後半
腹の虫が鳴き始めてるから昼は過ぎているだろう。
今現在、初瀬川さんが「人面犬がうろつくのは…」と言ってなにか俺の姿を隠せて、かつスムーズに移動出来るものを買いに行ってくれている。
(それにしても遅くね? 四十分くらい経ってるんだけど…)
いや、立場的に文句は言えないんだけどそんな時間食うか? 他の場所ならまだしもここはどんなものでも売ってるぞ。
そんな事を考えていると初瀬川さんが
「ごめんね。待った?」
デートの待ち合わせなら嬉しい言葉だけど、人面犬の姿じゃ嬉しくない…。
「だ、大丈夫だよ……ってそれは?」
初瀬川さんは買ってきてくれたのはペットキャリーともう一つ。ペットフードだった。
いや確かに今の姿は犬
「お腹空いてるかなあって思って」
「コレを食べるのか…。あっ嫌じゃないよ! 丁度お腹減ったなって思ってたんだ、凄く嬉しいよ!」
必死に苦い顔になりそうなのを抑えて、俺が喜んでると伝える。
「そう? それは良かった」
犬ということにしてくれって明言しちゃってるし何の文句も言えない。
彼女の微笑みを見たら「完食せねば」と謎の使命感に突き動かされて、一キロあった未知の食べ物を平らげてしまった。若干気持ち悪い……。
そしてやっぱ美味しくなかった。炊飯で水の量を失敗して、とても食べれそうにない白米の十七倍は不味かった。
ペットキャリーの中に入って彼女に持って貰う。
(本当にありがとうございますぅうえっ。そしてすいません…。お金は返しますし、うっ、戻った時は本当にな…んでも致します……。オロロロロロロ)
心の中で吐いて、現実では吐き気を押し留めながら彼女に忠誠を誓う。
未知との遭遇――もとい、食べ物を恵まれて、その上、移動時は運んでもらうとか情けなさすぎ。
移動出来るものを探した理由は、これから彼女の家に行くからである。親が何か知っていないか訊くらしい。
やったぜ! 好きな女の子の家に行くなんて普通に考えたら最高のイベントじゃねえか!“普通”ならなッ!
また行けるかなぁ…。その時は常識的な格好をしたい……。少なくとも人面犬なんていう姿は嫌だね…。
彼女の家に向かって歩く。主に彼女のみが歩行する。
どうやら初瀬川さんの家はこの街にあるらしい。
間を持たせる為に彼女に話しかける。
「そういやさ、ペットショップで何かしてたの?」
「ソイヤサ? お祭りでもあるの?」
俺はアグレッシブな空耳に驚きながら訂正の台詞を言う。
「祭りなんてないよ…。だからペットショップで何か用事でもあったの? って…」
「何かって?」
「些か、少々、ちょっとだけこころなしか遅かったかなあ~って」
「ごめんね。羽島君のこと忘れちゃってたの」
「人面犬に出会って人面犬を忘れてたの!?」
「ペットショップで可愛いワンちゃん眺めてたらつい…」
「判るよ! 時間忘れちゃうのと同じで俺なんかのこと忘れちゃうよねっ!」
初瀬川さんは思ったより少し天然入ってるのかな…。それはそれでかわいい。
「ところで宿題はできてるの?」
ところでか…、俺の扱いなんてそんなものだよね……。
「実はまだで……」
この身体じゃ出来ねえもんなぁ。
今日は日曜だから明日までにこの身体が治ってないと学校休むことになるし……。
「じゃあ何としてでも、今日中に元に戻したいね」
「治るものなら早く治って欲しいよ…」
よく考えたら初瀬川さんとこうやって長いこと話してるのは初めてかも。人面犬になって良かったと思えたわ。
これで充分だ。早く人間に戻りてえよ!
切実に返すと、彼女は思い出すように口を開いた。
「そうそう、それと羽島くんだけまだ提出していないじゃない? 進路希望調査表」
「みんなもう出してるの?!」
俺たちが通ってる学校では一年の頃から進路希望を書いている。
去年は結局『わかりません』で出したっけ。
「なんでまだ提出してないの?」
「いや…、考えてるんだけどわかんないんだよね……」
「なにか無かったの? 小さい頃の夢とか」
「小さい頃の夢かぁ。今よりもバカばっかやってたからな……。そういや犬になりたいって――なってるぅぅぅぅッ!?」
なんか…もう……、俺の人生おかしすぎる……。
「そんなこと思ってたの? 後あんまり大きな声上げないでね」
彼女はクスクスと笑う。やっぱ初瀬川さんはかわいいなあ。
「はい、すいません…」
大声を出したことを謝ると、彼女が重大な状況だということをようやく理解して、俺は質問する。
「今更なんだけど俺と会話してて周りの目とか気にならない?」
初瀬川さんは今、ペットキャリーと会話してる不思議ちゃんだぞ。
返答はすぐにくる。
「知らない人にどう思われても、私はなにも感じないよ。だって私とは関係ないじゃん」
「凄いね。俺は知らない人に見られる方が怖いかな」
「“あんなこと”よくやってるのに?」
まあ訊くよね。普段からよくやってるし。
「ただの癖。さっきも言ったけど昔からバカしてたから…ね」
俺が自嘲気味に笑ってその話は終わらせた。
□□□
「お母さん何かわからない?」
「人面犬ねぇ……」
喧騒のあるショッピングストリートから少し離れれば静かな並木道と、その先には広くて大きく、しかし落ち着きのある日本家屋が建っていた。
風に乗って、芳しい木造建築独特の香りが俺を包み込んでくれる。って俺を包んでるのはペットキャリーの素材であるプラスチックだけどなっ!
そんな、またいつものをやっていたら初瀬川さんに言われる。
「着いたよ。あの一棟チョコンとあるのが私の家」
マジかよ…デカいな。なんて呆気にとられているといつの間にか玄関に入っていて、すぐ母親と会って事情を説明して今。俺は畳に敷かれたタオルの上でおすわりをして母親に何か知っているかを訊ねている。
そういや初瀬川さんのお母さんあんまり驚いてなかったなあ。年の功かな。って怒られるわ。
予感してたけどお母さん綺麗な人だな……。
「解らないわね。いくらなんでもコレはね…」
“コレ”ってまあ俺のこの姿だろうな。
俺も一応訊いてみる。
「何か些細なことでも構わないので教えて下さい」
初瀬川さんの母親は少し考え「そうねえ」と漏らした後、思い起こすように「ああそういえば――」と続ける。
「平日の昼間だから実果は知らないけど」
当然だけど初瀬川さんのこと実果って呼ぶのか…。俺もいつか名前で呼びたいな……。
「四年くらい前からよくキョウスケさんって方が訪ねに来てたわ。なんでも犬について色んな事を調べてるんだとか。でも最近は来てないわね」
(
俺がすぐに、キョウスケなる人物には特徴があるのか初瀬川母に訊ねる。
「その恭佑さんは眼鏡をかけてたりします?」
「ええ、眼鏡ならかけておられましたね。もしかするとお知り合い?」
知り合いも何も恭佑は俺の従兄だ。マッドサイエンティストでしかないあの天才バカ。
見えたぞ…! ゴールが!
光明が持ててつい口角が上がる。そして尻尾も動く。
「心当たりが出来た。今から言う電話番号にかけて。俺が話す」
「わかったよ」
初瀬川さんに電話番号を打ってもらって呼び出し音が何回か鳴ったあと、『もしもし』と電話特有の機械から発せられる音声が聞こえてくる。
「恭佑? 貴志だけど」
『喋れるのかッ?!』
「「喋れるのか」ねぇ。やっぱり恭佑は知ってるんだな。俺がこんな――犬の姿になってることを」
電話越しにいる恭佑を睨む。
『知ってる。なにを言いたいのかはわかってる。会って話そう』
「じゃあ場所は俺を刺したあの路地裏で」
電話を切って「突然すいませんでした。ありがとうございます」と謝罪と感謝をして、指定した場所へ俺と初瀬川さんの二人でその地点に向かう。
□□□
夏の陽は長いおかげで太陽は沈む気配がない。早く終わらせて暗くなる前に初瀬川さんを家に帰さないと。
約束の場所に行くと既に恭佑が居た。
ボサッとした髪の毛、眼鏡があるせいか何を考えているのか分からない眼、通った鼻筋。
何故だ! 同じ遺伝子を持っている筈なのに、コイツは何故インテリイケメン感がここまであるんだ!
(恭佑と会うの五年ぶり位か。あんまり変わってないな…)
「久しぶり――って言ってもそっちは後ろから俺を見てるんだっけか」
話しかけるとソイツは応えてくる。
「……っ! 貴志、まさか人面犬になっていたとは…。顔が人だから喋れるんだね。で、そこのお嬢さんはどちら様?」
恭佑は俺を見ると最初は驚いた顔だったが、すぐに納得したような表情になった。
「俺のクラスメイトで今回助けてくれた初瀬川実果さん。恭佑の通ってた神社の所の娘」
俺と恭佑が会話していると彼女が話に入ってくる。
「初めまして。恭佑さん、貴方はなぜこのようなことをしたんですか?」
「君に答える義理はないよ。僕は貴志と話したいんだ」
彼女は少しムッとした顔を見せたが大人しく下がった。俺も疑問に思っていたことを彼に問い掛ける。
「おいクソ恭佑ッ! 貴様俺を刺しやがったな! コマギレニシテヤルッ!」
あっ、これは問い掛けじゃなくて怒号を飛ばしただけだわ。
「ごめんね。注射痛かったよね」
「注射なんかじゃ痛いわけないだろ。それより突然刺されて気を失って、気づいたら人面犬なんて恐怖体験させやがって!」
「あれ、痛くなかった? ごめん脊椎まで届いてなかったかあ…。だから僕の時は成功して貴志は中途半端に成功して、要は失敗したのか」
コイツ話聞いてんのか!『失敗したのか』じゃねえよ! 何とんでもない事してくれてんの?!
いや、落ち着け。さっさと元に戻してもらうのが目的なんだ。
俺は恭佑を凝視しながら確認をとる。
「まず自分で試したってことか」
「当然。誰の為でもなく貴志の為だからね」
自分を実験台にするとかバカか?
「どこが“俺の為”なんだよ」
「貴志が八年前――小学二年の頃に言ってたじゃないか。犬になりたいって。それを叶えさせてやりたいと思ってだな」
「それは……っ」
否定出来ない……。そうか。俺は恭佑に話してたのか。
言葉に詰まっていると彼女が叱責しだす。
「いいですか? 例え羽島くん本人が望んでいたとしても、貴方のしたことは立派な犯罪で赦されないことなんですよ」
彼女の怒りはきっと、犯罪者を糾弾するようなもの。俺のことを思ってとかではないだろう。
怒ってくれるのは理由がどうであれ嬉しいけど、でも初瀬川さん、俺はそんな話をしにきたんじゃないんだ。
「何を言っている? 僕は貴志の夢を叶えようとしたんだ。失敗はしたけど今度こそは――」
「とにかく! 元に戻りたいだけなんだっ!!」
大声で二人の会話を止めて自分の意思を示す。恭佑が返答してくる。
「今度こそ完璧な犬になりたい訳ではないのか?」
「そうだ」
「かわいいワンちゃんになって綺麗な女性にチヤホヤされたくはないのか?」
「そうだ」
「下からスカート穿いた女の子を、見えるか見えないかのギリギリで眺めたくないのか?」
「えっ…?」
「そう言ってたじゃないか」
なに言ってるのコイツ。俺はそんなこと言って――
「いっ、い、イぃ言ってたかもし…ししれないけどい、今は関係ない!!」
かなり
初瀬川さんやめて! そんな生暖かい目で「男の子だもんね仕方ないよね」みたいに俺を視ないで!
俺が必死に初瀬川さんに言い訳を言おうとを考えていると、アイツが喋る。
「わかったよ。元に戻る薬なんてすぐ作れるからちょっと待っててね」
恭佑はそう言い残して去って行った。
相変わらず嵐のようなヤツだな。何はともあれ、これでもう大丈夫だろう。
「さっきすぐ作れるって言ってたけど、どれくらい掛かるか分かる?」
彼女が質問してきたので答える。
「あんなでも色んな人に『天才』って呼ばれてる人だしな。まあどうせ実際は既に作ってあって、早く戻ってきて俺を驚かそうとしてるんだろ」
バカとも呼ばれてるけど。とアイツを嗤うように付け足す。
「あの人のこと信頼してるの?」
「信頼なんてしてない。嫌なことにアイツのことをよく知ってるだけだよ」
あの底知れない“何か”が怖くて距離を置いてたんだよなぁ。ホント怖かった…、コワカッタ……。思い出せばアイツはいつも――
「そうだ。なんでもするって話あったよね?」
少しトラウマが蘇りそうになったが彼女によってその回想はせずに済んだ。
「な、なにをお願いされるのかなあ…」
「羽島くんの家で犬は飼える?」
「まあ親に言えばイケると思うよ。放任主義だし、俺が面倒みるってこと言えば…」
「それじゃあワンちゃんを飼って、そして私にその子をめいいっぱい可愛がらせて」
犬なんていくらでも飼ってそうなのに…。犬の飼い主として話せる相手が欲しい。とか?
不思議そうに首を傾げていると、彼女が話しだした。
「犬を祭ってる神社って言ったでしょ? だから犬は愛でるものじゃなくて信仰するものって言われてて……」
そういえばそうか。俺は初瀬川さんの頼みを果たすことを約束する。
「了解致しました。初瀬川お嬢様の仰せのままに」
「なにそれ~」
楽しそうに笑っている彼女は続いて言う。
「その場合だと苗字はおかしいでしょ?」
「じゃあ、『実果お嬢様の仰せのままに』?」
「うん。これからも実果って呼んでくれて良いよ」
マジか?! 名前呼びを許された!
「えっと、『実果さん』で」
「そうだね。呼び捨ては恥ずかしいし」
今日一日でかなり心理的距離が近くなった気がする。
尻尾が千切れるかと思うほど強く降る。
「いきなりそんな呼び方になったらクラスのみんなになんか言われるの嫌だし」
「呼び捨てでもさん付けでも呼び方変わればなにかは言われそうだけど……」
初瀬川さんは俺を睨んで「それでも違うの!」とプクゥと頬を膨らまして抗議した。
かわいいです。
□□□
案の定恭佑はすぐ戻ってきて、俺は無事に人間の姿と顔に戻ることができた。
(まあ良いこともあったし、そこは恭佑に感謝しておこうかな)
あの『人面犬事件』から
蛇足だが。いつの間にか彼女は“あの姿”の俺を撮っていたみたいで、いつ見ても吐き気のする人面犬を見せてくる事がある。種類が気になって調べてみたら『ベルジアングリフォン』って名前の犬種だった。カッコいいなおい。
そして彼女との距離が近くなったのもあるけど。ついでに恭佑との距離も近くなって、嬉々とした表情で俺に話しかけてくるようになった……。
「お礼ってことで、今度実果さんを遊園地に誘おうかな…。ペットが大丈夫な場所って条件で探しておかないと」
自分の部屋で一人、デートを画策して呟いていると……
「遊園地? 貴志は遊園地に行きたいのか」
恭佑が突然俺の横に立っていた。
「どっから入ってきたんだ変態!!」
「僕はいつでも側に居るから」
「お前のそういう所が怖いんだよ! キモい! 近づくなっ!」
「僕ら二人で行こうな♪」
「恭佑と二人でなんて行きたくねぇよッ!!!」
一発腹を殴る。
「いっったぁ……っ! もう、酷いなあ…」
やっぱ感謝なんてしない。
コイツを早く始末しないと、実果さんと運良く交際まで漕ぎ着けても邪魔されてしまう。なんとかしないと…。
デートのアイデアと一緒に、恭佑を従弟離れさせる方法も一緒に考えていくことになった。
はやく人間に戻りたい! ナダテテ @ryuto1153
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