集結

「今の時間は…18:34か。そろそろ予約のある宿泊者が到着する頃だ」


ゲストハウスとは比較的安価な宿で素泊まりが基本。相部屋や交流スペースがあるのが特徴……初めて同種の施設を使った時に調べたことをさつきは思い出す。火山の近くは温泉街になっていることもあるが、宿が少ない場合も珍しくない。そんな時にゲストハウスや民宿をよく利用したものだ。


「今日は何人泊まるんですか?」

「我々を除けば利用者は1名、女子高生だそうだ。多少若いが、最近はそういうこともあるな」

「若いも何も、あなた達からすれば人間の年齢なんて誤差みたいなものじゃないの」


快活に九州最大の火山は笑う。それもそうだ、と言いながら玄関付近のカウンターへ向かい、パソコンを操作する。


「今日から3泊で予約が入ってるな。部屋は既に用意してあるから後は案内するだけだ」


どのような業務をしているのか気になった観測屋が大火山の座る場所に歩み寄ると、千里は眼鏡をかけてモニターを覗き込んでいた。


「ヒメガミでも視力が落ちるのかしら」

「これか?別に度は入ってないさ。事務作業の時だけ使うと人間らしく見えるだろう。なるべく違和感を抱かせないのも生きていく上で必要になる」


赤く塗装されたテンプルに指を触れる姿は、確かに人間そのものだった。人ならざるものが穏やかに装う一方で、それを狙う何者かも居る。なぜ争いは起きるのだろうか。その答えは今、火山にも分からない。


「姐さん、今夜の食事はどうしますか?」

「そうだな、ゲストの案内が終わったら作ろう。実はだな」


会話が鋭い電子音で中断される。モニターの横にある電話からだ。急ぐ様子もなく千里は受話器を握る。


「はい、ゲストハウス蘇乃里……今日?部屋はあります。1時間くらい……ええ、それではお気をつけて」


短い会話が終わり、宿の主人は台帳と見られるノートに何かを記していく。


「もう1人、泊まることになった。急だがこれから来るらしい」

「いきなり今夜?そんなこともあるのかしら」

「ゲストハウスではこれが普通だ。明日の宿も決めずにその日の気分で旅をする人間の集まる場所だからな」


人間より人間に詳しいのではないか、さつきはそんなことを思ったが、顔に出すことはない。代わりに鬼界のヒメガミが別の疑問を口にする。


「おねえちゃん、さっき何か言おうとしてた」

「あぁ、その事か。食事はもう少し後にしたい。遅くなるが、別の客が来るのでな」


まだ人が増えると聞いて、部屋の空きはあるのかと人間は2階を見やる。自分たちの他にさらに数人なら泊まれないことも無さそうかと、朝に見た内観を思い起こす。


「あれ、けど姐さんは宿泊者は1人って言ってましたよね。今の電話でもう1人ですけど、それとは別で……」

「そうだ。これは外部の人間が入る前に伝えたい」


宿の業務を終えたのだろう、阿蘇の大火山は立ち上がって残りの3人を見つめる。


「例の襲撃者が何者かは分からないが、また仕掛けてくるのではないかと思う。そうなった時に今日と同じ戦力だと良くて拮抗。個別で居るところを狙われて無事とは断言できない」

「否定はできませんね……」


同意する富士と、重く頷く鬼界。自分たちに、しかもヒメガミを狙って攻撃があったのはやはり相当な衝撃だったのだろう。


「そこで、なるべく火山同士で集まっておこうと思う。散らばっていては各個撃破されるだけだからな。先程の戦闘から、ヒメガミが3人でなんとか対抗できると学んだ。よって基本的には4人以上で集まることにする」


一同に軽く視線を送った後、千里は壁に貼ってある九州島の地図を指差す。


「このエリアで存在が確認できているヒメガミはナナミと私の他に九重山、雲仙岳、霧島山、桜島、池田・山川と開聞岳、そして諏訪之瀬島だ。そのうち諏訪之瀬島は首都警護で東京滞在中のため暫くは戻らない」


次々と火山の名前が読み上げられる度に、観測屋は頭の中でそれぞれの基本的なデータを確認する。その過半数が巨大カルデラを基盤としている辺りが九州の特異な点だ。


「思念通話で全員に声をかけた結果、霧島より南の火山は桜島にて集合する。これで南九州は4人。北は雲仙が合流を断ったのでここに居る3人に九重を加えて4人だ」

「あれ、雲仙さんは来ないんですね」


さくらは率直に疑問を口に出す。一方で千里は返答に時間をかける。


「そうだな……本来は緊急事態のため、なるべく多くの人数で対処したいところだが、なんと言うべきか……今はあまり他の火山や人間と会いたくないそうだ。そっとしておいてあげよう」


幼女と少女の姿をしている2座の大火山はあまりピンときていない様子だったが、人間の方はだいたい察しがついた。千里の態度は、何かトラブルやショックなことがあった相手への対応だ。そして雲仙となれば……思い当たるところは多い。


「ともかく、これで迎撃態勢は完了。ここには九重のヒメガミが来るのね」

「そういうことだ。今すぐ来てくれと声はかけたのだが、夕方は仕事が入っているから夜に着くと言われた」

「仕事ですか?」

「あぁ、営んでいる剣道道場の稽古日だそうだ」


火山の女神というのは案外、人間社会に溶け込んで暮らしているらしい。それにしてもヒメガミが剣道とはどういうことなのだろうとさつきは思うが、細かいことは対面してから聞くことにしよう。


「念のため他の地域の火山にも警戒するように情報を流している。何かあったら知らせが入るはずだ。今はそんなところだな。後は臨機応変にやっていこう」


火山と人間、在り方は違えど4人は課題を共有した。生き延びること。それは何気ないようで難しい。しかし困難を打開するのはいつも仲間との信頼と連携だ。そこに寿命も種族も関係はないのだと感じられている。

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