再起

夕刻の阿蘇。車が走り去る。残された4人の心境はそれぞれであったが、唯一の人間は安堵していた。


「帰って、こられたわね……」


さつきは、この建物を最後に見たのが何日も前に思えた。1日の密度が富士に居た時の何倍……いや、軽く10倍はあった。昨日もそうだったが今日はそれ以上だ。あれで人生が終わるのではないかと強く感じたが、自分は無事に立っている。それで良しとしよう。後のことは何も考えずにシャワーを浴びて夕食を摂って寝よう。あの銀色のことをもう考えたくなかった。だから、どうかこれで


「これで終わりではない」


楽観的になろうとしていたのは人間だけだった。火山を見ると三柱とも弛みはない。扉が開かれ中に入る。ここですら安全とは言えないことなんて気付いていた。それから逃げたかっただけだった。


「アレがまた来るってことかしら。ここで戦うつもり?」


荷物を適当に床に置き、体重を椅子に預けて腕を机に置く。正直なところ、集中力の限界に近い。観測屋として必要な技能は身体面も含めて備えていたつもりではあったが、人間と火山とでは何もかも違うということを思い知る。彼女たちには疲労という概念が無いか、あっても思考と行動にほとんど影響していない。けれども、後は全てヒメガミに任せる……という気にはなれない。あの化け物が街中で暴れては被害が大きくなるということもあるが、もはや他人事ではないという実感があった。


「もちろん、来ないのであればそれが良いが……島からここまでの移動、人間たちに送ってもらったが、追跡されていないとは考えられないな」


家主は人間の真正面に腰掛ける。化け物に人間が関わっているというところで4人の意見は一致していたが、正体は皆目分からなかった。襲ってくるのなら来いと意気込んで往路と同じ方法で移動したが、気配すら感じなかった。


「私たちの存在を知っている何者かとなると、この国の政府ですかね。何十年の付き合いなのに今更という気もしますが……」


富士のヒメガミが思案しつつ、さつきの横に座る。彼女たちと人間はどのように関わってきたのか、これから火山の知られざる側面を見ていかなければならない立場としては気になるところだ。


「質問をするわ。日本国政府とヒメガミの中は悪いのかしら」

「そうではない。我々、火山の側としては互いに協力できてきているという認識だな」


阿蘇は視線で富士と鬼界に異存がないことを確かめ、頷く。


「つまり、政府はヒメガミを認識していて、交流があり、それを黙っているというわけね」

「その通りだ。火山防災に関わる人員であれば『大火山法』は知っているだろうが、それも関係してくる」


ヒメガミから予想していなかった法律の名称を尋ねられ一瞬だけ戸惑うが、頭の中で火山行政法の知識を手繰る。


「地熱発電や鉱脈からの金属採掘などで経済発展への寄与が見込まれる火山を特定大規模火山、通称『大火山』に指定し産業の振興を行う『特定大規模火山における産業振興に関する特例法』ね。うちの役所が直接担当する法律ではないけれど……これにも裏があると」

「最初に人間側が協力を申し出てきたのは戦後3年ほど経ってからのことだった。増大する電力と重金属の需要に対応するためには新たな資源を試すしかない、火山の熱は電力と鉱脈になると言われてな」


戦後ほぼ80年になる現在、それほど昔の出来事を直接記憶している人間は少ない。しかし火山からしてみれば少し前といった感覚なのだろう。懐かしむ素振りすら見せない千里に、途方もない話をただ聞くしかないさつき。


「その計画を受けて、私は首都圏に近いので発電を担当することになりました。富士山一帯に10ある地熱発電所群のうち2つが中部地方向け、残りが関東甲信を支えるものですね」


さくらが語る情報は基本的には知っている事だ。しかし、裏でヒメガミが関与していたとは全く考えなかった。


「発電量の60%を占める莫大な地熱発電の電力供給と他国に先駆けて実用化された海底重金属鉱床の採掘……あまりにも上手くできているとは思っていたけれど、種も仕掛けもあったのね。それで、見返りは何を求めたのかしら」

「大したことではない。正式な戸籍と住民票、それに移動手段の用意をしてもらっている。特に戸籍などはすぐに見た目と設定上の年齢が乖離するのでな、たびたび調整するには国が関与してくれると有難い」


ヒメガミがこれまで見つからなかったのは実在しないからではなく、人間として暮らしていたからという答え。様々な点に納得できるが、議論の端緒に立ち返ると疑問は残る。


「そうなると……あの化け物は政府の差金ではないわね。火山に手を出せば国の根幹が揺らぐのは誰でも分かるわ。ヒメガミを知っているならその辺りの事情も心得ているはず」

「だけど、あれは人間の作ったもの」


しばらく沈黙を守っていた七海が口を開く。その意見に反論する者はいない。


「ほかに、わたしたちを知ってる人間は、だれ?」

「分からないな……政府は極めて上手くヒメガミを隠蔽している。この力が人間にとって大きな力だからこそ、知られてはいけない」


同じことを考えた経験のある観測屋には理解できる。人の判断で火山の力を使うということ、信仰の対象ですらある火山とコミュニケーションが取れるということ。与える影響はどれも大きく、その範囲は広い。なので隠す。それは成功しているように思えた……あの化け物が出てくるまでは。


「何にせよ、やる事は変わらない。少しずつ相手については調べるが、攻撃してくるのであれば受けて立つ。最も重要なのは生き残ること。そのために今日を生きよう。ということで、我がゲストハウスの営業開始だ」

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