第2話 双葉、銭湯に行く

 先日遭遇した、室町弥生なる女子生徒のせいで、酷く嫌な思いをした来栖双葉は、地元の銭湯に来ていた。


 彼の体質は感情が高ぶると性別が変わる。気持ちが落ち着き、変身してから時間がある程度経過すれば、元の姿に戻れるのだが、いつ戻れるのか、明確な時間は分からない。


 故に彼は変身を恐れる。変身後の姿は誰がどう見ても美少女で、トラブルの元になる。双葉の正体も知らずに声を掛けてくる男どものせいで、常に気持ちが張ってしまい、結果、男に戻るまで時間が掛かってしまうのだ。


 先日の弥生との一見は、すぐに冷静さを取り戻し、男に戻れたのだが、彼女に自分の女体化体質がバレてしまった。今のところ、家族以外で彼の体質を知る者は二人しかいないのだ。これが三人になったわけだ。


 そんな双葉の数少ないストレス発散の場が銭湯なのだ。週に一度銭湯へ行き、日頃の不満やらを汗とともに流してしまうことが、彼にとって、精神衛生上好ましいようだ。


「おっ、双葉じゃねぇか」

 突然、肩を叩かれる。嫌な相手に遭遇した。それは塚井テスラという、奇妙な名前のクラスメイトで、孤独を愛する、万年、一人飯を決め込んでいる双葉に、執拗に構う物好きだ。


 塚井は茶髪にメガネを掛けており、容姿も整った美青年であるが、厄介なことに、彼の双葉の変身体質を知っている。


「へへ、一緒に入ろうぜ。な?」

 双葉は軽薄そうに笑うテスラの顔を睨み付けた。コイツの魂胆は分かっている。自分が湯船に入るのを狙い、わざと感情を高ぶらせるようなことを言って、女にするつもりなのだ。テスラはそういう男だった。


 好色家というのか、テスラは母親や親族を除いて、出会う女性全てと関係を持たなければいられないらしい。まさに現代の好色一代男なのだ。


「ああ、双葉ちゃんの裸が拝めるなんて夢のようだ」

「ふっ、悪いな塚井。俺はお前に何をされようと、また言われようと、感情を爆発させたりはしない」

「そうかな。勝負するか?」

「ああ、望むところだ」


 二人は一糸纏わぬ姿で互いを見つめ合った。まず、テスラが仕掛ける。


「双葉ちゃん可愛いよ。キュートだよ」

「ふん、男に欲情するとは見境ないな変態」

「お前が可愛いからさ」

「どうも」

 双葉は鼻で笑うと、そのまま大浴場へ向かった。まずは身体を洗い流してから入るのが礼儀。


 プラスチックの椅子に座り、シャワーを手に取る双葉は、突然、背中に嫌な気配を感じ、慌ててその場で緊急回避をした。


「ちっ外したか」

 背後には冷水のシャワーを持ったテスラがいた。


(危なかった)

 双葉は胸を撫で下ろした。流石に後ろから冷水をぶっ掛けられたら、キレてしまうだろう。そうなればテスラの思うつぼだ。


「身体ぐらい洗わせろよ」

 双葉は石鹸をテスラに向かって投げ付けた。彼はそれを避けるのではなく、手刀で真っ二つにした。


「ヒャオ」

 奇妙な掛け声を発しながら、テスラは、双葉の背後に周り込むとそのまま羽交い締めにした。


「オラ、変身しろぉぉ」

「バカか離せ。気色悪い」

 男子学生二人が肌を寄せている光景は、周囲にどう写っただろうか。ただ一つ言えることは、その様子を横目で見ていた、二人よりも幼い少年が顔を赤らめていたことである。後年、彼はそちらの道に足を踏み入れることになるのだが、そのきっかけはまさに、この時の、見知らぬ男二人の狂宴にあったのだ。


「テメー、最後は力づくか」

 双葉はテスラの胸板に肘鉄を食らわせた。

「ぐお」

 テスラが怯むと、そのまま双葉は脱出した。

「おい、塚井テスラ。テメーの名前の由来はつかいてすら、つかいすてだ。今回が最後の出番だと思え」

「何を意味不明なことを。この名前は親が付けてくれたんだよ」

 いよいよ一触即発という時になって、いきなり双葉の顔に水が掛けられた。


「へへ、バーカ」

 よく見ると、双葉とテスラの間に生意気そうな子供が一人、プラスチックの水鉄砲を握り締めたまま、舌を出して笑っていた。


「くっ、ふふふふ」

 双葉は笑った。顔の水を手で払いながら、プルプル震えていた。


「あはははは、面白い坊やだね。名前は何て言うの?」

 双葉の声は恐ろしい程に冷静だった。少年はニヤリと口角を上げた。まるで政治の黒幕のような顔付きだ。


「誰がテメーに言うかバーカ。知らねぇ人に名前を教えちゃ行けねーって教えられてんだよ」

 テスラは青ざめていた。双葉がこの少年を殺すのではないかと真剣に不安になった。普段、大人しい人間がキレるほどロクなことはない。


「ダメじゃないか。年上にそんな口効いちゃ」

 まだ耐えている。だがそれは壮大な前振りに過ぎない。

「あ、お前年上だったんだ。弱そうだから分からなかったぜ、ごめんな」

「まだ、まだ平気だ」

 双葉は誰か目に見えない存在に語り掛けるように呟いた。少年は止めを刺すように口を開いた。


「てか、男なのか女なのかはっきりしろよ。どっちなんだよ」

「くく、くくく、あははははは」

「あははは」

 少年と双葉は顔を見合わせて笑っていた。二人して腹を抱えてバカ笑いしている。


 一見、微笑ましく見えるその光景に、周囲の大人達も優しい表情をしていた。しかし次の瞬間、双葉は目を剥いて、いきなり少年目掛けて拳を振り下ろした。


「このクソガキ、殺されてぇぇぇのかぁぁぁぁ!!」

 一体この可憐な容姿のどこにそんな言葉選びができたのか。双葉は鬼のような形相で少年の頭部目掛けて拳を振り下ろすが、寸前で避けられ、代わりに少年がいた足元のタイルが砕け散った。


「クソ、生意気なガキめ」

 必死に追い掛ける双葉であるが、ツルツルと滑る、濡れたタイルの上では上手く走れない。そんな双葉の姿を、大人達はじっと見ていたが、その表情はさっきの優しげなものとはどこか違っていた。


 いや、優しげというのは当たっているのかも知れないが、どこか腑抜けたような、あるいは鼻の下を伸ばしていた。それはテスラも同じだった。


「ねえ、父ちゃん。あのお姉ちゃん。何で男湯にいるの?」

「しっ、あれは神様だよ」

 男達の視線は皆、双葉の胸や臀部、ムチッとした両脚に注がれている。中には、何を思ったのか、涙を流しながらありがたがって、両手を合わせる者もいた。


 後に都市伝説になったこの、美少女男湯出没事件はマスメディアにも取り上げられた。以下、そのインタビューの内容である。


「あの、男湯に可愛い女の子が出現したというのは本当ですか?」

「え、ええ。私は見ましたよ。茶色っぽい髪の女の子が裸で、タオルも付けずに目の前を走り抜けて行ったんです。可愛かったなぁ。ほら、テレビで見るような新○結衣ちゃんとかよりもずっと可愛かった。最初はテレビか何かのドッキリかと思いましたよ」

 インタビューされている白髪交じりの男性はノリノリで質問に答えていた。というよりも、インタビュアーからマイクを奪い取って喋っていた。


「ロリコンに目覚めるかと思いましたよ。今は社会的にも色々とありますからね。あんまり直接的な表現はしたくないんですけど、彼女、個人的に妖精さんと呼んでるんですけど、妖精さん、華奢で小柄な身体なのに、おっぱいが大きくて、ああ、まだ膨らみかけですよ。これからさらに大きくなると思います。クソ、もっと見とけば良かった」


 その後も、お尻がデカイだの、足や腕がムチムチしてるだの、散々な言われようだった。ちなみにこの記事はその内容から発禁になり、テレビでは放映されていない。

 

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いきなり変身っ!女体化スイッチ @yoshiki0413

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