終 ガーディアンガールはこの手で君を守る

「……成る程。このビルにナイトメアが大量発生した原因があの少年にあると」


 帰路に着きやがて姿が見えなくなった槐、その向こうを見つめるアカザ。楓たちはビルの屋上から降り、地上に戻ってきていた。

 ライチは苦しげに息を吐いた。

「……ありえない、って言いたいわ。でも間違いない……アイツは……『金の卵』よ」

「金の……卵?」

 楓は聞き返す。ライチは両手を大きく広げて、語りだした。

「アイツはとんでもなく強烈な魔力……アンタたちよりもずっとずっと強い魔力を持っている。数百万……いいえ、数千万人に一人のレベルよ。そういう人間の瞳は、私たち妖精には金色に見えるの。金色の瞳を持っている人間を、私たちは『金の卵』と呼ぶわ。でも……金の卵が男だなんてケースはほとんどないの。少なくとも私は初めて見るわ」

 そう言ってライチは俯く。強力な魔力の持ち主がいればとっくにガーディアンガールにしていると語ったライチ。まさかそれが男性だとは思わなかったのだろう。その瞳には、考えが至らなかったことへの悔しさが滲んでいる。楓はライチに問うた。

「……ナイトメアには」

「狙われてしかるべきでしょうね」

「……やっぱり、そうなんだ……」

 楓も目を伏せる。できれば、当たっていてほしくない予想だった。


「そいつ、あたしたちの仲間にできないの?」

 ようやく合流した棗が言う。テレパシーで会話を聞いていたらしい。ライチは肩を落としながら答えた。

「無理よ。私たちには、男に魔法の力を与える技術はまだないわ。高い魔力を持っているのはほとんど女。男はあんまり魔力を持ってないことがほとんどだもの……」

 アカザが扇を開き、駆けつけて息の上がった譲葉を仰いでやる。そして、要点をまとめる。

「彼は強力な魔力を持っていて、ナイトメアに狙われている。けれど女性じゃないから魔法は使えない。つまり、彼はナイトメアから自分を護る術を持っていない、と」

「なるほど~。それはこまったねえ」

 譲葉は吐く息混じりにそう言った。

 楓は苦しげに胸を押さえる。


「で、でもなんとかなるでしょ! 今までとやることは変わらないわ。私たちでナイトメアを倒せば、アイツだって危険な目に遭わないんだもの」

 ライチがそう言ってひらひらと飛ぶ、楓はその軌道を見つめる。

 ライチの言葉に、楓は光明がさしたような気持ちになった。ライチの言う通り、楓たちのやるべきことは同じだ。ナイトメアが、人を害する前に倒せばいい。

 楓は誰に聞かせるでもなく、呟いた。


「そうだね。……私たちが、守ればいい」


 そこに、棗がパンと両手を叩く。目の覚めるような音に楓ははっとする。棗が変身を解くのを見て、譲葉も変身を解いた。

「とりあえず難しいことは後にして、お腹空いたからゴハン行こゴハン! ゆずのおごりで!」

「わ~い、ごはんだ~。……わたしおかねもってないよ~?」

 歩き出す棗と、その小さな背を追いかける譲葉。

 アカザがビルの3階を見上げて言った。

「ここの塾に通うくらいなら優秀な少年なんだろう。うまくやれば英語かなにかの家庭教師として近づけるかもしれない。試してみよう」

「いやまあ近づいても別にいいけどアンタね……」

 ライチがげっそりとした顔を見せるのを見て、アカザは軽やかに笑った。

 前方の棗が振り向いて、

「アカザ姐も一緒にゴハン行こうよ!」

 と声をかける。


 楓は一人思う。楓の怪我を案じ、楓の変身トランスした姿を笑わず、吹聴せず、一人掃除する楓を手助けしてくれた槐。彼がナイトメアに害されると考えると、楓は耐え難い気持ちになった。

(恩返しじゃないけど……絶対に私が、伏見くんを守ろう)

 楓はそう思い、槐が手当してくれた、もうとっくに絆創膏も貼っていない右肩にそっと手をあてた。

「でんでん~! 早く行こうよ~!」

 楓を呼ぶ棗の声。楓は先を行く仲間たちの影を追った。

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