対峙

正体不明の襲撃者は右手に体躯と同じ銀色のナイフを握っていた。これで千里の首を切断したのだろう。自分の生命に危険が及んでいるというのに、頭脳の一部領域だけが活発に機能して分析を行う。いや、今の状況が死に近づいているからこそかもしれない。なんとか生き延びるために手段を探している。


怪物の足が動く。咄嗟に後ろへ飛び退くさつきであったが、青と銀色の無貌が進んだ先は、倒れた千里の身体だった。うつ伏せになっている彼女を右脚の爪先で蹴り、仰向けにする。転がされた遠心力で動いた四肢には力が入っていないようだ。

さつきは少し先の地面を見る。切断された阿蘇の女神のもう片方が視界に入る。暗くなってきた世界の中で、虚ろな瞳と目が合う。頸部からは血が……流れていない。断面は何故か流紋岩のような白さと模様だった。そうか、ヒメガミは人間ではない。当然の事実を観測したことにより、一縷の望みが見えてきた。


再び千里の身体を見やると、銀色の襲撃者がこちらに背中を向けて大火山に馬乗りになっている。あちらも同じことを考えているようだ。銀色の凶器が青と銀の両腕によって振り上げられる。千里が人間で言えば心臓にあたる位置を狙われていると気づいた瞬間に、人間は駆けだして怪物に体当たりを仕掛けた。肉と金属が衝突する音。全体重を乗せたさつきの攻撃は、銀色の襲撃者を7mほど弾き飛ばした。予想外に相手が軽かったため、攻撃をした側も反動をさほど得られずに地面へと倒れ込む。口内に鉄の味が染みる。転んだ際に唇を切ったようだ。今はそれを気にしている場合ではない。なにしろ、ヒメガミと互角に戦える相手を攻撃してしまったのだから。起き上がり、怪物から千里を庇うようにして立つ。


「あなたが、どういう意図で……この人を攻撃しているのかは知らないわ。ただ、私の友人に危害を加えるのを、見過ごすわけにはいかないのよ」


緊張で言葉がなかなか喉から出てこない。普段より声は掠れているだろう。相手が話を聞いているかは分からない。それでも叫ぶのは、伝えるためではなく自分を奮い立たせるため。


「昼ので分かってると思うけれど、この人は火山よ。それが何よ、今は私しかこの人を助けられないのよ。そこに人間とか火山とか、関係ないわ」


ようやく怪物は起き上がる。そして、さつきと千里の方へと歩いてくる。


「絶対にあなたを止めるわ。それに命をかけてもいい。いいえ、それでいい。私は友人を助けられるのなら」


襲撃者はナイフを構えた。あと1歩で腕が届く距離になる。それでも、さつきは無貌を睨み続ける。


「私はここで」

「お前を止めてくれるそうだ。人間の中でも勇気ある者だとは思わないかね」


背の向こうで、待っていた存在が立ち上がる気配があった。

一段と濃くなった闇の中、自分の影が怪物の方に浮き上がる。同時に、強い輻射熱を背中で受け止める。


「溶岩というのはいつ噴火してもおかしくない場所で使うべきものなのだがね、そうも言っていられない状況だな。さてと、銀色のガラクタよ」


呼びかけられたそれは、僅かに後退する。無機物のはずの怪物から、怯えが感じられた。


「私はこの地を統べるもの。九州随一の大火山にして阿蘇のヒメガミ。果たして不意打ちなしで私を倒せるかな」


地面が揺れた気がした。いや、気のせいではない。相手の心を揺さぶるかのように大地は震え続ける。その動きには明確な意思があった。

怪物は、しばらく揺らされ続けた後にナイフを降ろす。そして突如として全身から白い煙を噴きだす。


「また煙幕か。さて今度はどう動くか」


2人は数十秒ほど前方を見続ける。煙が晴れるのと、揺れが収まるのはほぼ同時だった。


「ふむ、逃げられたようだな」


緊張の糸が切れたさつきは、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「まさか人間に助けられるとはな。サツキ、本当にありがとう」

「どういたしまして……いろいろ聞きたいことはあるけれど、まずは立つのを手伝ってもらっていいかしら」

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この惑星に棲む魔女の名は 火山たん @volcano_tan

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