堕ちた天使の子は冒険者を目指す
熊太郎
第1部 記憶の欠片に潜む過去の真実
第1翼 始まりの死
……少し千年前に起きた昔話をしましょう。
大昔、人間達の住む地上界の遥か上空に、白い翼を生やした天族と呼ばれる種族が住んでいました。
彼等には人間達とは違い強大な力を持っており、大陸を一つ軽々と滅ぼすことが出来る程でした。
そこで、彼等が地上界に手を出せないように天族の王妃は三つの盟約を制定しました。
一つ、地上界には手を出さないことを誓う。
一つ、我ら天族は共に行き、助け合うことを誓う。
一つ、我ら天族は争わないからことを誓う。
この三つの盟約を制定したことにより天族の者達は平和に暮らすことが出来ました。
しかしある日の夜、その平和がたった一人の子供により一瞬にして壊されてしまったのです。
広がっていたのは血に濡れた大地、地面の上には無残に切り裂かれた死体達が転がっていました。
これ以上は地上界にも危険が及ぶと判断した王妃は自らの命を犠牲にし、その子を封じて自分の娘の魂に埋め込んでしまいました。
その後、王妃の娘は生き残っていた天族達よって地上界へ堕とされてしまいました。
……さて、話はここまで。
この先の話は貴方がその手で作り出す番、そして私達天族の死を決して無駄にしないでください。
それではまた、会える時が来るまで――
「……何か不思議な夢を見たな」
俺はベットの上で、カーテンの隙間から差し込んで来る日射しを手で遮ながら小さく呟く。
そのまま二度寝しようかと考えたが、どうも目が完全に覚めてしまったらしく眠れなくなった。
「とりあえず顔を洗ってくるか」
ベットから身を起こし、大きく背伸びをしてから部屋のドアを開けて目を擦りながら洗面所へ向かう。
おっとそういえば自己紹介が遅れたな。
俺の名前はアレン=グラファルト、歳は十八だ。
職業は冒険者なんだけど最近なったばかりで普段はギルドから届く依頼をこなしながら少量の報酬で生活している。
「あ、お兄ちゃん。早起きなんて珍しいね」
「おうリリア。おはよう」
洗面所に向かう道中に会ったこの可愛らしい女の子の名前はリリア=フィール、歳は十四で俺にとって自慢の妹だ。
そして俺達はここ、フェリス大陸と呼ばれる緑に染まった自然豊かな大地の隅にあるリース村と呼ばれる小さな村で静かに暮らしている。
今の生活に得に不満はないし、可愛い妹と暮らせて俺は幸せだ。
「じゃあ朝ご飯の支度してくるから先に顔を洗ってきてね!」
リリアはそう言い残し、朝食を準備しに台所へ向かった。
妹との朝の挨拶を済ませた後、洗面所へ向かい蛇口を捻り顔を洗う。
冷たい水が顔に染みてとても気持ちいい。
その後、水を手で掬い取り口を濯ぎ、鏡で自分の顔を確認してから台所へ向かう。
「そういえばギルドから依頼が来てたよ。朝ご飯が出来るまで確認しておいたら?」
「分かった。いつもありがとうな」
俺はテーブルの上に置かれていた封筒を手に取り、中身を確認する。
中には一枚の紙が折りたたまれて封入されていた。
「どれどれ依頼の内容は……」
紙に書かれていた依頼の内容は、リース村の近辺にあるフォレル大森林の調査依頼だった。
どうやら最近、 フォレル大森林で魔物が不可解な死を遂げる事件が起きているらしい。
どうも危険な依頼のようなのか、達成時の報酬がかなり多い。
この絶好のチャンス、逃す訳には行かない!
「朝ご飯出来たよー」
リリアは料理が乗ったお皿を持って机の上に丁寧に並べていく。
朝食は焼いた厚切りベーコンと目玉焼きというとてもシンプルな料理だ。
これでもリリアの作った料理はめちゃくちゃ美味い。
「それで、依頼の内容には何が書いてあったの?」
リリアはベーコンを頬張りながら依頼の内容について聞いてくる。
「フォレル大森林の調査依頼だってさ。最近奇妙な事件が起きているらしいんだよな」
「それって魔物が謎の死を遂げているって言われてるあの事件?」
「なんだ、知ってたのか」
「うん。ご近所さんの間でも噂になってるからね。それでこの依頼受けるの?」
「当たり前だろ?調査するだけでこんな多額の報酬が貰えるなら受けないわけがない」
俺は目玉焼きの白身をナイフで切り、フォークで刺して口の中へ運ぶ。
「なら私もついて行っていい?」
「別に構わないけど、確かお前先生から課題出されてるんじゃ」
「そんなのとっくに昨日の夜に終わらせたよ」
「早いな……」
実はリリアはフェリス大陸の中央にある王都ハリスの王立ハリス魔法学園の中等部に通っている。
成績と運動共に優秀、おまけに美少女とは一般の人から見たら羨ましい限りだろう。
ちなみに俺も昔は学園に通っていたのだが、どうもそこは私立の学園だったようで授業料を払えずに退学してしまった。
しかし、ハリス魔法学園は成績が優秀な生徒には授業料免除といういわゆる特待生が設けられている。
リリアもそのうちの一人であり、授業料を全額免除してもらうことが出来たのだ。
「そこまで言うなら分かったよ。だけど足を引っ張るようなことはするなよ?」
「でも私、お兄ちゃんより充分強いよ?」
「そんなの勝負してみないと分からないだろ」
「なら、今から勝負する?」
「いえ遠慮しておきます」
こう見えてもリリアは魔術の上級クラスまで極めている程かなり強い。
今の俺が挑んでも傷すらつけられずに、圧倒的に押されて負けてしまう。
ちなみに魔術クラスというものがあり、初級、中級、上級、最上級の四つのクラスが存在している。
クラスが高ければ高いほど発動や習得には時間が掛かるものの、威力が段違いに上昇する。
しかし、俺が使えるのは初級クラスのみで初等部の生徒でさえ簡単に使える。
なんとも兄として情けない……。
「ふぅ……ご馳走様」
ベーコンと目玉焼きを食べ終え、コップに注いだミルクを口の中へ流し込む。
食べ終えた食器を重ねてリリアに渡し、テーブルを濡らした雑巾で丁寧に拭き取る。
「よし、じゃあ俺は先に部屋に戻って装備の準備をしてくるから」
「はーい」
テーブルを拭き終えた後、自分の部屋へ戻り装備の確認をする。
まずはクローゼットを開け、中に掛けてあった革製の上半身装備を手に取り、鏡の前で確認しながら着けていく。
その後、壁に飾っておいた鞘に収めてある剣を取り、鞘から剣を引き抜いて状態を確認する。
「状態は大丈夫そうだな」
毎日手入れをしているおかげか、自分の顔が映るほど綺麗に輝いている。
剣を鞘に戻して腰に下げてもう一度、鏡の前で自分の姿を確認する。
「準備よし、後はリリアの準備が終わるまで……」
俺は小説などを置いてある本棚から一冊取り出し、ベットに腰掛ける。
「この小説買ってみたけど結局、読む気が起きなかったんだよな」
手に持っている本のタイトルには、俺の魔法ってマジ最高と書かれていた。
妄想に走りすぎている作者が書いたのかこのタイトルを見るだけで読む気が失せる。
この本はその名の通り、主人公が異世界転生して神からチート貰って無双するという俺の大嫌いなシリーズだ。
「イラストが可愛いからってすぐに買ったのが間違いだったか」
何故買ったのかと言うと、単にイラストが可愛かったからだけだ。
その後読んでみると本文の一文目にいきなり、俺は神から力を貰って最強になった、とかいうクソみたいな展開から始まって即本を閉じ、それっきり本棚に置いたままだった。
「いや、もしかしたら実は良作だったりして」
俺は意を決して小説を読んでみることにした。
――俺は神から力を貰って最強になった。
そして街で可愛い女の子達とあって、仲間になることになった。
どうやらこの子達は俺の事が好きらしい。
ふっ、全くモテる男は辛いぜ。
「なんだこのクソ小説!?」
あまりにも内容が酷すぎて、本を地面に思い切り叩きつける。
「なんだよチート貰ってからいきなり女の子にモテるってどんな物語だよ!?」
俺は床に向かって怒りを込めて叫び散らす。
「お兄ちゃんうるさい!」
「すんません!」
隣の部屋からリリアの怒声が聞こえ、速攻壁に向かって謝る。
俺は一度、深呼吸をして心を落ち着かせてから本を拾って本棚に戻す。
準備を終えた俺は部屋から出て、玄関のドアの前でリリアが準備を終えるまで待機しておく。
「ごめん、ちょっと準備に手間取っちゃった!」
数分後、準備を終えたリリアが玄関に姿を現した。
「それは大丈夫なんだけど……なんで制服?」
リリアが着ていたのは学園指定の黒をベースとした制服だ。
他にも色々な装備があるはずなんだが……。
「色々考えたんだけどやっぱり制服の方が動きやすいからね。それにこれ、魔術耐性も付いてるからそう簡単に傷つかないから大丈夫!」
その場でクルリと回って制服を俺に見せつける。
「分かった分かった。それじゃあ早速、調査しに森へ向かうか」
「れっつごー!」
玄関のドアを大きく開けて外へ飛び出す。
飛び出した瞬間、太陽の日射しが差し込み、爽やかな風が頬を撫でるように吹き、花の良い香りが風に乗って辺りに広がる。
俺達は村の柵を乗り越え、緑に染まった広大な草原を歩き続けると、視線の先に目的のフォレル大森林が見えてきた。
目的地の前に着いた後、じっくりと森を眺める。
「ここが目的地のフォレル大森林か」
「うーん、奥が暗くてよく見えない……」
「この森はかなり深いらしいからな、気をつけて行かないと」
持ってきた小型のランタンにマッチで火をつける。
「はぐれないようにちゃんと着いてこいよ?」
「分かってるって!」
リリアが俺のズボンを強く握りしめる。
幼い頃からリリアは怖い話などが大の苦手で、夜にトイレに行く時もよくついて行ってあげたものだ。
「手握ってもいいんだぞ?」
「もう、子供扱いしないで!」
ランタンで暗い森の辺りを照らしながら奥へ進んでいく。
すると、気持ち悪い音を立て柔らかい何かを踏んだ。
「うわっ!? 何か踏んだぞ!」
声を上げて驚き、地面を照らすと青い液体のようなものが辺りに散っているのが分かった。
「お兄ちゃんこれ、スライムの体だよ」
「なるほど、例の事件か……」
依頼内容に書いてあった魔物が謎の死を遂げているというのはこれのことか。
続けてさらに森の奥へ進んでいくと、何かが腐ったような臭いが辺りに広がる。
「うっ…酷い臭いだ」
「お、お兄ちゃん…あれ」
あまりの臭いに鼻を摘んでいるとリリアが何かを見つけたようで震えた手で奥を指さす。
視界が悪くてよく見えないので一度、目を凝らしてよく見ると何か黒い物体が動いているのが分かる。
しばらく黒い物体を観察していると、視線から突然消えてしまった。
「何だったんだあれは……」
黒い物体が消えたことに驚き、辺りを見渡す。
その瞬間、辺りが黒い霧に包まれ視界が妨げられてしまう。
「な!?」
「
黒霧は自分を中心とし、辺りに視界を妨げる霧を発生させる中級クラスの妨害魔法だ。
突然、視界を妨げられたことに俺はリリアを守りながら周りを警戒する。
どうやらさっきの黒い物体は俺達が見ていたことに気づいていたらしく、奴が発動させたものだと考えられる。
だがその時――
「があっ!?」
「お兄ちゃん!?」
突然、何者かに首を強く締め付けれる。
視界の先にはよく見えないが、先程の黒い物体が白く光る不気味な目で俺を凝視していることが分かる。
俺は霞んだ声でリリアに、
「リリア…早く、ここから逃げろ!」
「で、でも!」
「こいつは、お前が思っているより、かなり危険な奴だ! 今の状況じゃ、このまま俺達は全滅するぞ!」
「……必ず、助けるから!」
リリアはそう言い残し、俺の持っていたランタンを受け取り、森の出口へ向かって走り出す。
「へっ…お前は、これでも喰らえ!」
俺は腰に下げてあった剣を鞘から引き抜き、黒い物体の顔面に力を込めて思い切り突き刺す。
「キ、シャアアア!」
黒い物体は堪らす大きく叫び声を上げ、もう片方の手で剣を引き抜く。
黒い物体の顔面からは紫色の気持ち悪い液体が流れており、攻撃されたことに怒ったのか俺の首を締め付ける力が強まる。
「う、ぐ……!」
徐々に意識が遠くなっていく。
畜生、まだ読み終わっていない小説や楽しみにしている小説も、そして…リリアの成長をこの目で見届けることが出来ないなんて……。
そして彼は黒い物体、即ち化物に意識を強引に刈り取られ、死んでしまった。
果たせなかった過去の約束、そして一人の妹を残して。
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