3話 ガーディアンガールと守ることのしんどさ

1 ガーディアンガールと気まずいボディガード

 楓の剣がナイトメアを斬り裂いた。

 その場のナイトメアが全て消滅したのを確認すると、ライチは電柱の影から姿を現す。そして、楓の肩にすとんと腰を下ろした。許可も取らずに楓を椅子にするライチ。だが、高校に入学してから2ヶ月ほど孤独を味わってきた楓にとって、ライチの無遠慮な重みは心地よかった。

「だいぶスジが良くなってきたじゃない。もう少ししたら独り立ちできるかしら」

「……ほんと? 私としては、まだまだライチがついててくれた方が安心なんだけど……」

 ライチは楓の言葉に気を良くして満足気に鼻を鳴らす。それは決してお世辞でもなんでもなく、楓の正直な気持ちなのだが、ここにもし譲葉や棗がいたら、ライチを調子づかせるな、と叱られただろう。

 にんまりしていたライチがはっと顔を上げて、楓の肩をその華奢な手でぱしぱしと叩く。楓はその意図を察して、建物の陰に身を隠した。

 油のさされていない扉が開き、耳障りな音がする。程なくしてから、黒いリュックを背負った楓の同級生が、一人歩き去っていく。以前に見た時は後輩たちに囲まれていたが、今晩は一人のようだ。

 楓はその背中を見て、ほっと胸をなでおろす。


『やべ、塾遅れる。悪い、俺行くわ』

『あっ、ごめん、色々ありがとう』

『気にすんなよ。じゃあな』


(あれっきり、伏見くんとは何も話してないな……)


 塾の入ったビルの屋上でナイトメアが大量発生したあの日以来、楓はこのビル近辺をよく見廻るようになった。そのため、こうして帰路につく槐の背中を頻繁に見ているのだが、変身したこの姿では勿論、学校でもその後会話することはなかった。

 ただ、彼が無事であることを確かめては、安心するだけだ。


「行くわよ、楓」

「あ、うん」

 ライチが楓に声をかけ、楓は音を立てずに駆け出した。





 両の翼をもがれたナイトメアが、楓の一閃を受けて霧散する。

「……今日は瘴気がちょっと強いわね。もう少し頑張ってもらうわよ」

 ライチ曰く、妖精は日没の後「ナイトメアが出現するかどうか、そしてそのおおよその量」を肌で感じることができるらしい。そして、それを「瘴気」と表現するようだ。ナイトメアを倒しきれば妖精は「瘴気」を感じなくなり、そうすればその日は解散、というわけだ。

 今晩のナイトメア殲滅任務はもう少し続きそうだ。楓は気を引き締める。

「楓! 来たわよ」

 ライチがそう言って、楓とライチは揃って路地裏に隠れる。そして、路地裏から通りの様子をそっと伺う。楓たちの視線の先、すたすたと歩く、黒いリュックの少年。

「……今日はいつも以上に狙われてるわね」

「そうだね……」

 時折、こんな日があった。ナイトメアは現れたかと思うと、槐に引き寄せられるようにふらふらと彷徨い出すのだ。ナイトメアと槐が鉢合わせないように、楓は先回りしてナイトメアを倒す。そして、その場に槐がやってきたら身を隠す、その繰り返しだ。

 槐はライチが高い魔力の持ち主だと言うだけあって、楓たちガーディアンガールの結界が全く効果を成さない。通常の人間は、行く先にガーディアンガールがいれば、結界の効果で無意識のうちに別のルートを選ぶものだが、彼にそれは通用しない。

 隠れる時は楓もライチも必死に息を殺している。

 だがしかし、それも彼が自宅に着くまでの辛抱だ。……辛抱、なのだが。





 夜の闇に染まる純白の壁に、ふわりとオレンジ色の明かりを灯す上品な玄関灯。玄関の扉も、窓も、二階のバルコニーも、あらゆる場所から高級さが漂ってくる。玄関の前に広々と広がる庭園には、可愛らしい花々が植えられている場所と、家庭菜園スペース。そして、檻のような厳ついカーポートの中に収められた、外国メーカーの黒い車。


 この間、楓たちが戦場にした洋館ほどではないが、なかなかの豪邸だ。

 譲葉の実家も趣ある大きな日本家屋という感じで圧倒されるが、この邸宅も見るたびに目がくらむような気持ちになる。

 槐はいつも、この豪奢な家に帰っていくのだ。


「無事帰宅っと。ナイトメアの数はちょっと多かったけど、概ねいつも通りね」

 槐が家に入っていくのを見届けて、ライチが言った。すると、楓とライチの耳の奥で、譲葉が戦果を報告する声が響く。ライチは譲葉と棗に、瘴気が消えたから、今日はこれで終わりだとテレパシーを送った。

「……」

 黙りこくる楓。

「どうかした?」

 ライチが首をかたむけた。


(塾に行っているのは月曜日と木曜日、金曜日。塾は8時から9時の間に終わって、塾が終わればほとんどの日はまっすぐお家に帰る。それ以外の日は、学校が終わったらすぐ帰るか、図書館で本を読んだり、友達と寄り道したり……)


 ――いいのだろうか。


「……なんていうか……すっかり行動パターンを覚えちゃって……、ストーカーみたいで嫌だなって……」


 ナイトメアから彼を守るためとはいえ。

 結果、楓の頭の中には槐のおおまかな移動範囲、行動パターンが叩き込まれてしまった。


 後ろめたさに肩を落とす楓をライチが叱咤する。

「何言ってんのよ。これも、ガーディアンガールの立派な、し・ご・と! よ!」

「……はい……」

 楓は情けない声を出して、ライチの言葉に渋々頷いた。


「ねえライチ、家の中って安全なの?」

「安全よ。ナイトメアって屋内には来れないのよね。月の光を浴びなきゃ消滅するだとか、影に入る事ができないだとか、色んな説があるけど原理はまだわかってないわ。全く技術者エンジニアたちは何をやってるんだか……」

 楓とライチはそんな話をしながら、アカザのアパート――彼女たちの「たまり場」を目指して、帰っていく。

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