バレンタインデーの過ごさせ方

キム

第1話 バレンタインデーの過ごさせ方

 二月十四日。

 バレンタインデー。

 私は今まで一度もチョコを渡したことがなかったけど、今年は違う。

 何故なら––––。


 * * *


 私の名前は本山らの。

 ひょんなことから狐だった私が人の姿になってから八ヶ月が過ぎた、一月のある日のことだった。


 私が居候させてもらっている神社で本を読んでいると、神職さんが近づいてきてぽつりと呟いた。

「そういえば、そろそろバレンタインの時期か」

 バレンタイン。確か、人間の女性から好きな男性にチョコレートを渡す日だったと記憶している。親しい異性がいない私には関係のないことですが。

 面倒ごとの予感がしたので、呟きを聞こえなかったことにして、私は手に持っている本を読み続ける。

「そうだ、らのよ」

 神職さんに名前を呼ばれる。

 どうやら聞こえなかったことにはさせてくれないようだ。

「はい、なんでしょう?」

「うちの神社ではね、チョコを貰えない寂しい男どものために、去年からチョコを配るイベントをやっているんだ」

「はい」

「今年はお前にもそれに参加してもらおうと思う」

「はい……はい?」

「材料費とかはこっちで持つから、一ヶ月後のバレンタインまでにチョコレートを用意しておくように。いいね?」

「はあ……」

 何やら予感していた面倒ごとに巻き込まれてしまった。


 * * *


 毎年この時期になると「チョコが欲しい」、「彼女が欲しい」という願いを持って神社にやってくる男性が後を絶たないため、アルバイトとして雇った女の子たちにチョコを配らせるというイベントを去年から始めたらしい。

 配るものは女の子たちにそれぞれ用意してもらうため、手作りチョコだったり買ってきたチョコだったり、あるいはチョコではなかったり。

 要するに、神社側が用意する予算内で男性の寂しさを紛らわせることができれば何でも良い、ということらしい。


 * * *


「っていうことがあるんだけど、どうしよう……」

「え、配ればいいじゃん、チョコ」


 翌日。

 私は大学での講義を受け終えた後に、校内にあるカフェテリアで今回の件ついて友人に相談していた。

 私の正体については知らないけど、それ以外のことならなんでも打ち明けられる数少ない友人だ。

 

「でも私、男の人にチョコって渡したことないし」

「ダイジョーブよ。男なんて二十円のチョコでも渡せば泣きながら喜ぶって」

 友人はケラケラと笑いながら答える。いや、流石にそれはないと思うけど……ないよね?

「うーん、それだと来てくれた人に失礼な気がするような」

「そんな気難しく考えることないって。チョコが欲しいってヤツが来るんだから、普通にチョコあげるだけでいいんだよ。そもそも貰えるだけでありがたく思えって感じじゃん」

「そんなものかなあ……」

「あ、そうだ。アタシのカレにもそのイベントのこと言っておいていい? アイツの周りにさみしそーな男とかいた気がするし」

「うん、おねがい。去年のイベントは告知が十分にできてなくて来る人が少なかったらしいから、今年はいっぱいの人に来てもらいたいし」


 * * *


 大学から帰ってきた私は、自分の部屋でのんびりと本を読んでいた。

 本を読むことが好きなので、人の姿になる前もなった後も、こうやって時間さえあれば本を読んでいる。だからこそ、本を読むこと以外のことはわからないのだけれど。

 今まで読んできた本の中で、バレンタインデーに女の子が男の子にチョコを渡すというお話は何度か読んだことがある。でもその経験がない私としては、そういったやりとりはどこか非現実的な出来事に思えてしまい、自分で男性にチョコを渡すということに実感がわかない。

 うーん、どうしたものか。

 とりあえず考えていても何も浮かばないので、本の続きを読もう。悩んだ時こそ本を読むのだ。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……ふう、面白かった。

 とっても甘くて、ちょっぴり苦い感じの雰囲気が程よくて、読了後の気持ちよさにずっと浸っていたくなる。

 こんな感じの気持ちを、チョコを貰いに来る人にも味わって貰いたいなぁ。

 ……。

 ……。

 ……あ。

 そうだ。

 これだ。

 この『気持ち』を、届けよう。


 * * *


「なに、本をプレゼントとして渡す、だと?」

「はい。本であれば予算内で用意できますし、読んだ人にもチョコを食べた時のような、甘い気持ちを味わってもらえるかと思います」


 私は先ほど思いついたことを神職さんに話してみた。


「ふむ。確かにお前らしいが、チョコを貰うつもりで神社に来た男どもがどう思うだろうか。貰ったものが本だと知ったら困惑するのではないか?」

「紹介動画を作っておいて、本と一緒に動画のURLを書いた紙も挟んでおこうと思います。それなら、その作品がどういったものなのか、私がどういった想いで本を渡したかが分かってもらえると思います」

「なるほど……」

 神職さんは少し悩んだような顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。

「わかった。お前の好きにしなさい」

「ありがとうございます。それでは、早速明日から準備します」


 * * *


 よし、配るものは決まった。

 あとは本を予算が許す限り用意して、包装紙も買ってきて、紹介動画を撮影して、ああでもその前に紹介文も考えないと。

 さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに、やりたいことが次々と浮かんでくる。

 受け取ってくれる人のことを考えながらプレゼントを用意するのは、こんなにも楽しいものなのか。ああ、今からバレンタインデーが待ち遠しい。


 チョコ読んでたべて、私と同じ気持ちを味わってもらう。

 これこそが私、本山らのが男の人に初めて送る、バレンタインデーの過ごさせ方だ。

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バレンタインデーの過ごさせ方 キム @kimutime

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