終 ガーディアンガールは闇から抜ける

「こいつがでんでんが言ってたツノの生えたやつか!」

「数おおいねぇ」

 譲葉と棗は、楓がいつかビルの屋上で戦った、角の生えたナイトメアの群れと会敵していた。その数は、楓が殲滅した大量の群れには全く及ばないが、油断はできない。

「よっしゃ行くぞ!」

 お互いの武器を構えて、二人はナイトメアの群れに突っ込んだ。正面から突撃した棗がナイトメアを串刺しにする。

 黒い煙が湧き上がって、棗はこのまま全て殲滅、と心のギアを上げようとしたが。

「――なんだ!?」

 棗は大型のナイトメアがゆっくりと腰――胴が長すぎてどこが胸でどこが腰なのかわからないが、敢えてそう記する――を折るのを見た。

 大型はその手に小型を掴んだかと思うと、振りかぶって投げつけてきた。その速さたるや、普段の動きののろまさとは段違い。小型が譲葉めがけてビーンボールのように飛んでくる。

 ならばと譲葉は杖をバットのように振りかぶり、飛んできた小型の腹に狙いすまして叩き込んだ。

 小型は打ち返され、跳ねて群れの中に戻っていく。

「はぁ!?」

 棗が大声を上げた。譲葉に杖の一撃を叩き込まれた後のナイトメアのありようが、いつもとは全く異なっていたからだ。

「いつもの奴らならゆずの一発が当たれば消し飛ぶじゃん! なんで!?」

「……手応えはあったのに~」

 譲葉は当たれば破壊力抜群の攻撃力を持っている、ただし、当たらないことが多いが。――はずだった。二人がいつも交戦している翼を持つナイトメア。あれは、譲葉の一撃が当たりさえすれば一瞬で消えてしまうのだ。……当たらないことも多いが。

『――譲葉の攻撃の属性と相性が悪いんだな』

 アカザの声が二人の耳に届く。

「相性? 何それ」

『詳しくは後で説明するよ。譲葉はサポートに徹するのがいい』

「さぽーと~……」

「あたし一人でこの量倒すの~!?」

 不満の声を上げる棗。大型のナイトメアがまた小型を掴み、振りかぶって投げる。


 投げられた小型のナイトメアは、棗たちのもとに届く前に、剣の一閃によって真っ二つになった。


「でんでん!」

「遅くなってごめん!」

 二人の戦場に駆けつけた楓は、ナイトメアたちに向かって剣を向ける。

「爆裂魔力野郎のおもりは終わったの?」

「お、おもり……うん、無事家に返ったよ」

 会話する楓と棗の横では、譲葉が投げつけられる小型をひたすら打ち返し、たまに大いに空振りしていた。だが、楓が来た瞬間、ナイトメアたちの動きが変わる。

 大型は小型を投げるのを止めて、動きこそ決して統率は取れていないものの、楓たちめがけて一気に突進してきた。

「みんな、跳んで!」

 三人は上空高く跳び上がり、その突進を躱す。


(やっぱり、私たちを見るとすぐに攻撃姿勢に入る……伏見くんがいるときといないときで、ナイトメアの動きがこんなに違う!)


 楓は残りのナイトメアの数を数える。大型が3、小型が5。出来るだけ早く、消耗少なく、この場を片付ける方法は。

「めーちゃん、奇襲で小さいのだけ倒して。そしたらゆずが大きいのを縛る、一列になるように。そうしたら残りを私が倒す。いけるかな」

「よっしゃ!」

「まかせられ~い」

 棗と譲葉がそれぞれ楓の声に応え、改めて武器を構えた。

「じゃあ……行こう!」

「行くぜ! 瞬間加速アクセラレイターッ!」

 棗は加速し、光の速さで大型の間をぬって、その速さに追いつけない5体の小型を次々と屠っていく。

照準固定ロックチェイン~」

 光の糸がより合わさって縄となる。譲葉が杖を振ると、大型は上空から操られる人形のように一瞬で一列に整列させられた。

「でんでん、できたよ~!」

 ナイトメアたちが並ぶ先には、楓が立っている。剣を突きの形に構えて。

「――射程拡張エクステンション!」

 剣先から放たれた白いレーザービームが、残ったナイトメアを一気に貫いた。





 楓たちが交戦していたその建物の屋上では、二人の男女が倒れていた。どちらも風ヶ原第一高校の制服を身にまとっている。

 譲葉が雑に男子を抱え上げ、楓が女子を抱き上げる。

 その女子は、楓に散々辛酸を嘗めさせてきたクラス委員だった。

「こいつこないだも襲われてたじゃん! 懲りろよ!」

「仕方ないでしょ、アンタたちの結界の中に入ったら全部忘れるんだから……」

「ってかあたし見たけどさ、こいつ嬉々として夜中の学校に入ってってたぞ! こういうのがいるからあたしたちの仕事が増えるんだよ!!」

「私に言われても困るわよ!」

 ぷんすかと蒸気を吹き出す棗に、上空で見守っていたライチが戻ってきて呆れた声で反論する。

 譲葉は抱え上げた男子を下ろし、楓を案じて声をかける。

「でんでん、大丈夫~……? この子、でんでんのこと~……」

 その声に棗もはっとして顔を上げる。

 楓は譲葉と棗、ライチに背を向けていたが、ゆっくりと振り向いて、笑った。


「平気だよ。相手が誰だろうと、ナイトメアの手からは守ってみせる。もう迷わないよ」


 楓は言った。それは、自分に言い聞かせる言葉であった。その表情は、凛としていた。


「……でもね……」

 抱き上げたクラス委員をゆっくりと床に横たえた、楓の表情が曇る。譲葉と棗は慌てて楓の傍に駆け寄り、心配そうに楓の顔を覗き込んだ。


「この人、クラス委員なの。それから、ここはもう使われていない旧校舎。老朽化して、危ないから生徒は絶対に入っちゃいけないって言われてるんだ。でも、肝試し感覚で入っていく生徒が跡を絶たなくて、先生方が困ってるんだって。めーちゃんが見たのが本当なら……クラス委員ともあろう人が、そんな場所に遊び感覚で入っていったのは、反省してほしいかな。ゆず、めーちゃん。この人達を反省させるために、どうすればいいと思う?」


 腰に手を当てる、正義感に満ち満ちた楓の顔。

 その言葉を聞いた譲葉と棗は、ニタァ……とかつてないほど邪悪な笑みを浮かべた。





「えー、また生徒が旧校舎に入る事例が確認されました。当該生徒には厳しく指導していますが、二度と同じことのないように。旧校舎は老朽化が激しく、危険で、怪我をする可能性もあります。早急に解体する予定ですので、絶対に入らないこと。返事は」

 ホームルームで女性教師が厳しい口調で言うと、生徒たちから疎らにはーい、と声が上がった。



 放課後、楓は譲葉・棗と早々に合流し、たまり場を目指していた。

 楓の携帯電話スマートフォンが音を立てて震える。ポケットから取り出すと、メッセージアプリにメッセージが届いていた。

 表示されたプロフィール画像は可愛らしい猫の写真。繁縷からだ。

『旧校舎に入っていったの、うちの委員長らしいヨ』

 楓はどきりとしながらも、知らんぷりで『えっ?』と返事を返す。繁縷の返信は早い。

『なんでも先生が朝職員室に来たら、机の上に委員長とどっかの男子が旧校舎に入っていく写真がばらまかれてたんだって』


 その通りだった。

 あの夜、邪悪な笑みを浮かべた譲葉と棗はすぐさま行動を始めた。結界にあてられて眠る二人の生徒を譲葉が「事実なんだから問題なし~」とのたまい、照準固定ロックチェインを応用して操り、旧校舎に入っていく様子を作る。そして、その瞬間を棗がカメラに収める。翌日には人を殺してきた後のような顔をした棗が「これを職員室にばら撒きなァ」と言いながら、さながら袋に入った札束を投げ出す映画のワンシーンのように、袋に入った大量の写真を楓に渡した。そして、三人で魔法を悪用、もとい、応用して夜の校舎に忍び込み――楓はだいぶ気が咎めたが――担任と生徒指導、それから数名の教師の机に写真を撒いたのだった。ちなみに、女子生徒たちが楓の弁当箱を振り回している瞬間は、ほんの数秒ではあるが楓の携帯電話カメラに収められていた。今、棗は密かにそのデータを複製している。楓の前を行く譲葉と棗は、同じ手口でそのデータも職員室に撒き、匿名でいじめが横行していることを巧妙に告発する気で、決行の日時と作戦を立てている。繁縷への返信に追われる楓には知る由もないが、二人は楓の敵に容赦をする気はない。

 しかし、繁縷はどこでその話を知ったのだろうか。まさか自分たちの仕業とバレているはずはないと思いながら、そんな話どこから、と探りを入れると『部活の仲間から聞いた』と返事がきた。演劇部の朝練に気合が入りすぎて誰よりも早く登校し、顧問に挨拶しようとした所、職員室が物々しい雰囲気で、様子を見ているうちに撒かれている写真を見つけたらしい。

 返信に悩んでいると、繁縷から意外なメッセージが届いた。

『でもちょっとスッキリ。委員長のグループって楓ちゃんに当たりきついじゃん? な感じって思ってたんだよネ』

 楓はその文字列を見て面食らった。まさか仲良くなる前から繁縷にそこまで見透かされていたとは思っていなかった。自分の世界に埋没しているように見えて、彼女は周囲をこんなにも観察しているのか。あるいは、自分が愚鈍なだけなのかも。

 さすがに除光液付きのティッシュを机に押し込められただとか弁当をどうこうされただとか言う気にはならなかったし、思い出したくもなかったので、楓は敢えてとぼける道を選び、『そうなの?』と打ち込んだ。すると、可愛らしいウサギが驚いたイラスト――スタンプと呼ぶのだったか――が送られてきて、『楓ちゃん自覚なかったワケ!?』と返事が続いた。そしてすぐさま、見覚えのある愛らしい、確か有名なゲームのキャラクターがぷりぷりと怒っているスタンプが送られてきた。『ダメだヨ、もっとちゃんと自分の身を守らなきゃ!』そこから先はお説教だった。曰く、繁縷はクラス委員と中学校が一緒だったが、彼女は中学校の頃から清廉潔白を装って、かなり悪どいことを色々やっていたらしい。『自分は手を汚さずに手下に全部やらせるんだヨ、周到なんだカラ』と語る繁縷のメッセージは、どこか物語めいていて、小説やスクリーンの向こう側の話のようだ。楓は一度とぼけてしまった以上、とぼけ続けることしかできなかった。

 そんなこんなでスタンプ混じりに楓にあれこれとお説教をした繁縷は、最後の最後にこう結んだ。

『そういうワケで、我々で楓ちゃんをしっかり守っていこうネ!』

 突然の違和感。――我々?

 楓はまだ慣れないメッセージアプリの画面をじっくりと見つめた。画面上方に、「グループ名はありません(3)」の文字。そして楓の送ったメッセージの横についた「既読 2」の文字。この会話に、楓も含めて3人が参加しているということか。

「……?」

 一体誰が? それを調べようと、楓は画面のあちこちをタップした。そして、ようやく会話に参加している三人のメンバーを探り当てた。

 赤見内楓、九里繁縷、それから。


『伏見槐』


 次の瞬間、楓が「わあああああああああああ!?」と上げた悲鳴に、姦計をめぐらせていた譲葉と棗はビクリと肩を震わせることとなった。



 何度も何度もうるさく鳴る、携帯電話の通知音。

 ホームルームが終わったかと思うと、「アタシも伏見くんに勉強教えてほしいゼ☆ 特に理科ネ」とかなんとか言われ、繁縷に強引に連絡先を交換させられた槐は、ポケットの中で鳴り続ける携帯電話を至極面倒臭そうに手にとった。

 同級生の女子二人のやり取りを、読むだけ読む。

 九里繁縷のプロフィール画像は愛らしい猫の写真だ。普段の持ち物といい、よほど猫が好きらしい。

 赤見内楓のプロフィール画像はごちゃごちゃしていてよくわからない。

 普段なら気にも留めないことだが、どんな風が引き起こした気まぐれか、彼は彼女のプロフィール画像をタップして拡大した。

 そのプロフィール画像は、赤見内楓と、違う学校の制服を着た二人の女子とが、三人で集まって撮影した自撮り画像だった。

 槐はしばらくその画面を見つめたあと、返事はせずに、携帯電話をポケットに戻した。

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