【弐の3】 対面

 いってぇ…。

 尻ぶった!


 俺は尻を押さえながら立ち上がる。

 さっきまで俺は、自分の部屋にいたはずだった。なのに、周りには田舎の風景が広がっている。


 山、山、山…!

 緑、緑、緑…!


 何で俺、こんなとこに…――。


「はっ」


 そうだ。俺さっき、桃太郎に、桃太郎を代わってくれって頼まれて、それで――肩を押されて、よろけて、絵本の近くに転んで――そこから先の記憶がない。そこで途切れている。


「あの野郎…っ!家に帰ったら、ぶん殴る!」


 家に、帰れるんだろうか。帰り道もわからないのに。

 でも、とにかく、次会ったらぶん殴ってやる!俺は拳を握りしめた。

 と、その時。


「桃太郎さんですか?」


 後ろから、澄んだ高い声で聞かれた。


「いや、俺は」


 桃太郎じゃなくて、桃太郎代理の桃汰で――

 後ろを振り向き、喉まで出かかった言葉が止まる。


「えーっと、誰?」


 そこには、知らない三人組が突っ立っていた。


 一人は、オレンジの髪をオールバックにした強面こわもての男。バトルゲームで格闘家が着ているような赤色の中華服をまとっている。

 その右隣――三人組の真ん中には、白銀の髪に、麻呂眉まろまゆの寡黙そうな男。緑色の着流しの着物に、刀を二振り携えていて、右目にはバツ印の傷跡がある。

 一番右には、ウェーブがかかったくすんだ緑色の髪の少女が立っている。ファーのついた長いマントにすっぽり身を隠していて、どことなく近寄り難い雰囲気を醸し出している。


「…桃太郎さん!よかった、お会いできて」


 少女はパッと顔を輝かせ、俺に飛びかかってきた。


「のわっ」


 勢いに負け、再び俺は後ろに転んだ。尾てい骨に痛みが走る。

 いてーよ。いてーし、誰だよ。

 さっきの俺の質問には、誰も答えてくれないし。


「オマエら、誰」


 俺はもう一度聞いた。


「そんな!私たちの事、忘れてしまったんですか!」


 少女が悲しそうな顔で叫んだ。

 いや、近いし。てか本当に誰…?


「違うだろ。コイツは桃太郎だが、桃太郎じゃない」


 強面の中華服は静かに言って、少女をひょいと抱き上げた。


「そうだ。鬼によって過去が書き換えられたせいで、新たな分岐点が出現したのだから。今までの分岐点に存在している桃太郎は、この時点での分岐点には存在していない」


 白銀の髪の男がゆっくり言った。

 …分岐点?過去が、書き換えられた?

 何のことだ?俺の脳内は、疑問符でいっぱいだった。適当に鬼退治してりゃ、いいんじゃなかったのかよ?


「…俺は犬司郎けんしろう。見ての通り、剣士だ」


 俺の方に目を向け、右目に傷を持つ白銀の髪の男が名乗った。

 はー、名前からして剣士だなぁ…と言ったら斬り殺されそうだから、黙っておこう。


「俺は猿門さもんだ!格闘家で、如意棒を使って鬼を倒すんだぜ」


 ん?如意棒?それは桃太郎に出てくるのとは別だぞ。別の何かと混じってないか?

 よく見たら、額にあの例の金の輪もついていやがる…!


「私はきじです。特技は傷の治癒くらいで、あまり戦力にはなりませんが」


 見かけは派手な女子高生っぽいのに、中身はおとなしそうだ。意外なキャラだな。

 …っていうか


「俺はてっきり、桃太郎の家来は動物三匹だと思ってた」


 この三人組は桃太郎のお供だったんだな。まさか人の姿してるとは思ってなかった。


「うつけ。ンな訳あるか。どうやってコミュニケーションを図るつもりだ」


 犬司郎がため息交じりに言った。

 確かにそうだけどさ、言われてみればそうだけど、絵本には動物が描かれていたし、桃太郎が吉備団子持ってたから餌付けするのは記述通りなんだなって思うじゃん!


「絵本が動物で描かれているのは、子供の気を引くためだろう」


 ナルホド、ソウイウコトデシタカ。


「…ところで、オマエの名は」

「あ、桃汰だ。桃太郎代理の」


 三人が同時に目を瞬かせる。

 言いたいことは手に取るようにわかるぞ。…代理のくせに名前そっくりでややこしいな、だろ。


「代理のくせに名前がそっくりでややこしい奴だな」

「あぁ。でも、郎がない分、少しだが名前が短くて呼びやすいな」


 ほら、やっぱり、俺が思った通りだ!


「まぁ、何はともあれよろしくな、桃汰」


 犬司郎に右手を差し出され、俺はその手を握った。


「あぁ、よろしく」


 そういえば、さっき三人が話してた謎の話、聞いてみるか。

 全員と握手した後、俺は思い切って口を開いた。


「そういや、さっき言ってた分岐点がどうのとかって、何の話だ?」


 直感だけど、俺が桃太郎と入れ替わったのと、何か関係がありそうだ。

 三人は顔を見合わせ、頷くと、同時に俺を見た。


「桃太郎さんから聞いてはいると思いますが、私たちはこの世界で何度も鬼と戦っているんです。そのたびに、私たちは鬼を倒してきました」


 あぁ、言ってたな。だから鬼退治は簡単だとか言って、代わってくれと言ってきたんだっけ。


「…私たちと言っても、ほとんどは犬司郎さんや猿門さん、もちろん桃太郎さんの力ですけど」


 雉はそう言って、頬を掻く。


「あぁ、そういえば聞いた」

「何度も戦っていると言ったが、毎回同じ戦い方ではなく、戦いの場所が変わったり、方法が変わったりと少しずつのズレがあった。それは俺たちの世界には幾つもの平行する時間軸が存在するから起こりうることだ」


 犬司郎は言いながら、近くの倒木に腰を下ろした。


「パラレルワールドみたいなやつか」

「そう思ってもらって構わん。要は、戦いごとに何らかの分岐点が発生し、この世界における時間軸は増え続けているというわけだ」


 てっきり同じことを繰り返してるのかと思ったけど、違うんだな。


「今回の時間軸——俺たちが今いる時間軸は、今までと全く違う形で作り出された。負け続けていた鬼たちが、過去に戻り、今までと違う時間に分岐点を作ったんだ」


 いや、まて。過去に戻るって、そんな簡単にできるのか?

 この世界がパラレルワールド式に平行世界を増やしながら増幅してるのはわかったけど。


「…えーっと、鬼が過去に戻るってのは、そんな簡単にできるのか?」

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平成御伽草子 九龍 @9ryu

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