私が小説を読まない訳

 何をどうやって家まで帰ったのかはよく覚えていない。お酒飲んだわけでもないのに、頭の中はぐるぐるとしていた。

 やってしまったのはわかっている。すごく後悔もしている。でもなんだかとても責められてる気がしたのだ。

 部屋に帰ってすぐに、私は藤ねえに電話をかけていた。そのとき気がついたら変な汗がじっとりとでていた。


「あんた、ホントバカだよね」


「藤ねえに言われなくてもわかってるもん」


「わかってるなら、ちゃんと謝りなさいよ」


「出来ないから、相談したんじゃない」


「それは相談じゃなくて、泣き言ていうのよ。別にいいけど? 取りなしておいてあげても」


「うん?」


「でも、せっかくまた彼と話す機会があるのに不意にしていいの?」


「いや、うん、」


「まあ、どっちでもいいけど。だけど! その男とは二度と連絡したらだめよ。無視しなさい、わかった?」


「わかったよお、子供じゃないんだから」


「めぐは立派な子供だよ、まったく。駄目なものは駄目なんだからね!」


「わかったってば!」


 駄目なことは駄目だというのは当たり前のことをわざわざ言ってくれた二人に感謝しなければと思う。

 その日のうちに私はちゃんと決意した。

 謝る。そして断る。当然の事をしようと思ったのだ。


 でも、次の日の朝私はそうさせてもらえなかった。


 なんてことはない。先に彼に謝られてしまったのだった。

 彼がすごく申し訳無さそうな顔をしていたので、私はいたたまれない気持ちで飲み込まれてしまった。


 人のプライベートに土足で入ってしまったというのが彼の言うことだったけれど、お互いがお互いに謝り合うという不思議な構図になっていた。それを救ってくれたのは藤ねえだった。


「どうせこんな事になってるだろうとおもったわよ」


 といって藤ねえ判官の裁決が下ったのだった。

 後で聞いたら藤ねえがすこし彼と話をしてくれていたらしい。


「あんたはめぐのことを悪いと思ってるんだったら、一食奢ってあげなさい! めぐも悪いと思ってるならそれを断ったら駄目だからね!」


 それはただのデートではないかと思ったけれど、有無を言わさぬ藤ねえの迫力に私達はだまって承諾するしかなかったのたっだ。おかげでその場が丸く収まることになり、今に至る。



 ☆



 彼は薄いチェックのスラックスを履いてブラウンのオープンカラーシャツに黒のテーラードジャケットを合わせていた。よく似合っているなぁと、ゆったりとしたカジュアルな服だと思った。


 私は藤ねえに相談したんだけれど「お見合いに行くわけじゃないんだから、いつもどおりに普通にしたらいいでしょ」と言われ投げ出されてしまい、普通にするのがどうしたら良いのかわからないのに困ったのだった。


 普通にしてきたつもりだけれど、彼の隣で変になっていないだろうか。

 私がガチガチになっていたせいなのか、彼もどこどなくぎこちなかった。前に居酒屋へ行ったときはそんなところは全く無かったのに。「じゃ、じゃあいこうか」なんて彼は言っていた。


 歩いている間はほとんど話さなかった。「今日は天気が良くてよかったね」「そうですね」と言ったくらいだったと思う。それでも近くに寄ればいつもの彼の匂いがして、同じだなぁとなにか安心感のようなものを感じたのだった。


 場所はこの前言っていたカフェ・レストランになっていた。何か食べたいもの有る? と聞かれてオムライスがいいかなぁとおもったのだった。お寿司でもよかったけど。

 知らないところより、知っているとこが良いななんて思ったのだった。

 お店に入ってもあまり会話が無かった。このままじゃいけないと思うほど話すことが思いつかなかった。


 私に特別な何かなどないし、特別なものなんて必要ないと思う。普通にしているのが一番なんだと思うし、それでいいんだと教えてもらったような気がする。

 でも、何か特別なことはあったような気がする。話すことはそれしか無いんじゃないだろうか。


「どうして、小説を、読んでほしくないの?」


 言っちゃいけないことだったかも知れないけれど、彼の目を見ながら言葉をひねり出したのに、彼は軽く笑ってくれていた。

 ああよかったなぁ、なんて安心してしまった。


「小説は作り話だけど、それを書いているのは、俺という人間なのは間違いない。俺が書いたのだから、俺が考えたことには間違いないと思うんだ」


 そういうものなのかなぁ。よくわからないけれど、そうなんだろうかな。考えたことがその人とどう関係があるのかはわからないけど、何も考えていないような私に比べたら、いろいろ考えているのだなぁと思う。


「だから、そういうことを考える人だと思われて、好きだとか嫌いだとか判断されるのが嫌なんだよ」


「私が貴方をみて、会話して、それで私が勝手に考えて、それがストーリーになって本当の貴方と違うものになることもあると思う。でもそれで嫌になるなら何を見ても嫌になって、近くにいようと思わないよ」


 私の言葉を聞いて彼は一瞬考えているようだった。

 それで、好きになるのと、小説を読んで好きになるのとどう違うのか、私にはわからなかったけど、私は彼の小説を読もうと思わない。

 別に理由なんてないけど。

 そうか、こんな気持ちになったのは生まれて初めてのことかもしれない。


「うん、俺も久しくこんなことがなかったから、言葉にするのは恥ずかしいんだけど――」


 この時間はそう、とてもあっという間にすぎて、とても楽しい、すごい良い時間だった。

 なぜなら、

「――めぐのことが好きだ。付き合って欲しい」

 と言われたから。

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私が小説を読まない訳 小万坂 前志 @kamattisan

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