【弐の2】 求む、休暇

 桃太郎は頬を膨らませ、


「だーってさ、同じこと何回もしてると、ゲシュタルト崩壊っていうの?なんか、飽きてくるんだよ」


 と言った。


「はぁ?」

「だから、俺にちょっと休暇くれよ!…な?」


 本当に桃太郎コイツ、絵本の中の奴なんだよな?いろいろと妙に現代人っぽくて納得できないんだけど。

 それに、ゲシュタルト崩壊と飽きるのは少し違う気がするけどなぁ。


「…でも俺、剣持ったこともないんだけど?」


 現代の日本は平和だからな。持つとしても包丁くらいだけど、それを人に向けたら犯罪者だ。


「それに、オマエの世界の事も全っ然知らないし」


 だからさ。つまりはさ。

 俺以外の人を当たってもらえるとありがたいなーっていうか。


「君以外に頼む?それはあり得ないだろ」


 あ、今の口に出てた?

 俺は口を押えた。


「何でだよ。…こう、もっとオマエの世界に詳しい奴とか、いないの、そういうの!?」

「いたとしても、ない。だって、君は桃太郎なんだろ、名前」

「ちがーう!!!」


 何回言ったらわかるんだ。俺は桃太郎じゃない!桃汰だ!


「まぁ、似てるんだしさ!頼むよ!」


 そんなの理不尽だ!

 だいたい、名前が似てるなら、桃汰オレじゃなくて、太郎とかでもいいだろ!?


「太郎じゃダメだ」


 桃太郎は首を振り、それから唐突に首からネックレスを外した。

 あれ、桃太郎ってそういうアクセサリーつけてたんだ。


「これ、やるよ」


 え、くれんの?何か綺麗な石のついたネックレスだな。


「こっちの世界とあっちの世界を繋ぐことができる石らしい。結構貴重なやつだけど、幸い今俺はこれを2つ持ってるから、1つやる。桃汰・・も持っててくれたら話せるだろ?」


 何だそれ、世界と世界を繋ぐ石とか、そんなのあるの?っていうか、もう俺があっちの世界に行く前提で話が進むのな?

 桃太郎は、俺の手に薄桃色の石のネックレスを押し付ける。

 これを受け取ったら、頼みを聞いたことになるよな。返そうかな。


「ちゃんと持っててよ」


 桃太郎が言ったかと思うと、急に肩をグッと押された。


「…へ!?」


 よろけ、咄嗟に近くにしりもちをつく。


「何すんだよ、痛いな」


 言いながら顔を上げた時だった。突然、視界がまばゆい光に包まれる。


「絵本の近くにしりもちついてくれて助かったよ。頼み、聞いてくれてありがと」


 なっ――何だよ、それ!

 同時に、視界が“白”になった。


「——うわっ…――!!」


 頭がクラッとし、意識が遠のく。

 朦朧とする意識の中で、桃太郎の声が聞こえた。


「…めん」


 え?…何て?

 もっとハッキリ言えよ、聞こえない。

 俺は、桃太郎の方に手を伸ばすが、ただただ白い世界では、何も掴めない。

 そのまま、そこでブツッと意識が途絶えた。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



【another side】


「ごめん、こっちの世界の桃太郎」


 モモタ、だっけか。

 俺は、逃げてしまった。…臆病だから。

 俺のせいなのに――全て、俺のせいなのに。


「ごめん、モモタ。ごめん、おじいさん、おばあさん」


 俺は、床に転がった『桃太郎』の絵本に向かって呟いた。

 俺の声など、あっちの世界には聞こえないはずなのに。

 謝ったって、何も変わりゃしないのに。



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