第2話 アインソフ
ジリリリと耳に劈く目覚まし時計を止め、時間を見る。時刻は朝八時。
「くぁ…」
あくびと軽く伸びをして、支度に移る。シャワー室に直行して、水を浴びる。この真冬に水を浴びるのはおかしいとは思うが昔にマスターに教わった日課なのでなかなか止められない。
シャワー室から出て軽く水を拭き取り、冷蔵庫の中から瓶コーラを取り出す。栓を抜いて一気に飲み干す。こいつがないと一日は始まらないと言っても過言ではない。なんなら冷蔵庫の中身はほとんどコーラだ。コーラ万歳!
煙草とオイルライター、ヨッドから受け取った電子端末、アインソフのパス、40口径弾薬数発、そして数万円の入った財布をウエストポーチに全て詰め込む。その上からコートを羽織り、太ももにまきつけたホルダーに拳銃が入ってることを確認して鏡の前に立つ。ぱっとしない高身長の男がたっているだけ。
昔、ヨッドからもう少しオシャレに気をつかってみろと言われたことがあるがどうもそんな気にはならない。
「アホくせぇ」
そう言い残し部屋から出る。冷たい風が俺の頬を撫でて通り過ぎていく。この冷風を浴びれるのはアインかアインソフの都市外だけだ。アインソフは一定の温度が保たれている。そりゃそうだ。天候さえも操れる人工知能AIセフィラがいるのだから。けれど、そんな決められた世界なんてごめんだ。だから俺は自分からあまりアインソフには行かない。行かないのだが、今回は仕事だ。しかも、
「世界を敵に回すようなものだよなぁ」
ボヤきつつ、とある運び屋との集合地に足を運ぶ。そこから車に乗ってアインソフの検問所まで行く。
数分後、集合地の古ぼけたカーショップに着く。そして、
「へいボーイ!
目の前で俺に冗談を飛ばしてきたサングラスをかけた怪しい男。黒い無精髭に口の隙間から金歯が覗くこの男こそが運び屋のヘットだ。こいつにもよく世話になっていて、両親の仕事仲間であり友人でもある。俺にとってはマスターと同等の命の恩人とも言える。
「は。小学校よりももっと危ねぇ場所だ」
「ったく。いつもお前さんはリスクのある仕事ばかり選ぶよな?まぁ、ヨッドもヨッドだ。馬鹿馬鹿しい依頼ばかり流しやがる」
ヘットはぶつくさ言いながらオンボロの車にエンジンをつける。車はおかしな音を立てて動き出す。
「ほれ、行くぞ。アインソフの検問所前だったな」
アインソフ内はガソリン車が禁止されており、秘密裏に所持していると、三千万円以下の罰金、または30年以下の懲役が科される。おかげでアインソフでは電気自動車が主となった。
「そういや、お前銃の許可証は持ってるのか?確かあそこは許可証がねぇと持ち込めないはずだが…」
「ああ、それなら問題ない。あそこの検問所はX線検査で、アインソフの検問所の中では最古の機器だ。その分、電子回路も最新のものは使われていないはず。サーバーごとハッキングすればバレるからな。俺の検問の時だけハッキングする」
「あれ?お前、ハッキング出来るのか?こないだまで電子機器なんて扱えなかったろ?」
確かに。俺は電子機器はおろか電子端末さえ使えなかったのだ。それで一度仕事でドジったことさえあった。
「ああ。ヨッドから貰った電子端末にこの端末の使い方と端末に内蔵されているハッキング機能の使い方が載ってたんだ」
得意げな俺の顔にヘットは呆れる。独学で学ぼうとしていたが、訳の分からないものばかりだった。キャパシタンスやらインダクタンスやらもはや何語だこれというものばかりで、頭から煙を吹きそうになったので途中で挫折。
「まぁ相手がいなくなるまで殺し続けるのがおまえのやり方だからな」
「まあ、そういうこった」
俺はオンボロの車の助手席に乗り込む。座り心地は最悪だ。チクチクするし、何より固い。
「最悪な座り心地だぜ全く」
「はん!歩いて足がアイスキャンデーのスティックみたいになるよりはマシだろ?」
面白くもない冗談を飛ばしてヘットは車を発進させる。なんだよ、アイスキャンデーのスティックって。普通に棒でいいだろ。
道中何事もなく(激しい揺れはなんとかしてくれ)約四十分。輸入車が多くなってくる。
「さて、こっからはお前さんの本職だ。頑張りな。ただし、無茶はするな?じゃねぇと、おめぇの両親に呪い殺されちまう」
「分かってるさ。今までも俺は無茶したことは無い。勿論今回だって無茶はしない」
俺はオンボロの車から降りて徒歩専用の検問所に行く。変なエンジンの音を立ててヘットは帰って行く。
検問所では警備用アンドロイドが立っていた。そいつにアインソフへのパスを見せると、無機質な声で俺に検査機の前に立つよう指示する。
「ここにお立ちください。危険物の所持等はここから先の区域では禁止されております」
「はいはい。分かってますよっと」
俺は電子端末の端のボタンを押す。そして検査機の前に立つ。もしここで、契約者の奴らの罠であるなら俺はここで死ぬか過激派に仕立て上げられ追われるかだ。
「……。異常はありません。ようこそ、世界最高の街アインソフへ!」
世界最高、ねぇ。預けたパスを受け取り、俺はそんな疑問を持ちつつ検問所を抜ける。目の前に広がる風景は、俺にとっては新鮮なものだった。それはそうだ。ここに来るのは二回目だ。
高層ビルが立ち並び、自動運転システムを搭載した
ハッとして電子端末の地図を開く。ここからbunkerBARは近いようだ。だが、これはどこからどう見ても裏路地の店だろう。なぜなら地図が指すのは高層ビルと高層ビルの間。しかも挟む高層ビルはほとんど使われていない。
「は。これは裏があるどころじゃねぇかもな」
そこはかとなく嫌な予感を肌で感じつつ。そこへ向かう。歩道を歩いていると、突然暗くなる。何事かと空を見上げて驚愕する。巨大な飛行船が宣伝板として使われているのだ。この会社は余程儲かってんだろうな。それなのに俺と来たら、月収はバラバラ、年収もあったもんじゃない。飛行船を睨みつけて急ぎ足で指定先のBARを目指す。
しかし、なにか違和感を感じる。なぜ、人工知能セフィラが暴走したっていうのに皆平然としているのか。死人が大勢出ているなら、何かしらのアクションはあるはず。政府は何をしているのだろうか。まぁ、これから分かるかもしれない。
俺は高層ビルの裏路地に足を踏み入れ奥へと進んでいく。薄暗い中ぽつんと光る小さな電灯。恐らくここだ。すると、いきなり電子端末が激しく震え出す。
「おわあっ!?」
慌てて電子端末の画面を見る。画面が真っ赤に染っていた。な、なんだ!?とにかく持ってるのはまずい!電子端末を地面に滑らせ捨てる。そして静かに爆発した。
「えぇ…」
これは、ヨッドに謝らないとダメだな。でも、壊れたのは俺のせいじゃないと思う。…多分。
気を取り直して、と。bunkerBARの扉を開けて中に入る。あまり危険な仕事じゃなければいいが。
人工知能は人間の夢を見るのか 灰殻しじみ @suzuyuki
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