【壱の3】 君は桃太郎


 夕食後、風呂に入り、部屋に戻った。まだ10時前だし、ちょっとゲームでもするか。なんて考えていると、床に置いたままの絵本が目についた。


「あっ」


 将猿まさるの奴、俺の部屋に置いてったな。

 もうとっくに寝てるだろうし、とりあえずリビングに置いといてやるか。

 俺は、床に無造作に置かれた絵本を拾い上げた。——その時だった。


「うわっ!?」


 突然絵本が白く光り、熱を帯びた。


「あっつ」


 触っていられないほどではないけど、驚いて俺は、思わず絵本から手を放す。

 床に落ちた絵本のページが、勝手にパラパラとめくれ、あるページで止まった。それは、成長した桃太郎が登場するページだ。

 刹那、そのページが更に強く光り、俺はその眩しさに耐えきれず、目を瞑った。

強く閉じた瞼の向こうが、眩しくなくなったのは、それから数分後だった。

 俺はゆっくり目を開けたけど、目が軽くやけど状態で、視界はぐにゃぐにゃしていた。


「…ん?」


 視界不良でも、誰かがいるぼんやりした輪郭は見える。

 暫くすると、視界が良くなって、そこにいる誰かの姿が確認できた。白と赤の和服をまとい、紺色の長髪を結わえている。


「オマエは…」


 誰?と聞くまでもなかった。

 額に、桃の絵が描かれたハチマキを巻いていたからだ。


「桃太郎…?」


 いや、まさか。口にしてから否定した。

 桃太郎なんて、絵本の中の人物だ。科学技術が発展した現代社会にいるわけが…――


「そう。俺が桃太郎」


 何っ!?冗談はそのコスプレじみた格好と登場演出だけにしてくれ。


「君、こっちの世界の桃太郎なんだってね。よろしく」


 ちがーう!!!俺は桃太郎じゃなーい!

 よろしくもしない!


 この現代社会に、存在するわけがないのに、ないはずだったのに、俺の目の前に、桃太郎ソイツは突然現れた。

 桃汰オレを桃太郎だと勘違いした、変な桃太郎コイツが――。


 っていうか、何で俺を桃太郎だと勘違いして登場してんの!?

 言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず


「お、俺は桃太郎じゃなくて、桃汰だからっ!!」


 これ大事。テストには出ないけど大事。


「だから、桃太郎だろ?」


 桃汰だってば!!

 さては栞太に吹き込まれた回し者だな!?そうなんだろ、そうだと言ってくれ。


「まぁ、そんな細かいことは、この際どうだっていいんだけど…」


 細かくないし、どうでもよくない!


「…とりあえず、オマエ何者なんだよ。…どうせ栞太の回し者だろ。そういうのいいから、もう帰って」


 そうだ、俺は疲れて、絵本が光る幻を見たんだ。

 今ここにいるのは、桃太郎の仮装フリをした栞太の回し者だ。


「んじゃ、おやすみ」

「カンタノマワシモノっていうのはよくわからないけど、寝るな!話を聞け」


 栞太の回し者が喚いた。俺は布団に入りかけた足を止め、彼を見る。


「住居侵入罪で通報するよ?」

「何なんだそのよくわからない単語は」

「何で知らないんだよ!知っとけよ!」

「知るわけないだろ、俺は桃太郎なんだから」


 桃太郎っていう設定抜けないのかよ!っていうか、もしや、もしかして、コイツ本当に桃太郎なのか…?

 いや、まさか!


「とりあえず、出てけよな」


 俺はベッドを抜け出し、窓を開けた。


「帰り口はこちら…」

「俺の話を聞け!聞いてくれ!」


 俺、今何でこんな目に遭っているんだっけ。

 朝から酷い目には遭ってたと思うけど、もう変なあだ名がクラス中に知られたとかどうでもよくなるレベルで…なんなんだよ、これ!


「君にちょっと頼みがある」


 俺が黙ったのをいいことに、無理やり話を進めてる――!!

 しかも、頼み事とか言い出したんだけど…――!?


「あのさぁ、栞太の回し者から聞く頼み事はないんだけど」

「違う、俺は桃太郎だ。こっちの世界の桃太郎に頼みがある」


 あぁぁあああっ!

 話が…振り出しに戻ってしまった!


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