来訪

「こんばんはぁ、今日から予約していた芹沢ですー」


19時のニュース番組が始まる直前、開かれた玄関から明朗な挨拶が響く。テレビの画面に注がれていたさつきとさくらの視線が移ると、スニーカーを下駄箱に入れる少女の姿が見えた。白のタンクトップと紺のハーフパンツを身に着け、青色のボストンバッグを持ち千里の座るカウンターへと向かう。


「いらっしゃい、お待ちしておりました。こちらにお名前とご住所、お電話番号を……」


宿の主が来客に様々な事項を説明している間、富士の女神は芹沢と名乗った少女を見つめるが、別の話題を口にした。


「姐さんが敬語で話しているのって初めて見た気がします」

「そうね、いちおう客を迎える時は立場を演じているということかしら」


それでは、果たして自分は千里に客判定されているのだろうかと考えたが、ヒメガミの事情を知っているので身内扱いということなのかと自分で納得する観測屋。むしろ、色々な点で協力する間柄では対等な関係の方が良いのかもしれない。


「……お名前は芹沢志穂さんと。この宿の説明としては以上となりますが、何か気になる点はありますか?」

「そうだなぁ……明日もう1つの荷物をここに宅配してもらう件は話したし……ふむむ、あちらの人たちもお客さんなんですかー?」


腰の辺りまで伸びる黒髪が翻り、少女の瞳が2座の火山と1名の人間を捉える。


「あぁ、あの子たちは……客のような身内というところです。ここ阿蘇で働いている私の遠い親戚とその従妹、そして私の友人の娘ですね」


そう紹介されたので、さつきは自分の演じるべき立場を理解した。この際なので、自分とさくらの関係について設定を固めてみると今後困らなくなるだろう。立ち上がり、芹沢と呼ばれた少女に近づく。


「私は阿蘇の火山観測をしている井鷹さつきよ。しばらくよろしくね。こっちが私の従妹のさくら。静岡に住んでいるのだけれど、夏休みだからこっちに遊びにきているわ」

「淵上さくらです、よろしくお願いしますね。そして、お友達のななみちゃん……あれ、なんで隠れてるんですか?」

「わたし、ななみ。よろしくね……」


何故かさくらの背後から頭だけを傾けて、見知らぬ少女を覗く孤島の大火山。実はこんな性格なのかと人間は思ったが、


『だいじょうぶ、人見知りしていたほうが、人間のちいさい子って感じがするだけ』


念話で本人から解説があった。彼女もまた、自分の立場を演じているようだ。

それを見て、念話の聞こえない志穂は簡単にこの劇を信じたようで、膝を床につき身を屈めてななみと目線を合わせる。


「ななみちゃんかぁ、可愛いなぁ。私は志穂って言うんよ。よろしくねー」

「ん、しほおねえちゃん、よろしく……」


微笑んで差し出された志穂の手先を、幼き大火山の掌が包み込む。演じているのだと分かっても、心の和む光景だった。


「それとマスターさん、もう一つ気になった事があるんですけどー、さっきここに向かう途中…というか駅からかな?神社の前を通ってこっちまで来たんですけど、後ろから私についてきてる人の気配があったんですよ。や、たぶん変な人ではないと思うんですけどね?ちょっとビビったなーって」

「それは…さぞかし怖い思いをされたことでしょう。この街に住む者としても気になりますので私とサツキで見回りを行います。サクラ、芹沢さんをお部屋まで案内してくれるかな」


これは演技ではなく本心なのだという気迫がこの地の大火山から伝わってきた。さつきも富士の女神に後を頼むよう伝え、屋外へ出る。





地方の観光地ではよくあることだが、阿蘇神社の門前町は午後5時で営業を終了する店が多い。ちょうど日没の時間を過ぎた薄暮の参道は、人の気配が無く静まり返っていた。


「彼女の勘違いか何かの偶然であればいいのだがな、万が一ということがある。警察に行くにしても、2人居た方がいいと思ってな」

「そうね、あなたが不審者の腕をへし折らないか見張っている必要もあるわ」


共に過ごした時間はまだ短いものの、戦場を乗り越えたことで火山と人間の間には軽口を叩けるほどの信頼関係が形成されていた。同時に、人間相手なら負けようがないという強さを確認できたことで、不審な人物を追うことくらいなら問題がないとも人間は思う。

つまりは、完全に隙があった。


ひゅぅん。空気と何かが切り裂かれる音。

ぼとり。ごろん。なにかが地面に落ち、転がる音。

どさり。傾いたナニカは首のない千里の姿をしていて、アスファルトの上に崩れ落ちる。


声が出ない。息が喉に張り付く。これらの事象は後ろに出現した気配の持ち主が要因だ。危険だ。逃げろ。本能と経験が叫ぶ。振り返ってはいけない。だから私は。

観測屋として、その正体を確かめなければいけない。


「……っ、ぅ」


振り向く。そこに居た。昼に襲撃してきた相手が。

目が合ったような気がした。無貌の怪物であるにもかかわらず視線を感じた。

そしてさつきは理解する。千里の首を斬った青と銀色が今、自分の目の前に居る。

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