鉄鷲達が駆け抜ける!

@eyesman

第0話 目覚めた先

「.....あ」


薄らと目を開けると、見たことのなかった天井が見えた。俺は...確か、重慶の空でP-51に奇襲されて.....それで...


(捕虜になった...のか?友軍の基地ではなさそうだな...)


今着ているのはカーキ色の冬用航空服ではなく、簡素な浴衣のような服装、自分で着替えたという記憶はない。基地のベッドとは比べ物にならないくらいに柔らかいベッドから上半身だけを起こして頭を整理する首を擡げ、天井、壁とぐるりと見回し、この建物が木組みの簡素な小屋だということを理解する。パキパキと音を立て、薪を燃やしているボロボロの鉄ストーブが焚いている火をみていると、ふと、ガタリという音がした。


「...君は」


丁度、扉がある場所、見た目は十六位だろうか。浅く焼けた小麦色の肌と白いスカートとシャツが一体になったような肌の露出が多い服装が特徴的な少女と目があった。

凡そ、我が祖国ではまず見ることのない服装、我が国の領土の中でも南方に位置する琉球か台湾でもここまで日に焼ける事はそうそうあるまい。比島(フィリピン)から配転してきた同期は、ラバウルやインドシナの島民はこのような肌をしていると言っていたが、流石にここが南方の島である、というのには無理があるだろう。


「すまない、ここは」


「!?....!....アンネ様ー!!守り人様が目を覚まされましたぁー!!!」


日本語である。それもかなり流暢な。やはりここは日本の占領地なのであろうか。聞きたいことが山ほどあるが、当の本人である少女はこちらの問いを無視して何やら人を呼びに言ったようだ。守り人?なんの事だ。一体。

俺はそんなことをした覚えはないぞ。


痛む体中の節々、特に左腕の関節を押さえながらベッドから起き上がり、傍にあった薪をストーブに放り込む。航空服は...ああ、あったストーブの傍の椅子に掛けて乾かしてある。しかし綺麗に畳まれているな。ストーブの熱で温まったフカフカの飛行服に素早く着替え、簡素な木の椅子に座る。


(まさかここが天国か?地獄って訳じゃあなさそうだがな)


火を見つめながらそう思っていると、ドタバタとこちらに駆けてくる足音が近づいてきた。そして


「アンネ様!早く早く!」


バン!と煩雑に扉を開けて、先程の少女がアンネと言う名前の人物を手招きして呼んでいる。5秒程待った時だったであろうか。カツリ、カツリと乾いた足音が聞こえてきた。音を聞く限りだと何らかの軍靴か作業靴、この少女のように草履のような簡素な履物ではなさそうだ。一体、どんなやつだ?


「あまりそう急かすな。大丈夫だ。逃げたりはせんだろうよ」


少女が走ってきた廊下側、何かは分からないがハッキリとした威容に満ちた声がした。しかし、男の声ではない。女だ。若い女性の声がした。警戒心を潜ませながら目を細め、扉を睨め付ける。少女は廊下から歩いてきているであろう人物と幸久の間で困惑しながら視線を往復させている。数秒経ったのち、遂に、声の主が姿を現した。

正体はやはり、若い女性である。鉛を溶かしたような鈍い銀髪、端正で彫りの深い顔立ち、この時点で分かるが日本人では無い。

恐らく目の前にいるこの女性の写真を通り行く人に見せたなら、十人中、十人が美人と答えるだろう。

だが、目の前にいる彼女の顔を見れば、すんなりとそうは答えられまい。例えそれが人喰い鬼でも百戦錬磨の武人であろうと彼女の顔を見れば目を見開いて驚き、一歩は後ずさるだろう。何故ならば、左の顔半分が火傷の痕か、濃い褐色になっており、睫毛から顎に至るまで一本のツギハギの縫い跡が走っている。鷲をも射殺しそうな赤黒く鋭い瞳、椅子に座る幸久を手を後ろに組んだまま、品定めするように見下ろし、ふっと銀の髪を揺らし、踵を返した。


「サイカ、君はもう、帰っていい。お爺さんによろしく伝えといてくれ」


外見通りの、研ぎ澄まされた、刀のような良く通る鋭い声でドアの前でたじろぐ褐色の少女に声を掛けた。


「え、あ、はい!ご、ごゆっくり!」


「ん、気をつけて帰ってくれ」


目の前の銀髪美人は胸元で手を小さく振って褐色の少女を帰した。そしてまた、ぬらりとこちらに振り返り、どっかりとベッドに腰を下ろした。


「初めまして、極東の同盟者」


「あ、ああ、初めまして...だ」


「うむ、このナリを見れば私がどこの誰だかハッキリと分かるだろう?」


膝まである分厚く長い軍用コートに革の手袋、士官用の制帽、だが目の前の人物の一番分かりやすい点は服や帽子では無い。

それは左の二の腕、そこに着けられた腕章である。赤い背景の中心に浮かぶ白い円、その円の中に印されている『鉤十字』の刻印である。


「ドイツ軍...か?」


「正解だよ。まぁ、三ヶ月前までは...だがね」


「...逃亡か?」


「逃亡?はっは、違い違う。飛ばされたのさ君と同じようにな」


「飛ば...どういうことだ?ここはどこだ?どこにあるんだ」


「ここが自国ではない、という事にすぐ気がついたな。では言おうか。ここはな、私達が《地球では無い》」


「はっ?」


思考が止まる。なんだって?地球じゃない?何を言っているんだ。この将校は。

動揺で泳いだ目を、目の前の彼女に向けると、『その反応は予想通り』と言わんばかりに腕と足を組んで得意げな顔を浮かべていた。


「地球じゃない?」


「うん、まあ、言っても理解出来んだろうね。見た方が早いか。付いてきたまえ。この世界のほんの一部分をみせてやる。それだけでもここが地球では無いと思い知る事が出来ると思うがね」


ベッドの反発を利用して、第三帝国の女将校は意気揚々と立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。


「君の靴はベッドの足もとに寝かせてある。早く履いてこいよ。外で待ってる」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


急いで航空靴を履いて、悠然と歩き行く女将校の後を追う。一体なんだと言うんだ。小屋の短い廊下を走り出て、外へ出る。

そこには浅い笑みを浮かべ、相変わらず、腕を後ろで組んだ彼女が待っていた。


「分かるか?」


「何が」


「私達のではありえないことだよ」


「.....分からん」


地球と違う所を探し、辺りを見回す。広がる草原、奥には広葉樹の林、生い茂る20cm程の草、まっすぐ伸びる幅3m程の土の道。何が違うと言うんだ。別におかしくない、日本でも少し帝都の郊外へ足を運べば見られる光景だろう。


「はぁ、じゃあ答えだ。私の影を見たまえ」


「影...?...!」


女将校の影が二方向に伸びていた。彼女から見て、一時の方向に一つ、もう1つは10時の方向に。複数の電灯やスタンドライトに照らされているならまだしも、明るい日中にこんなことを見るなどありえない事だろう。


「気がついたかね。空を見てみたまえ」


そう言って彼女は目を細め、腰の後ろに手を組んだまま、顔を上げて天を仰いだ。


「...!?...な、なな、なんだぁぁこりゃぁ!?」


驚くのも無理は無い。いや、驚いて然るべきだろう。なんせ、見上げた空には太陽が二つ浮かび上がっていたのだから。


「な、なんでぇお天道さんがふたつもあるんだァ!?」


「だから、ここは私達の住む世界ではないからだよ。これでようやく分かっただろう」


「んでぇ、じゃあここは天国ってことかい?」


片眉を上げ、未だに信じられないような疑心暗鬼な顔で幸久は女将校を見つめた。


「君は、あの少女が天使に見えたかね?」


「.....どーやら、ホントに地球じゃあなさそうだ...」


「悲観に暮れている暇は無いぞ。ついてこい。私達の拠点に案内してやる。あの小屋が空き家だったから良かったものを。君が七日間も寝ている間、身の回りの世話をしていたのはあの少女だぞ?後で礼を言いに行くんだな」


「ああ、ちゃんと礼はするよ...にしても、七日、七日もかぁ...」


顎に手を当てて、考え込むように首を捻る。うーん、確かに眠っていたが七日だと?ではこの世界に来たのは一週間程前、なのか。


「大変だったのだ。雷鳴のようなバカでかい音が鳴ったと思ったらお前が軽戦闘機と一緒に倒れていたんだからな」


「なに?」


俺だけがここに送られた訳では無いのか。やはり、重慶で殺られてそのまま乗機と一緒に...


「俺の隼、無事なのか?」


「脚とペラがひしゃげてたがね。今修理中だよ。もうそろそろ終わるだろう。」


「修理?一体誰がそんなこと」


「私以外にもいるのだよ。ここに飛ばされた輩がな。ほら、行くぞ」


そう言って彼女は悠然と進みだした。


「.....何が何だか...」


まだ、完全に状況が読めない幸久は、バリバリと乱暴に頭を搔き、彼女の後を付いていくのだった。





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