いきなり変身っ!女体化スイッチ
@yoshiki0413
第1話 双葉、参上する
来栖双葉は美少年である。サラサラとしたストレートな茶色掛かったストレートな黒髪に、大きな瞳と長い睫毛。年頃だというのに、ニキビ一つなく、まるで少女のようだ。所謂、文学で語られる紅顔の美少年とは、彼のような人間を指すのかも知れない。
品行方正な彼はよく人に道を聞かれた。その度に、彼は、感情の籠っていない声でその人に教えてやるのだ。
一見完璧な男子学生である双葉だが、その瞳は光を失っており、どこを見ているのか分からない。病んでいるというのか、そこはかとなく背徳的な雰囲気を纏っていた。
そんなわけで、双葉は今日もうつむき加減に通学路である商店街を歩いていた。
「おーい、来栖くーん」
後ろから声が聞こえて来る。双葉は無視して歩を進めるが、右肩を掴まれた上、強引に声の主の方へ身体を向けさせられる。
「くっ」
いきなり身体に触れられるのはストレスだ。双葉は制服の右肩にシワができることを恐れた。
「おはよう」
目の前の少女はクラスメイトの室町弥生だ。こんなにも話しかけるなオーラを出しているにも関わらず、彼女は人のパーソナルスペースに土足で入り込むのだ。
「ふう」
来栖双葉は小さく溜め息を吐いた。これが、この物語の主人公の最初の台詞である。彼らしいというか、この物語がどういうストーリーであるのか、朧気ながら伝わることだろう。
双葉は制服の胸ポケットから白いプラスチックのケースを取り出して、それを掌に向けて何回か振った。
白くて丸いミント味のスースーするタブレット型の菓子だ。彼はそれを口に運ぶと、口内で溶かして、ごくっと飲み込んだ。
「どうしたの?」
「ストレスだよ。今、いきなり肩を叩かれてイラッとしたんだ。それを抑えるために、タブレットを飲んだ」
「まあ、ストレス社会だからね」
お前のせいだと言う気力は双葉にはなかった。目の前の少女、つまり室町弥生は、きちんと見れば中々に良いルックスをしている。
後ろで結んだポニーテールはスポーティーな彼女にピッタリだし、爽やかな印象を与える。
その瞳は双葉と同じように大きく、ただ彼とは違いキラキラと希望に輝いていた。
「何故、俺に話し掛けるんだ?」
双葉は当然の疑問を弥生にぶつけた。わざわざこうやって、友人を作らないように、他者と交わらないように、根暗な陰キャを演じているというのに、どんな物好きなのか。ひょっとして、脳に蛆でも沸いているのてはないか、そこまで問い質したかった。
「だって、来栖君、いつも下向いて歩いてるから」
「なるほど、憐憫か。そんな同情はいらない。そもそも、上を向いて歩くことに何のメリットがある?」
双葉はやや感情を表した。そして、すぐにそれを恥じるように、タブレットを2粒口に入れる。
「良いかい。まず、上を向いて歩いたって太陽が眩しいだけだ。目に悪い。しかし、下を向いて歩いていれば眩しくない上、ひょっとしたら、小銭を拾うかも知れない。道路に落ちている100円玉を拾うかも知れない。思わぬ臨時収入が得られるかも知れない。そのチャンスを不意にするものか」
双葉の言葉は弥生に届いただろうか。いや届かないだろう。弥生と双葉は真逆の人間なのだから。
「でも、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ。双葉」
急に呼び捨てか。その馴れ馴れしさ。またその言い方がなんとなく、彼の嫌う青春恋愛漫画風だったので、またも胸ポケットからタブレットを2粒ほど口に入れた。
「とにかく、俺のことは放って置いて」
そう言って、弥生から逃げようとする双葉の右腕を、彼女は掴んだ。
「ちょっと、何だよ」
「ねえ、君ってさぁ」
「あ?」
弥生は無表情のまま口だけを動かして、一言。
「女の子みたいだね」
「な、何だよそれ。どういう意味だ」
「肌も白いし、顔も小さくて可愛いし、声も高い。何か、男装した女子みたいだよ」
一番言ってはならぬことを、こうも堂々と目の前で告げられるとは思ってもみなかった。双葉はあんぐりと口を開けたまま震えていた。
それは彼の唯一の琴線だった。手にしていたタブレットの菓子を落として、彼は目を剥いて吠えた。
「お、俺は、俺は俺は俺は俺は俺は」
「は、はい?」
「俺は男だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶと同時に、彼の姿は変貌していた。いやそこまでではないかもしれない。ただ、彼のサラサラとした茶色掛かった髪は、肩まで伸びて、セミロングになった他、薄かった胸板には、ふっくらとしたやや大きめのDカップぐらいに相当する膨らみができていた。
華奢だけど骨太な男子特有の体型も丸みを帯びた女子特有のソレへと変わっていた。
「うわぁ、女の子」
「俺は男だぁ、はっ!」
ようやく自分の身に起きた変化に気が付いたらしい。彼、いや彼女は溜息を吐くと、自分の胸を両手で掴んだ。
「また、またやっちゃった。どうすんだよ」
「うわわ、まさか双葉君が女の子だったなんて」
「違う、俺は男だ」
「俺っ娘だ」
「だから、娘じゃねえええええ!」
閑静な町中に騒がしい二人の声が響き渡る。
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