第1章 ⑨裏合気

「す、すごい!」


 彰は驚きのあまり声を上げる。


 跳ね返ってきた六原の硬球を、秋那は腰を深く落としてしゃがむように回避しつつ、四足歩行の動物のように低い体勢で敵に急接近する。


 その動作はレスリングの低空タックルに似ていた。


 さらに秋那は、相手の右脇を通過してバックを取りに行く、レスリングの『ゴービハインド』を思わせる動きも見せる。


 あっさりと敵の背後を取る事ができたのは、並外れた身体能力はもちろん、秋那の戦略によるところも大きい。


 六原が仕掛けた跳弾によるボール攻撃を、逆に目くらましとして利用したのだ。


 それが当たっても、受け止められても、避けられても……


 いずれにしても敵の意識から秋那の存在は消える事になる。


 そうやって生み出した隙も利用して六原の脇を通過したわけだが、その直前、秋那はポンッと右の掌で相手の胸を押したように彰には見えた。


 その動きの意味はまだ分からない。


 掌で軽く触れつつ、秋那は六原の背後を取った。


 しかし、レスリングのように組みつきはしない。 


 秋那は、背後に立つと同時に両手を突き出していた。


 手の形は、拳と掌の中間といった具合に指を微かに曲げ――


 右手は天に、左手は地に、それぞれの指先を向ける。


 格闘漫画やゲームなどで、気の塊を飛ばす主人公が使う必殺技の型にとてもよく似ていた。


 そんな両掌が六原の背中に叩き込まれた瞬間、まるで交通事故にでも遭ったように鍛え上げられた大きな肉体が吹き飛ぶ。


 小柄な身体つきの秋那がやった事とは信じられない。


 だが、明らかに意図的に行われた行為である。


(波止場で不良を吹き飛ばした時と同じだ……!)


 まだ謎は多いが、それでも秋那が只者ではない事だけはしっかり伝わった。


「担架だ、急げっ!」


 試合が決した直後には、戦いの舞台を覆っていたガラスの立方体は降下時の三倍ほどのスピードで素早く持ち上がっていた。


 失神した六原の身体が救護スタッフにより担架に乗せられる。


 このあたりの運営の手際の良さも、さすがは舞扇グループといったところだろうか。


 退場する六原と入れ違いになるようにして――


『さすがだね、秋那』


 マイクを持った春希が舞台に上がってきた。


『君の腕前は、あの日から少しも鈍っていない。それどころが格段に進化しているよ』


 あの日、というワードに少し興味を抱きつつ、彰は次の言葉に耳を傾ける。


『……だけど、やはりそれは邪道だよ。君の使う『裏合気うらあいき』は、ね』


 裏合気うらあいき


 何やら不穏なものを感じさせる呼び名に会場が微かにざわめく。


 果たして、裏合気とは……?


『争いを是とせず、『和』や『愛』といった精神を重んじる。そんな合気道とは完全に対を成すものが裏合気だ。合気道では試合が存在せず、こちらから積極的に攻撃を仕掛ける事もしない。立ち姿で、時に座した状態で静かに相手の攻撃を待ち構え、決して大きな怪我をさせる事なく脅威を制圧してみせる』


 その精神性や、力があまり強くない女性や年配の人でも有用に扱える事から合気道は護身術としても認知されている。


『一方の裏合気とは、自ら動き、素早く積極的に攻撃を仕掛けていく。もちろん、それが使われるのは実戦の中だ。まるで獣のように獰猛、そして、容赦がない。一般的な合気道の精神とは、真っ向から対立しているんだ』


 裏合気の説明は、まさに先程の秋那の様子を示すもののように思えた。


『格闘技でありながら、その和合の精神性を実現するために、合気道では人知れず封印された技が多く存在する。裏合気の技はそれらをベースに生み出されているんだ。秋那がさっき使った噛砕波動ごうさいはどうも、裏合気の技の一つだね』


 噛砕波動ごうさいはどう


 それが、不良や野球部の六原を吹き飛ばした技の名――


(噛砕……は、噛み砕くという意味の言葉で、それの波動……ダメだ、想像がつかない)


 彰が頭を悩ませている間にも、春希の言葉は続く。


『裏合気は、我が舞扇家でも使用が固く禁じられている。それをあえて使うとは……舞扇への当てつけという意味もあるのかな?』


「………」


 向かい合う秋那は何も答えない。


 春希は肩をすくめる。


 二人の兄妹の間には深い因縁がありそうだ。


 今にも春希に飛びかかっていきそうな秋那であったが、


「って、いつまでも俺様を蚊帳の外にしてんじゃねえよ」


 そんな彼女の前に、赤いバットを持った虎我が立ちふさがる。


「よう、オチビちゃん。一つ良い事を教えてやるぜ。このアンリミテッドは、ファイトマネーの他にも部費が支給されるという性質上、参加者は何らかの部活に所属していなくちゃならないルールがあるんだ。ここで戦いたきゃ、まずはどっかの部員になれ。それまでは、お前を叩きのめさずにいてやるよ」


 同じ野球部の仲間が倒されて虎我としても思うところはあるようだが、それでも平静さを保ちながら、この場は引き下がるように促した。


「………」


 さすがの秋那も、ここで虎我と春希の二人を相手にするのは難しいと判断したのだろう。


 踵を返すと、さっさと舞台を後にしていった。


『助かったよ、虎我君。君がいなかったら大怪我をしていたところだ』


「けっ、よく言うぜ」


 春希のマイクに対してそう吐き捨てながら、虎我も舞台を降りていく。


 やがて舞台上には春希一人が残された。


 突然の乱入劇やピリピリとした雰囲気に静まり気味の会場内であったが、


『さあ、少し長くなってしまったけど、入学式の余興は楽しんでもらえたかな?』


 彼が明るく言葉を口にすると、それだけで重たい空気が一瞬で吹き飛ぶ。


 これが、華、というものなのだろうか。


 場内からは観客からの大きな歓声が自然と巻き起こる。


『ありがとう。では、最後にこれからの新入生諸君の住居についての説明をさせてもらうよ。みんなは引越しトラックと一緒に舞扇高校に上陸してもらったと思うけど、これからその荷物を運び入れる先――新しい住居を決めてもらう事になる。その説明の前に、まずは舞扇高校の地図を見て欲しい』 


 会場内の巨大モニターに、海に浮かぶメガフロートの地図が映し出される。


『ここは学び舎だから、中心地には学校関連施設を集めている。具体的には校舎やグラウンドに体育館、もちろん、この舞扇武闘館もね。ただし、普通の学校にはあって、舞扇高校には無いものがある。それは何だか分かるかい?』


 誰も質問に答えられない。


『正解は、部室さ』


 意外な答えを春希は口にする。


『中心地には校舎区域と商業設備区画があるんだけど、そこの周囲にはジムやプールなどが備わった高級マンションや一軒家などの住居が並んでいる。東京のように中心部に近いほど、家賃も高くなる。毎月、支給される電子マネーではとても賄えないほどの値段だ。


 そこで、部活動で報酬を得る事が重要になってくる。興業のチケット料金はもちろん、舞扇高校では学校の敷地内でのみ見られるネット配信番組があり、その広告収入も得る事ができる。もちろん、アンリミテッドの賞金もね。


 稼ぐ事ができる部活は、一等地に部室を持つ事になる。そうなると、自然と部室の周りに部員達は家を持つようになるみたいでね。誰が言い始めたかは分からないけれど、皆はこの集落を『部地区ぶちく』と呼んでいるんだ』


 すると、舞扇高校の全体マップにカラフルな色が付けられる。


 部地区の分布図のようだが、中心部は大きく分けて四つの色に分かれていた。


『左上の赤が野球部、右上の黄色がサッカー部、左下の緑がテニス部、右下の青がバレーボール部――ご覧の通り、中心部は四つの部活が大きな勢力を誇っているね』


 それらの部活は、アンリミテッドのランキング上位陣の所属先である。


 まるで三国志の魏、呉、蜀のようだと彰は思った。


『もちろん部活に所属しない生徒の為に、郊外になってしまうけれど、安価のマンションなども用意しているよ。最初はここからスタートする事になると思うけれど、活躍すれば中心地で暮らす事も夢ではない。


 ぜひとも舞扇高校で、勉強以外にも多くの事を学んで欲しい。将来の仕事で役立つ知識と、それを実践して社会で生き抜く実行力――その二つが、舞扇高校の考える『文武両道』の精神だ。ぜひとも、強い人間となって社会へと巣立って欲しい!』


 春希の力強い言葉と共に、舞扇高校の入学式は幕を下ろす。


 こうして、彰の新生活はスタートを切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンリミテッド! ~最強ノ部活~ なつすし @natususi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ