @kumatarou

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