第10話

 約束の時間の5分前、僕は駅前のロータリーに到着した。

改札前に向かうと、そこには花柄のワンピースに鍔の広い帽子をかぶった可憐な女性がそこに居た。

「お、おはようございます」


僕が声をかけると、その女性はこちらを振り向き「紡君おはよう」と優しい陽の光の様な笑顔をこちらに向けた。

「華さん。今日もよろしくお願いします」

「うん。よろしくね!早速行きましょうか」

「今日はどこに連れていってくれるんですか?」

「今日はねー、体を動かします」

そう言って僕らは電車に乗って都心へと赴いた。


 華さんに連れられてきた場所は、複合レジャー施設だった。

明彦なんかは、よくクラスの友達や女子を含めて遊びに来ているようなことを言っていたけれど、実際に僕が来るのは初めてだ。

「私、一度ここに来てみたかったの!」

華さんは子供の様な煌びやかな目で施設あるビルを眺めている。


「僕もここは来たことがなかったです。友達に誘われはしたんですけど機会がなくて」

「なら今日がデビュー記念日だね!私も初めてだからドキドキしちゃう!」


華さんに引っ張られて店内に入ると、受付フロアにはゲームセンターのようになっていた。

ぬいぐるみやお菓子が景品として並べられているクレーンゲームや女子高生に人気のプリクラの機械など所狭しと並べられている。

今回の目的の場所は、6階にあるスポーツエリアだ。

カウンターで受付を済ませ、エレベーターで目的の階まで登る。


 扉が開いた先には、何と室内だというのにバスケットのコートやフットサルコートが並んでいた。

「さすがにこれは想像していなかったです……」

「楽しそう!ねえ早く行こ!」


今日はやけに楽しそうな表情を見せる華さんだ。この調子なら……


「紡君何やってるの?早く早く!」

先に進んでいってしまった華さんがこちらに手を振り急かすように呼んでいた。

「すいません。今行きます!」

考え事を取り払い、慌てて彼女の元へ向かった。


 フットサルをするには人数不足だったので、今回はバスケットボールをすることにした。

結果は散々なもので、日ごろの運動不足が祟り、女性の華さんに一度も勝てずゲームを終えた。

あまりの弱さに、華さんも苦笑いで「運動……しようね?」と僕を諭すのであった。

バスケットボールを終えた後は、フロアを下がりボーリングをすることにした。何とかこれには食らいつき、1勝することができたのだが、きっと華さんが手加減してくれたのだろうと思った。にしても華さんは運動神経が良い。何か一つのスポーツを行えば、常人以上の結果を残せるのではないだろうか。素人目に見ても彼女のポテンシャルは秀でたものなのは一目瞭然だった。


ぶっ続けで2時間、僕の体力は底を尽きた。


 ボーリング場脇のベンチにうなだれていると、華さんが冷たいスポーツドリンクを差し入れてくれた。

「結構動いたね。お疲れ様」


「華さんって運動得意なんですか?全然疲れてなさそうですけど」

「たまーにジムに通ってたり走ったりしてたからね。けど、飽きっぽいからすぐに辞めちゃった」


道理ですらっとした体形でも引き締まったように見えていたのかと、華さんの全身を見渡す。


「あまりじろじろ見ないで」

華さんは僕を冷ややかな目で睨んだ。

慌てて視線を外し、スポーツドリンクを一気に飲み干した。


「さて、次はどうしようか!?私お腹空いちゃった」


「それならお昼にしましょうか。ちょうどいい時間ですし」

僕らは、ボーリング場を後にし、お会計を済ませた。


 お昼には、華さんが兼ねてより行きたいと思っていたというラーメン屋に行くことになった。

店の前につき、看板を眺めると『激辛フェア』という文字が僕の視線をくぎ付けにした。


「華さん。ここって……」


「そ!激辛ラーメン!」

ニヤリとした表情の華さんはなんて生き生きしているのだろう。辛いものは好きな方だがこういった辛さを前面に押し出した商品というのは中々口にすることはなかった僕は、真っ赤に染まった文字とその横に描かれた唐辛子のイラストからすでに口の中は唾液でいっぱいだ。

よくテレビ番組で激辛特集なんてのがやっていたりするが、まさか自分が特集に組まれそうな店の前にいるなんて、今になっても現実とは思えなかった。

華さんの後ろをついて行き店内に入ると、ラーメンを茹でる熱気とは別に店内に漂う汗臭さの様なものを感じた。


「みてみて。真っ赤だよ。うわー食べれるかな……」

店内にいるお客さんの食べている真っ赤なスープに漬かるラーメンを見た華さんは、少し怖気づいたようだ。


「辞めます?」

僕がそう言うと、「ううん!食べよう!」と気合を入れ直したようだった。


 2人が頼んだのは、赤ラーメンという商品名の激辛フェアのおすすめ商品だった。

カウンターに腰掛けた僕らが、ラーメンが出てくるのを待っている最中、隣で汗だくになりながらも麺をすすっているお客さんの姿を見ているだけで、カウンターに置かれた水を飲み干してしまいそうなほど口の中から水分が消え失せていった。


 二人の前に置かれたラーメンは、まさに地獄の池のように真っ赤に染まったスープに絡まったラーメンだった。

これは早く食してしまわないと、麺がスープを吸って余計辛くなってしまうと思った。「いただきます」の掛け声とともに、勢いよく麺をすする。


「ぶっ!ごぉへっ!!げほげほっ!!」


喉の奥に勢いよく吸い込まれた辛み成分に耐えられず、むせ返してしまった。間一髪のところで吐き出すことを堪えたが、灼熱の荒野のようにじりじりと口からのどの奥を焼き払うようだ。

涙目になりながら必死に麺をすする僕を、クスクスと笑いながら余裕な表情で平らげていく隣の女性の根性には圧倒させられる。


結局僕は彼女が食べ終わった倍の時間が掛かってしまった。

「美味しかったね」と常に余裕の表情でいた彼女は、とても満足そうな表情をしていた。


ラーメンを食べ終えた後は、食休みも兼ねて近くの公園を散歩し、夕方になったところで解散となった。

 別れ際、僕らはまた会う約束を交わした。今度は、僕のテスト期間が終わったタイミングでちょっと遠くへ行こうという事になった。

テストに関しては、全くの心配をしていなかった僕だが、さすがにテスト期間に遊び歩くのは、親の目から見ても気に障ることだろうと、華さんからの提案だった。


頑張ってテストを乗り越えたら、いろんなところに行こう。そう約束を交わした。

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