【弐】 こっちの世界の桃太郎

【弐の1】 桃太郎の頼み事

 栞太の回し者は…頭がちょっとおかしな人なのかな、うん。と勝手に納得していると、


「ほら、吉備団子きびだんごも持ってるし、鬼退治だって何回もしてる」


 と言いながら懐から吉備団子の入った袋を取り出す。うわぁ、凝った仮装コスプレだなぁ。


「俺は桃太郎だ」


 自称桃太郎は、ドヤ顔を浮かべ、拳で胸を叩いた。


「あー…うー…百歩譲って、オマエが桃太郎だとして…」

「だからそう言ってるだろ」


 そうじゃない。


「桃太郎って、絵本の中の話だろ」

「うーん、まぁこっちの世界ではそういうことになってるみたいだね」


 こっちの世界!…うん、やっぱり頭がちょっとアレな人なんだな。


「俺はそこの絵本から出てきたんだ」


 ビシッ。効果音が聞こえそうな勢いで、自称桃太郎は、桃太郎の絵本を指さす。


「あー、へー、そうなんだぁ」


 絵本の中から出てくるって、物理的に無理でしょ。

 そんな話を、科学技術が発展した社会で生きてる俺に、信じろって?


 …まぁ、確かにさっき、絵本が光ったのは見たけどさ。あれはきっと目の錯覚だし、俺が疲れて見た幻でしょ。


 けど、見た瞬間、桃太郎?って俺も聞いちゃったけどさぁ。あり得ないじゃん、桃太郎という人物はそもそも存在してないんだから。


「絵本から人が出て来れるわけないだろ。そもそも、絵本は絵で描かれてるんだ。人が中に入ってるわけじゃない」


 俺が言うと、自称桃太郎は顎に手を当てた。

 あ、そういう話が理解できてないフリ?演技細かいな。


「あの絵本の中に俺が棲む世界があるっていうのじゃ、ダメ?」


 もはや、聞いてきた…!


「いや、だから、絵本から人が出てくるのは物理的に無理なんだって。今オマエが出てきたところに穴が開いてるなら話は別だけど」


 言いながら、俺は絵本に目を向け、言葉を失った。


「………は?」


 穴はなかったけど、その代わりに、絵本には大きな変化が起きていた。

 さっき見た時、描かれていた桃太郎がページから姿を消し、背景に描かれていた小屋の全貌が忽然と姿を現していた。


「そんなの…」


 あり得ない。でも、実際目の前で事は起きている。

 自称桃太郎も目の前にいる。つまり、自称桃太郎コイツの言葉は嘘じゃないと証明されてしまった。

 今俺の目の前にいる男は、正真正銘、桃太郎なのだ。


「じゃあ、本当にオマエは…桃太郎?絵本から飛び出して、ここに?」

「だから、何回もそう言ってるだろ」


 やっとわかったかと言いたげに、満面の笑みを浮かべた桃太郎が、ポスポスと俺の肩を叩く。


「だって、そんなの見せられたら…」


 信じるしかないだろ。


「じゃあ最初からこれ見せればよかったのか」


 桃太郎は、将猿の絵本を持ち上げ、ページを閉じ、床に丁寧に置いた。


「オマエが桃太郎だってのはわかった。んで、さっき言ってた頼みって?」


 さっき桃太郎が言いかけていたことを思い出し、俺は聞いてみる。


「そうだった!こっちの世界の桃太郎に頼みがあるんだった」


 …いや、だから俺はこっちの世界の桃太郎とやらではないけどね。

 っていうか、目的忘れてどうすんだよ。

 俺は、ポンと手を叩く桃太郎を見て、ため息をついた。


「俺の頼みはただ一つ」


 桃太郎は唐突に俺の両肩を掴み、グッと顔を近づけてきた。


「近い近い近い」


 この距離感おかしいだろ!

 でも奴は、更におかしい言葉を口にしたのだった。



「俺の代わりに、桃太郎やってくれ!」


 ……はぁ?


「オマエの代わりに、俺が桃太郎?」


 何だそれ。訳がわからない。

 だいたい、桃太郎に交代とかあるのか?許されるのか?

 …俺が幼稚園の時は、交代なんてなかったぞ。


「そんなの…」

「なっ?頼むよ!俺、何回も鬼退治してるけど、案外鬼退治ってチョロいから!フラッと出てって、剣を振り回しときゃ終わるから!」


 いやいやいや、まて。そんな軽いノリでできるもんなのか!?

 っていうか、絵本の中の人って、そんな何回も鬼退治してんのかよ。


「んなこと言われてもさぁ…。っていうか、そんな簡単なんだったら、自分でやれよ」


 俺に頼むまでもないだろ。



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