第8話


「不始末の清算、それ以上の任務である事は理解しているのかね」

苛立ちと呆れを含んだその言葉にびくり、と反応する様に眉根を寄せる美形の男はしかし、直立の姿勢を崩そうとはしなかった。


「それ以上、とは」

大統領の不義の娘である彼女の護衛をすることに関してだろうか、という彼の予想は、悪い意味で裏切られることとなった。

「二人共だ」

上司の口から出た言葉をエイブは理解したくなかった。護衛対象は両者であり、必然的に生活環境を共にすることが必須だという。


「な、何故両者を常に監視護衛しなければならないのでしょうか」

「君も分かっているだろうに」

そうだ、自分は理解してしまった。

「あの天才は、野放しにする訳にはいかないのだ」

そうだ、自分はこの目で見てしまった。

「あの女と一緒に居さえすれば、奴が犯行に走ることは無いのだろう?」

そうだ、自分は知ってしまった。

「はい。彼女と同行している時のみ、彼は一般的言動を行えます」

そうだ、自分が報告したのだ。―――天才と言われ恐れられつつも、その頭脳故に表社会では化学技術発展に一役買っているあの男は、志麻という一人の女の前では、狂わずに生活できるであろう事を。


 ふう、と白髪をかきつつ苦々し気に微笑む初老の上司は、エイブを申し訳なさそうにちらと瞳に映したが、次の一言で無情にも彼を厄介事へと突き落とした。


「まあ、そういう訳で、君は日本で留学生として彼らと同居して貰うことになった」


……窓の外の景色が、酷く残酷に嘲笑っている幻影を見た自分は疲れているのだろうか、いや、そうに違いない。

しかし残念なことに、現実逃避に走ろうとしたエイブに、上司は更に続けた。


「そういえば、今回君と共同で任務にあたった彼女も同様に継続して任務に就くので、打ち合わせ等はしておくように」


その言葉を聞き、エイブはいよいよ今晩のおかずについて真剣に考えることにした。


(もういやだ)

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天才的頭脳を持つヤンデレに粘着されました @hooooow

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