素直じゃないふたり

横芝カイ

素直じゃないふたり

 


桐真とうま、ほら、これ」



 俺が部屋でゴロゴロしていたら、窓から入ってきた迷惑女がいきなり俺に何かを見せつけてきた。

 紙に包まれた丸っこい物体、なにこれ。

 ちなみに今日は俺の誕生日だ。

 こいつは毎年のように俺の誕生日を祝いにくるお節介なやつだ。

 17回目の誕生日、恐らくこれまで全ての誕生日を一緒に過ごしている。

 まぁ、この世話焼き女が俺の誕生日を祝ってくれるのに俺だけ祝わない訳にもいかないから、仕方なく俺も毎年こいつの誕生日をお祝いしてやってる。



「お、おう。まぁ、一応貰っといてやるよ」



 まったく、お節介もここまでくるといい迷惑だな。

 朝弱い俺を毎朝起こしにくるわ、勉強嫌いな俺にテストのたびに勉強を教えにくるわ。

 本当、鬱陶しいったらありゃしない。



「死ね。もっと素直に喜べば?」


「い、いや全然嬉しくねぇからさ、喜べって言われても……」



 大体、こいつがなんでそんなにお節介なのか俺には全く分からない。

 こいつの態度から察するに、俺のことが好きなんだとは思うんだけど。

 だったらなんでこうやって俺に冷たく接して、暴言を吐くのか。

 全く分からない。

 まぁ、俺はこんなお節介迷惑女なんて好きでもなんでもないから、どうでもいいけどな。



「嬉しくないのか……じゃあ、持って帰るよ」


「!?え、ちょっと、本当に持って帰るの!?」


「だって要らないんでしょ?」



 なんでプレゼントを持ったまま窓から帰ろうとしてんだ?

 まさか、本当にくれないの?

 いや、別に全然欲しいとかそういう訳じゃないけど、貰えるものは貰っておきたいっていうか。

 今年のこいつの誕生日には、俺はプレゼントをあげた訳だし、貰わないとフェアじゃないというか。



「いや、その、要らないとはいってないっていうか……」


「もしかして、欲しいの?」



 ニヤニヤすんな。



「〜〜っ!ま、まぁ、プレゼント貰って嬉しくないやつなんていないし、椿からのプレゼントだとちょっとあれだけど、ほんの少しだけ……嬉しい、かもしれない」



 俺は俺が分からない。







「素直じゃないなぁ、椿は」


「……桐真、それが勝手にボクの弁当のおかずを盗ったあげく、それをあーんして断られた人間の台詞かい?……死ねばいいのに」



 昼休み、ボクはこの馬鹿と弁当を食べている。

 この馬鹿がボクに付き纏い始めて、もう17年にもなる。

 何処に行くにも一緒で、本当に鬱陶しい。

 ボクがいないとなんにも出来ないから、仕方なく一緒にいることを許してあげてるボクの優しさに感謝して欲しいね。



「まぁたそんなこと言っちゃって〜。本当にいなくなったら悲しいんでしょ〜?」


「は?調子に乗るのも大概にして貰える?いい加減に居なくなってくれるんならボクは嬉しい限りだよ。むしろ今すぐに窓から飛び降りてもらえる?」



 大体、この馬鹿は何がしたいのかボクには全く分からない。

 この馬鹿の態度から察するに、ボクのことを好きなんじゃないかとは思うんだけど。

 だったらなんでこうやってボクをおちょくるような発言をしてわざわざ怒らせようとするのか。

 全く分からない。

 まぁ、ボクはこの馬鹿のことなんて好きでもなんでもないし、どうでもいいけど。



「……椿が、そう言うなら……」


「!?ちょ、ちょっと待って、本当にやる気!?」


「だって椿がそう言うから……」



 なんで立ち上がったの?

 まさか、本当にやる気?

 ここは二階だから、死ななかったとしても後遺症は残るかもしれないんだよ?

 でもこの馬鹿、本当に馬鹿だからやりかねない……



「いや、その、そういうわけじゃなくてだね……」


「もしかして、俺がいなくなったら悲しい?」



 ニヤニヤすんな。



「〜〜っ!……ま、まぁ、キミはペットみたいなものだし、もしいなくなったら、少しくらいは……悲しんであげるよ」



 ボクはボクが分からない。







「どうした、椿」



 放課後、教室にいるのは俺と迷惑女だけ。

 机に座っている迷惑女が心なしか疲れているような気がする。

 本当に微妙な変化だけど、いつもより1mmくらい瞼が開いていない。

 別にいつもこいつのことを見てるわけじゃないから、そんな気がするってだけだけど。



「ん?あぁ、キミか。そうだね……」


「なに?」


「実は、さっきテニス部の先輩に告白されたんだよ」


「――――――は?」



 なにを、頰を赤くして、嬉しそうな顔でいってるんだ、こいつは。

 こいつが告白された?

 そんなはずない。

 そんなこと、あるはずがない。

 いや、本当は分かってる。

 この迷惑女はかなりかわいいし、こうなるかもしれないとは、心の何処かで思ってた。



「すごいカッコいい人だったよ。身長も高いし、優しそうだし」



 なんで、そんな嬉しそうな顔で言うんだよ。

 なんで、そんなことを俺に言うんだよ。

 なんで―――なんで、こんなに痛いんだよ。



「へ、へぇ……それは良かったじゃないか」



 そうだ、こいつが誰に告白されようが、俺には関係ない。

 俺は迷惑女のことなんて、なんとも思ってないから。



 ―――ちがう。

 ちがう、ちがう、ちがう。

 全然、ちがう。

 なにが『良かったじゃないか』だよ。

 全然良くないんだよ。

 死にたくなるくらい、痛いんだよ。

 椿が嬉しそうに話すたびに。

 俺が言いたいことを言えないたびに。

 心臓が鷲掴みにされて、潰されそうになるんだよ。



「それこそ、キミなんかとは比べ物にならないくらい、いい人だったからね」


「〜〜っ!」



 なんで、俺と比べるんだよ。

 やめろよ。

 これ以上俺を惨めにしないでくれよ。

 もう俺を痛めつけるのはやめてくれよ。



「もちろん、付き合うことにしたよ」



 あぁ、終わった。

 なんだろう、この無力感。

 全てがどうでもよくなるような、この感じ。

 絶望、なのかな。

 ずっと心臓を縄で思いっきり縛られ続けているような、この痛みしか残ってない。

 涙すら出そうにない。

 世界に一人取り残されたような、真っ白な感覚。

 なんで、こんな感情になるんだろう。



「―――なんてね、冗談だよ」


「―――へ?」


「告白はされたけど、断ったよ。どう?驚いたかい?」



 そうか、冗談か。

 はは、ははは、ははははは……

 心が、一気に軽くなったような気がする。

 縄が解けて、今にも羽ばたけそうなほどに軽い。

 なんでだろう。

 椿がたった一言、冗談だって言っただけで、なんであの痛みから解放されたんだろう。



「え、ちょ、ちょっと、キミ!どうしたの!?」



 あれ、力が入んない。

 身体から力が抜けていく。

 やばい、もう、立っていられない。

 っていうか、俺、泣いてる……?

 しょっぱい、あ、鼻水か。

 こういうの、安堵って言うんだっけ。

 ―――あぁ、本当に、良かった。



「え……泣いてるの?」



 あぁ、椿には泣き顔なんて見せたくなかったんだけどなぁ。

 でも、本当に良かった。

 多分、今なら言える気がする。

 俺が自分を騙してまで隠し続けてきた、この気持ち。



「好きだ、椿」



 俺は俺のことを、ずっと分かってた。







「なんで……ッ!どうして……ッ!」



 速く、速く、もっと速く。

 早くバカ桐真が待つ病院へ行かないと。

 くそ、なんで電車ってのは時間通りにしか動かないんだよ。

 もっと早くしてくれたら、駅からこんなに走る必要もなかったかも知れないのに。

 まぁ、どちらにせよ走ってたか。



 昨日、二人も告白してきた。

 一人は、テニス部の先輩。

 カッコいいかも知れないけど、ナルシストっぽくてウザいから、振ってやったよ。

 全く興味もないしね。

 もう一人は、ボクのストーカー、バカ桐真。

 好きだ、って泣きながら言われて、仕方ないから付き合ったあげた。

 要するに、ボクとバカ桐真は恋人同士ってことだ。



「いっ!?―――たぁッ!」



 コケた。

 しょうもない段差に引っかかった。

 痛い、膝が真っ赤だよ。

 でも、こんなのどうでもいい。

 ボクの心は、もっと痛い。

 だから、走る。



 なんで、こうなるんだよ。

 なんで、バカ桐真が轢かれなきゃいけないんだよ。

 ボクが、死ねばいいのに、なんて言ったから?

 恋人なんだから、朝練なんかサボって、一緒に登校すれば良かった?

 何も言えないまま、終わっちゃうの?

 あのバカは、自分だけ好きって言っていなくなるつもりなの?

 ボクはまだ、キミに何も伝えてないのに。

 卑怯者。



「卑怯者は……っ!ボクの方じゃ、ないか……ッ!」



 この感情は、どうやって表現したらいいんだろう。

 虚しさ、遣る瀬無さ、あとは、罪悪感、かな。

 バカ桐真がいなくなるかもしれないっていう恐怖。

 バカ桐真にボクの気持ちを教えてあげなかった。

 本当の気持ちを伝えることから逃げた。

 勇気を出して気持ちを伝えてくれた桐真を傷付けてしまった、罪悪感。

 あの時の、ボクの言葉を待ってるような、悲しそうな顔が頭から離れない。

 分かんない。

 心の中が、ごちゃごちゃになってるみたいだ。

 もういい、とにかく、走ろう。



「おばさん!」



 病院に着いた。

 バカ桐真のお母さんがベンチに座り込んでいる。

 目が真っ赤だ。

 そりゃそうだろう、自分の息子が轢かれたんだから。

 こんないいお母さんを泣かせるなんて、本当にバカ。



「……椿ちゃん?学校は?」


「抜けてきました。……あ、あの、その……」



 あれ、声が出ない。

 なんで?

 なんで、こんな時にも、言えないの?

 勇気出せよ。

 バカはボクの方じゃないか。

 散々桐真のことをバカ呼ばわりして、自分のバカさに気付きたくないから、桐真をバカにして安心してたんだろ、このクソ女、臆病者。



 いい加減にしっかりしなよ。

 覚悟を決めろよ。

 今まで、自分の気持ちから逃げてきた自分が悪いんだよ。

 好きだって言ったのに、好きだって言って貰えなかった桐真の気持ちを考えろよ。

 自分のちっぽけなプライドを傷付けたくないからって、桐真は傷ついたんだぞ。

 そんなんで、自分が傷付きたくないからって、逃げるなよ、卑怯者。



「……と、桐真はっ!」


「……桐真なら無事よ。まだ目は覚めていないけどね。……本当、幸せね、桐真は。やっぱり椿ちゃんがお嫁さんになってくれたらいいのに」



 少しだけ、心が放たれた気がする。

 おばさん、気を紛らわせたいのかな。

 顔はぐちゃぐちゃなのに、あんまりいつもと変わらないように喋ってる。

 ボクの下半身の方に視線がいってるのに、怪我に気付いてない。

 ボクが言うのもアレだけど、結構なケガだよ?

 少し落ち着こう。

 いつも通りに。



「いつもいってますけど、ボクは桐真のことはなんとも―――」



 いつも通りだって?

 そのいつも通りのせいで、こんなに痛いんだろ?

 いつも通り傷付くことから逃げ続けたせいで、傷付けて、傷付いて。

 今更になって、言っておけば良かったって後悔して。

 しっかりしろ、臆病者。

 いつも通りじゃ、ダメなんだよ、変わらなきゃ。

 ここで変われないようじゃ、もう二度と変われない。

 ずっと押し込んできたこの気持ちを、外に出す、それだけ。

 桐真も変わったんだ。

 ボクだって、変われる。



「ボクでいいなら、喜んで。桐真のお嫁さんになりたいです」



 ボクはボクのことを、ずっと分かってた。






「桐真……」



 目の前には、色んな管を付けながら眠る桐真がいる。

 おばさんは桐真のお父さんを迎えに、病院の玄関に行った。



「早く起きてよ、桐真……」


「……」


「小さい頃、よく遊んだ公園あったよね。楽しかったなぁ。また、行こうね」


「……」


「一緒に、虫採りにいった、森、覚えてる?クワガタに、鼻を噛まれて、桐真が泣き叫んだの、懐かしいね。また、行こうね」


「……」


「……もうすぐ、はなび、だよ?……まいとし、ふたりでいくの、すごいたのしみ、なんだよ?……また、いこうね……?」


「……」


「……はやく、おきてよぉっ……とうまぁ……ボクを、およめさんに、させてあげるから……」



「ほんとに?」



「ほんとに、ほんとだからぁ――――――は?」



「よ」



 いつのまにか、桐真の目が開いていた。



「い、いつから……」


「わりと最初から」



 全部聞かれてた、恥ずかしい。

 穴があったら入りたいって、こんな気持ちなのか。

 でも、悪い気分じゃない。

 自分にも、桐真にも、嘘をつくよりも何処か清々しい気分。



「キミはほんとに……起きてたんならすぐにそう言えばいいでしょ」


「だ、だってなんか、話しかけてたから、気まずくて……」


「く……っ」



 いつもならここで暴言を吐くんだろうね、ボクは。

 でも今は、少なくとも今だけは。



「ごめん、なさい」


「え?」


「ボクはすぐに死ねばいいのにとか、暴言を吐いちゃうから」


「あぁ、いや、むしろ俺は椿に感謝してるんだよ?」


「……え?」



 どういうこと?

 ボクは、感謝されるようなことなんて何一つ出来てないよ。

 ボクが桐真にしてあげたことなんて、何もないはず。



「あれ」


「―――ボクの、プレゼント」



 桐真の指差した方に、亀裂が入りまくって、ボロボロになったヘルメットがあった。

 そっか、使ってくれていたんだね。



「あれがなきゃ今頃死んでたかもな。今時ヘルメットなんか普通着けないけど……つ、椿が・・くれたから……」


「そ、そう」



 恥ずかしそうにそういう事を言われると、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。

 まったく……いつものキミならそれくらいのこと、もっとおちょくるような口調で言ってるのにね。



「でもよ、ずっと聞きたかったんだけど……なんでヘルメットなんかプレゼントしたんだ?」


「ただでさえバカなキミの脳細胞がこれ以上減るのは困るからね。受験も近付いてるし……お、同じ大学に、行きたいし……」


「なんか、椿らしいわ。俺も、勉強頑張ってみようかな……」


「そうするといい。なんならボクが教えてあげてもいいよ?」


「そうして貰おうかな、未来のお嫁さん」


「〜〜っ!……本当にボクでいいの?昨日はキミ、様子が変だったし……」


「椿が……いや、違うな―――椿しか・・、いない。椿以外ありえない。だから、ちゃんと椿の口から聞きたいんだ」



 桐真が、普段にはしないような真面目な表情で、真っ直ぐに目を見つめてくる。

 桐真の言いたいことは、分かる。

 でも、ボクだって、泣きながらじゃなくて、ちゃんとキミから聞きたいんだよ。



「……一緒に言って」



 ボクの提案に、桐真は無言で頷いた。

 病室のカーテンが揺れる。

 二人の視線が重なり合う。



「「大好き」」



 どれだけ近くても、人の気持ちは、伝えなければ分からない。

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素直じゃないふたり 横芝カイ @sarubadou_rudari

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