第1話 夢の酒場

 世界最高を誇る科学都市、アインソフ。そこは人工知能セフィラが全て総括している。

 自動運転車や自動電車、はては地震の予知や天候の操作。そして、最先端技術。それを学ぶため移住する人も少なくはない。

 アインソフは年を増す事に人口は増えつつある。今では約1200万人の大都市となった。

 しかし、セフィラの管轄外の場所もある。アインソフの北端に位置する小規模の街、アイン。ここに全自動という言葉は存在しない。車や電車には運転手は必要不可欠だ。最先端とはかけ離れた場所。

 そこに住むものは大抵が前科持ちか反人工知能派のレジスタンスだ。もちろん普通の人間もいる。ただそいつらは自称を付けているが。


 ○○○


「おいアルフ」

 誰かが俺の名前を呼んでいる。だが、眠たい。放っておいてくれ。

「起きろってアルフ!」

 ゴツっと額に衝撃が走る。あまりの痛さに俺は飛び起きた。

「いってぇ!?なんだよ!」

「よっ。やっと起きたか」

 爽快な笑顔を顔に浮かべているのは、俺に仕事を持ってくる依頼屋、ヨッドだ。金髪碧眼のいけ好かないイケメンだ。

「全く。今日は22時からDreamBARで仕事の話って言ってたろ?」

「あ?そうだっけ?」

「そうだよ!早く準備して酒場に来いよ」

 そう言ってヨッドは俺の部屋から出ていく。まさか今日とは思いもしなかった。基本俺は予定を立てない。その日その日を自由に生きるからだ。

 ヨッド以外の依頼屋達にも俺は嫌われている。時間にルーズというのが気に食わないそう。依頼屋は一秒一秒を無駄にしたくないらしく、常に忙しない。

 俺は壁に掛けていた、膝元まであるコートを羽織って、ポケットの中身を確認する。オイルライター、煙草、45口径弾薬数発。そして、机に置かれている拳銃を手に取り、太ももにまきつけたホルダーにしまう。

「うし。いくか」

 軋む扉を開け、階段を降りて外へ出る。冬の寒空は星が綺麗に輝いていた。辺りはボロ屋がおおく、自動清掃ロボットなんてものもない。

「ま、ガソリン臭い方が安心するよなあ」

 アインソフはプラスチック臭いというか、言葉にしがたい匂いで充満している。

 のろのろと歩いているうちに、点いたり消えたりしているネオンの光が見える。あそこがDreamBARだ。この辺りの飲み場所といえばここだけだ。と言うより、アインにはここしか酒場がない。だからアイン中の酒飲みや依頼屋などはここに来る。

 酒場に足を踏み込むと、煙草の煙と喧騒が俺を迎える。ヨッドを探しながら歩いていると誰かの肩とぶつかった。

「おおい!兄ちゃん!なぁにぶつかってんだよォ!」

 できあがったオッサンだ。凄い酒臭い。何杯飲めばこんなになるんだ!?

「すみません、今忙しいので」

「ああ!?ぶつかって謝るだけかぁ!?」

「いや、急いでるので」

「てめぇ!!」

 ああもう!鬱陶しい!俺は男の胸ぐらをつかみ地面に叩きつける。その衝撃で周りの机が倒れ酒がぶちまけられる。それに激昂した酒呑みが隣にいた酒呑みに酒瓶を殴りつける。

「いってぇ!!てめぇゴラァ!」

「るっせぇ!!」

「ねじ切るぞオラァ!!」

「俺の酒返せ!!」

 大乱闘である。もう勘弁して…。俺はそそくさと立ち去り、ヨッドを急いで探す。すると奥のカウンターから手を振るヨッドがいた。

「おいおい。早速問題事か?」

 けたけたと笑うヨッドを俺は不機嫌に睨む。毎回酒呑みに絡まれるのはなんでだろうか。ヨッドにも絡めばいいのに。まぁ絡まれたところで上手く避けるのがこいつなのだが。

「ご注文は?」

 髭を生やした年寄りが俺に注文を聞く。コーラをグラスで。その注文に年寄りのバーテンダーは眉をひそめるが黙々と準備を始める。

「珍しいな。マスターがいるなんて」

 髭を生やした年寄り(マスター)は手を動かしながら話す。

「お前も久しいな。どこかでくたばったかと思ったぞ」

 コーラの瓶の栓を抜いてマスターはニヤリと笑う。マスターは情報屋兼バーテンダーをしており、アインの全ての情報を握っているとまで言われた伝説級の情報屋だ。今でもまだまだ健在といったところか。

「いい加減酒も飲めるようになったらどうだ?」

「は。酒なんて不味いもん飲めないぜ。コーラと煙草だけで十分さ」

「いつまでもガキのまんまだな」

 マスターの言葉にむっとするさなか、ヨッドが余計な一言を投下。

「はははっ!アレフは舌がお子ちゃまなのさ!」

 俺はヨッドの頭を小突く。こいつは余計なことばかりいいやがる。頭の中に綿でも詰まってるのかと思うほどだ。

「さて、仕事の話をしようか」

 俺は出されたコーラのグラスを仰いでヨッドに言う。いつまでもくだらない話をダラダラと続けても金は舞い込んで来ないからな。

「そうだな。それじゃ今回の仕事内容だが、その前にこいつを見てくれ」

 卓上に置かれたのはアインソフの新聞だった。そして黒い太文字で書かれていた見出しは、

「人工知能セフィラが暴走か?ってなんだこりゃ」

「見てわかるだろ?世界最高を誇る人工知能セフィラが暴走したんだとさ。しかも、セフィラの全体をまとめてるケテルの暴走。おかげでセフィラ全体がおかしくなっちまったんだと」

「まるでSF映画だな」

 鼻で笑い煙草に火をつけた俺に対しヨッドは至って真面目な顔で言う。

「これは笑い話じゃねぇ。こいつが暴走したせいで自動電車が脱線事故を起こして乗客が全員死んでるんだよ」

「へぇ」

 淡白な反応にヨッドはしかめっ面になる。そんな顔されても困る。俺にとっちゃ他人事だ。

「んで、この暴走を止めようと動いたのが」

「レジスタンスか」

「そうだ」

 レジスタンス。人工知能セフィラを良しとせず、度を越したAIを破壊することを目的とした団体だ。過激派と穏健派に別れていて、穏健派は政府と和解を結ぶのが目的だが、過激派は数々のテロを起こしている。

「今回動いたのは過激派だ。で、仕事の話に戻るんだけど、この依頼その過激派からのものなんだ。だけ」

「よし断る」

「うおあっ!?待て待て!落ち着いて!?」

「お前がそんな奴とは思わなかったぜ!過激派に手を貸すとはいい度胸だ!その度胸に免じて心臓にぶち込む弾丸は二発にしといてやる!」

 俺は拳銃をホルダーから引き抜き、銃口をヨッドの胸に当てる。俺には反対派とかどうでもいいが、過激派だけは許せない。何があってもだ。

「遺言はあるか」

「落ち着けクソガキ」

 マスターがジャックナイフを俺の首筋に当てながら話す。鋭い眼光にしりごみするが、それでも拳銃を下ろさない。

「昔から話を聞かないのはお前の悪い癖だ」

「そのナイフをしまえクソジジイ」

「年上に対してその態度はないだろう?それに、お前が引き金を引くのが先か、ワシのナイフがお前の首を掻き切るのが先か、分かるはずだが?」

 不敵な笑みを浮かべ、マスターは顎で銃を下ろすように指図する。舌打ちをして俺は銃をホルダーにしまう。

「た、助かりました」

「お前さんも先に事情を話してから取引先名を出さないと、体中に風穴を開けることになるぞ?」

「肝に銘じておきます…」

 俺は煙草を取り出し火をつけ、コーラを頼む。

「お前ももう少し聞くということを覚えろ」

「は。俺は過激派が嫌いって知ってんだろ?」

「それでもだ」

 マスターは先ほどと打って変わって柔らかい笑みを俺に向ける。いつも俺が不機嫌な時にマスターは優しく笑う。こうなったら俺も怒れない。

「分かったよ。悪かったなヨッド」

「ああ。僕も説明不足だった」

「これはワシからの奢りだ」

 俺にはコーラ、ヨッドにはエールビールを差し出される。

「それじゃ、仕事の話に戻ろう。過激派と言ってもだ」

「穏健派と違うのか?」

「そうだな。過激派は一般市民を巻き込んでセフィラの破壊を目論んでるけど、元過激派は巻き込むことなく隠密に破壊しようとしてる。ま、破壊するにはするけど一般市民を巻き込むか巻き込まないかの違いさ」

「で、その隠密行動とヤラに付き合えばいいのか?」

 その通りでございますとヨッドは両手を上げて言う。

「報酬は前払いの9千万。命の危険有り。もし金額に不満があるならアレフの好きな金額にしてくれだってさ」

「話が上手すぎるぜ?」

「僕もそう思うけど。どうせ受けるんだろう?」

 上手い話には裏がある。だが、それが仕事に火をつける。ハイリスクの仕事はほとんど俺に回ってくる。だからいつもの事だ。

「無論だ」

「ま、お前なら生きて帰ってくると思うけどさ。ほい。ここにサインと血判。あと、アインソフのパスは持ってるよな?」

「ああ。勿論だ」

 そう言って俺はヨッドから差し出された契約書にサインを書いて、親指の皮を噛みちぎり血判を押す。これで契約破棄はできない。

「契約は絶対だからな。明日の朝十時にアインソフのbunkerBARに集合だ。これが地図。無くすなよ?電子端末なんだから」

 ヨッドから薄っぺらいガラスの電子端末を受け取り、それをコートのポケットにつっこみ、コーラを一気に呷って立ち上がる。

「了解だ。マスターご馳走さん。また来るよ」

「精々死なねぇようにな」

 マスターのセリフを耳に残し、コーラの金額をカウンターに置いて俺は店をあとにする。

「今回も死なないなんて保証はねぇさ」

 これで過激派共の内部情報も分かるかもしれない。あのクソッタレ共を一人残らず肉片にしてやる。その憎悪だけが俺の心にわだかまった。

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