きっかけはなんだったのだろう
きっかけはなんだったのだろう。
「そういえば、あのドラマが劇場版になるらしいな。やっぱり最後がそんな感じだった」
「そうですね。でもやっぱり気になるし見たいかなぁ」
彼とはよく話すようになった。藤ねえと一緒に三人で話すこともあったけど、大体藤ねえのおしゃべりが終わったら終わりみたいな感じで、知り合いの知り合いという、まあ挨拶くらいはしますけど位の間柄だった。
「そういえば、昨日やってたドラマの主役の男がつくってたオムライスは美味しそうだった」
「結構私、あれ得意なんですよ。バイトやってた時に教えてもらってよく作ったり」
私はフライパンを返す手振りをしてみた。こここんとやるのがコツなのだ。
「そうなんだ。俺も挑戦はするんだけどなかなかうまくいかなくてね」
「料理するんだ!」
「一応ね、まあ自分で食べるだけだから味やみためなんて適当だけどな」
「オムライスと言えばこの前藤ねえと行ったカフェレストランが凄くおいしくて」
「そうなんだ。俺もこの間――」
なんだったかな、彼が事務用品を探しているときに声をかけて、一緒に探してあげたときだったかな。
あの時に普通に感謝されて、たまたま知ってた私は感謝されて嬉しかった。それ以来良く今みたいに話すようになった。
私は彼や藤ねえと違って仕事ができるわけじゃないと思う。
藤ねえにどうしたら、そんなに仕事できるのと聞いたとき、「めぐも少しはやる気がでてきたの?」といわれて少し腹がたったけれど、やれることをやったらいいのよと当たり前のことを言われて、どうしたら藤ねえみたいになれるかはさっぱりわからなかった。
「――てどうした?」
「いあ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」
「そか、携帯なってたよ」
そうだ。携帯がなってたんだ。私は意識的にそれを無視していた。別に彼との会話が楽しくてというわけではなかったのだけど。
本音を言うと楽しいのだろうけど、そう思えなくなるスマホの通知音だったのだ。
「まあ、戻るよ。めぐの上司に怒られてもいけないし」
あの人が怒ることが有るのだろうか。あまり話しているのを見たことがないけれど。いや、それはどうでもいいことなんだけど。
「あ、あの」
「ん?」
しまった。何で私は呼び止めてしまったのか。彼に言ってどうにかなることでもないのに、話しても迷惑をかけてしまう。なんとか誤魔化そう。
「い、いやなんでもないんです」
……。これは私を心配してと言っているようなものじゃないか。そうじゃない。私が何かを言うよりも早く彼の口が開いていた。
「なにかあったんでしょ。仕事の悩みなら相談にのるよ」
「仕事のことは大丈夫」仕事なら悩み事相談しても大丈夫なんだろうか。
「なら仕事以外のことで悩みがあるんだな」
それはちょっと、卑怯じゃないかな。誘導尋問じゃない。「あ、え、いや…」と言ってしまったので、悩みがあるとわかってしまうだろう。
「いまはちょっとだから、仕事終わってから連絡するよ。ああ、そうだ番号教えて」
「あ、はい」
なんか勢いに負けてしまった。番号を教えるのが嫌なわけではないけど、迷惑をかけるのはなにか悪い気がする。別に迷惑をかけるつもりでもないし、適当に話て終わればいいかな。
☆
「ということは、お金を貸してほしくて連絡してきたってことか」
私はたぶん意思が弱いのだろう。すぐに全部話してしまっていた。
彼は単に後輩が困っているから優しく話を聞こうと思っているんだと思う。話したことはいっぱいあったきがするけど、彼が一言でまとめてくれた。
よく使っている居酒屋らしいけど、個室になっていて話をしやすかった。気を使ってくれたんだと思う。
「つまり、元カレにお金を貸してくれと言われて困っているということか。それは貸しちゃダメだ――」
そうはっきり言わなくてもわかってはいるんだけど、断るのが難しくて。
「まず戻ってこないと思った方がいいなんてことは、言わないけど、そう言うことじゃなくて、人として甘くみられてるんだよ、だから――」
そんな正論が聞きたい訳じゃない。困ってるなら貸してあげてもいいんじゃないだろうか。なんてことは思っていないのだ。
ただ断りにくいだけ。断れないから困ってるのに。
「もし相手がしつこいなら、まず、電話をブロックしてから――」
「そんなこと! どうでもいい! 私の気持ちも知らないで! もういいです。帰ります」
私はその場から、おもわず逃げ出してしまった。もちろん彼の顔なんて見る余裕なんか無かった。
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