6 ガーディアンガールとエクステンション

 ナイトメアの気配を追いかけてきた楓とライチ。二人は金曜日と同じ、あの塾のあるビルの裏路地にまた辿り着いた。

 時間にして21時前後。今日はナイトメアの数が多い。楓は既に3度の交戦を終えていた。

 ライチが忌々しげに吐き捨てる。

「この間もここだったじゃない! よく出るわね……」  

「――上!」

 楓は叫び、とっさにライチを押し飛ばして自らも横に跳躍した。黒い巨体が天から降ってきて、轟音を上げて地面に穿たれる。衝撃が楓の足に伝わり、土埃が舞う。

 金曜日にも戦った、角付きのナイトメア。

 だが、おかしげなことにナイトメアは頭から落ちてきたようで、角が地面に刺さってしまい、逆さまになったまま身動きが取れないでいる。短い手足をじたばたさせるだけだ。

「動けないなら……怖い相手じゃない!」

 楓は即断、距離を詰めて剣を横薙ぎにし、ナイトメアの胴体を真っ二つにして消し倒した。

 それでもナイトメアの気配は一向に消えない。

(――どこにいるの……!?)

 楓は感覚を研ぎ澄ませる。びりびりと静電気が走るように伝わってくるナイトメアの気配。ひしめく邪悪の臭い。それは、天高い所を楓にイメージさせた。楓の五感はナイトメアの数を捉えようとするが、それは大きなうねりのようで、まるで掴み取れない。

 楓は顔を上げた。


「ビルの、屋上! それも、すごい数……!」


 楓の声を受けて、ライチもビルの上を睨みつける。

「さっきみたいに落ちてきたら良くないわね……」

 楓は状況が切迫していると判断し、即座に譲葉と棗にテレパシーを送った。

「ゆず、めーちゃん、聞こえる? とんでもない量のナイトメアが、ビルの屋上にいる! これから倒しにいくけど、もしビルの上からナイトメアが落ちてきたら下にいる人たちが危ない! そっちが終わり次第でいいから、フォローに来て欲しい!」

『わかったあ……!』

『オーケー! 終わったら、すぐ行く……ッ!』

 譲葉と棗は交戦中だ。今日は本当にナイトメアの数が多い。

 二人はマリンタワーから港に向かって点々と現れたナイトメアを一体ずつ倒している。どんどんこのビルから離れていっている以上、すぐに駆けつけるのは難しいだろう。

 ライチがビルを指差した。

「階段とかまだるっこしいわ。楓、アンタ壁登れる?」

「……やってみる」

 ビルの壁を、この二つの脚で蹴って走る。経験こそなかったが、楓はこの2週間で頭に覚えさせた変身トランス後の身体能力を信じた。楓は助走をつけて走り出し、ビルの壁を一気に駆け上る。飛ぶように走る感覚。だが、

「――ッ……」

 慣れない動きにバランスを崩し、屋上にたどり着く前に楓は失速した。ぐらりと傾く体。楓はもつれる足に鞭打ち、非常階段に手をかけて落下を逃れた。

 ライチが慌てて寄ってくる。

「大丈夫!?」

「平気……早く上に行かなきゃ」

 楓が足をついたのは、4階の非常階段の入り口前だった。屋上が近くなり、ナイトメアの気配が強くなる。改めて強く感じる、これほどまでに禍々しいのはナイトメアの量の多さのせいだ。幾重にも重なった邪悪なる瘴気が一つのうねりになり、楓たちを押しつぶそうとしている。

 このまま階段で登っていくのもいいだろう。楓は鉄骨の階段を一歩踏みしめて、

 ――思い出す。


(この階段……この間伏見くんと会った……)


 あの日、感じた違和感。


 ――やべ、塾遅れる。悪い、俺行くわ。


 その理由に、楓はようやく思い至った。


 ――その怪我、大丈夫かって言ってるんだ。


 彼、伏見槐は、結界を張っているはずの楓の手を掴み、至近距離で傷の手当てをした。眠り込むこともなく。

 パズルのピースがはまっていくように、楓の頭の中がクリアになっていく。まさか――。


「……ライチ、もしかしたらだけど、ナイトメアに狙われてる人がこのビルにいるかもしれない」

 その言葉を聞いたライチは少しぎょっとした様子を見せてから、肩をすくめてみせた。

「なんでアンタがそんなことわかるのよ? ナイトメアの気配ならまだしも、人間の魔力の気配は私たち妖精にしか判りえないことよ」

 妖精には人間の魔力やナイトメアの気配はわかるが、ナイトメアの居場所はわからない。魔法の力を与えられた人間にはナイトメアの気配と居場所がわかるが、人間の魔力の強さはわからない。それがこの2週間で楓がライチに教えられたことだった。実際、楓は誰がどのくらいの魔力を持っているか全くわからない。例えば自分と譲葉と棗を比較してもどうなのか、など。

 だから、楓の勘違いならそれでいい。疑念が一つ潰れるだけのこと。

「この間ここで戦った時、私クラスの男の子に見つかったの」

 それを聞いた瞬間、ライチはおそらく初めて楓に向かって火を吹いた。

「はぁ!? 何一般人に見られてるわけバカ! ていうかそういうことは早く教えなさいよ!」

 髪の毛を逆立てる勢いで憤慨するライチ。しかし楓は怯まず言葉を続ける。今、ライチの説教に付き合うわけにはいかない。


「私は結界を張っていたのに、その男の子は私のそばに来ても眠らなかった! 普通の人なら眠ってしまうのに! それって、高い魔力の持ち主ってことでしょ?」

「ちょっと人の話を……なんですって!?」


 ライチは説教に割り込まれて苛立つ様子を見せたが、すぐさま楓の話を理解して叱るのをやめる。

 楓は話を続ける。どうか当たりませんように、荒唐無稽な話でありますようにと願いを込めて。

「このビルにナイトメアがよく出るってことは、その男の子が狙われているのかも、って……」


「――待って!」

 そこで、ライチが楓の言葉を遮った。

「どうしたの」

「隠れて。下から人が来る。――強烈な魔力を持った、人間が」

 ライチは口元に指先をあてる。楓はぞっとした。まさか、やはり。

 楓は非常階段の踊り場にそっと身を伏せる。

 ライチが楓の耳元で囁く。

「……アンタの言う通りかもしれないわ」

 やがて話し声が聞こえてきて、ビルの3階から非常階段へ続く扉が、耳障りな音を立てて開いた。


「今日こそ逃がしませんよ! いつもこうやって非常階段からこっそり帰ってるの知ってるんですから!」

 利発そうな少年の声が聞こえてくる。声変わり前の、まだどこかあどけない声だ。

「カテキョのバイトとかしねえのー? 勉強教えてくれよー!」

 自由闊達といった感じの少年の声。こちらは既に声変わりを迎えている。そして。


「しないって言ってるだろ。お前ら、ついてくるなよ」


 忘れるはずもない声がした。その声は、あの時からずっと楓の耳の奥に残っている。

 その後に愛らしい少女の声が響き渡る。


「伏見先輩って将来お医者さんになるんでしょ? あんたたち先輩にメーワクかけちゃだめじゃない!」

「そう言ってお前もついてきてんじゃん」

「あたしはあんたたちが先輩にメーワクかけないように見張るためについてきたのよ!」


 非常階段に出てきたのは、後輩たちに囲まれた槐だ。勉強を教えてほしいとじゃれつかれる、その姿こそ楓の位置からは見えないが、ほのぼのとした様子が少年たちの声の調子から伝わってくる。

「お願いだよ! 一問だけ! 一問だけでいいから!」

「どこ触ってんだこら! ったく、本当に一問だけだぞ……」

 楓は気配を殺してそっと階下の様子を伺った。非常階段に腰掛ける槐と後輩たちの姿が見える。後輩たちは思い思いに教科書とノートを出して、きらきらした目で槐を見上げている。階下の心温まる光景とは裏腹に、上階から刺すように伝わってくる不快感。楓の心がざわめく。

(早く、ナイトメアを倒さなきゃ……)

 彼らの身に何かあってはならない。楓は音を立てないようにそっと立ち上がり、屋上を見据えた。すると、今度はライチが入れ替わりに階下の様子を伺おうとした。

 その表情は、どこか不安げだ。

「……ライチ?」

 楓はライチに囁きかける。こんなに不安そうな顔をしているライチは初めて見る。一体、どうしたと言うのだろうか。

 ライチの口元が、震える。


「うそ、でしょ……こんなことって……」


「ライチ、今は上に行こう」

 楓はライチの様子がいつもと違うことに気付いたが、今はナイトメアの殲滅が先だ。ライチは楓の言葉に我に返り、頷く。階下の槐たちの声のボリュームが大きくなったタイミングを見計らって楓は踊り場を蹴り、そして壁を駆け上がる。ライチも飛んだ。





 ビルの屋上まで登りきった楓を待ち受けていたのは、ナイトメアの大群だった。

 例の、角を持ったナイトメアと、それを小型化したような――棗よりも少し小さい背丈にした、丸っこい体つきの、同じ角がついているナイトメア。真っ黒い影が何もないビルの屋上を埋め尽くし、わらわらと波打っている。

「何、この量……」

 おびただしい量のナイトメア。ライチも初めて見るのだろうか、明らかにたじろいでいる。

「ライチ、逃げなくていいの?」

「い、イレギュラーな状況よ。見届ける必要があるわ」

 楓はライチがそう言うのを聞くと、ナイトメアの大群に向かって剣を構えた。ナイトメアたちは楓には目もくれず、お互いにお互いを押し合っている。まるで押しくら饅頭だ。

「こいつら……何してるの……?」

 ナイトメアたちの滑稽な様子に、ライチが眉をひそめた。金曜日に交戦した時も、このナイトメアたちは楓に襲いかかってくることはしなかった。もともとそういうタイプのナイトメアなのか、あるいは別に目的があるのか。楓は金曜日に戦った時、自分よりもビルの中の人を狙っているのではと考えたことを思い出す。

 楓はナイトメアたちの動きを注視した。他と比べて動きが特徴的なのは、屋上のフェンスの傍にいるナイトメアだ。必死に足を上げて、フェンスに登ろうとしているが、足が短いためにその場で足踏みすることしかできない。それだけで判断するのは早計かもしれないが、先程上から落下してきたナイトメアのことを考えると。

「……下に、落ちようとしているんじゃないかな」

 やはり、楓にはそう思えてならない。

「普段、ナイトメアは私たちを見つけるとすぐに襲いかかってくる……でも今は私に見向きもしない。この間もそうだった。このままじゃきっと、塾の人たちが危ない!」

 楓はそう言って駆け出した。小型ナイトメアがこちらに気づく前に、斬り捨てる。まず一体。そして二体。

 見えるだけでも20、あるいは30のナイトメア。数えるのはすぐに止めて、斬り続ける。だが黒い塊はそう簡単には減ってくれない。大型が楓に気付いて、突進を繰り出そうとしたが、他のナイトメアが邪魔なようで、つっかえて思うように動けない。これ幸いと、楓はナイトメアを斬り倒し続ける。

「譲葉! 棗! そっちはどうなの!?」

『今ぜんぶ倒したとこ~』

『これからそっち行く!』

 二人からの返事を聞いてから、ライチは歯噛みした。

「この量じゃキリがないわ! なんとか、なんとかできないの……!?」

 斬っても斬っても終わりが見えない。このままではナイトメアが何らかの方法で屋上から抜け出し、塾の人々に危害を加えるのも時間の問題か。ライチの苦しげな声色に、楓の心中にも焦りが生まれてきた、その時。


『全く、ライチはまだ世話が焼けるな』

 

 突然、テレパシーが楓たちの頭の中に飛び込んでくる。

「アカザさん……!?」

 聞こえているだろうとは思っていたが、彼女がテレパシーで語りかけてくるのは初めてだ。楓は驚きに上ずった声をあげた。

 不思議と、焦りにささくれ立ちそうだった楓の心がアカザの声によってゆるやかに静まっていく。

 アカザは言葉を続けた。


『こういう時、特殊能力オリジナルアビリティを引き出してやるのが君の役割だろう? ライチ』


「オリジナル……アビリティ?」

 聞いたことのない単語を楓は繰り返した。初めてガーディアンガールになった時も、変身トランスという知らない単語を彼女が教えてくれたな――と、過去のことをふと思い出す。

 一方で、また未熟を指摘されたという自覚があるのか、ライチは逆ギレをかまし金切り声をあげた。

「そんなこと言われたって見えないものはしょうがないじゃない!」

 よく聞くんだ、とアカザの声が耳の中で響いたので、楓はナイトメアたちと距離を取った。やつらは追ってはこない。相変わらず押し合いへし合いしているだけだ。

『いいか楓。ガーディアンガールには、一人ひとりに特別な能力がある。譲葉の敵を縛り付ける力ロックチェイン。棗の素早く動く力アクセラレイター。あれらは特殊能力オリジナルアビリティと言って、ガーディアンガール一人ひとりに備わる特別な能力だ。その力は、君にもある』

「私にも……?」

 譲葉や棗の能力は独特で、彼女たちの必殺技と言っていい。楓は今まで二人の力を利用してナイトメアたちと戦う作戦を立ててきた。……同じガーディアンガールなのだから、自分にも何らかの能力が備わっていてもおかしくはない、かもしれない。だが今まで夢中で敵を斬り続けるだけだった楓にとって、それは突飛な話であった。

『普通は教育係の妖精が見抜いて使い方を教えるんだが、まれに妖精にも見えないことがある。そうなると、君自身がなんとかして引き出さなければならないな。色々試してみるといい』

「色々ってそんなアバウトでいいの!?」

『ライチ、見えないならこれでいいんだ。自分に秘められた力があると自覚するだけで、特殊能力オリジナルアビリティの覚醒率は格段に上がる。楓は今まで特殊能力オリジナルアビリティという概念を認識していなかっただろう?』

 ライチが言葉を失いむくれるのをよそに、楓はもう一度駆け出した。今はまず、一体ずつでもいいからナイトメアを倒そう。

 小型が突進してくるのを、楓は体を翻して躱した。大型ほどの速さはない。ただ、ナイトメアの数を楓が減らしたことで屋上にスペースが少しずつ空きはじめ、突進攻撃がしやすくなってきている。ナイトメアに連携プレーができるのかは知らないが、この量のナイトメアが同時に突進してきたら、逃げ場はないに等しい。

 楓は囲まれないように気をつけながら少しずつ立ち位置を変え、一体ずつ、確実に、ナイトメアを屠っていく。強化された身体能力でも、息が上がってきた。

「……このままじゃジリ貧よ!」

 楓の心を読むように、ライチが言った。


 その時、一体の大型が楓の目にとまった。

 フェンスに乗り上げている。あの体つきで、一体どうやって?

 大型の足元に小型。

 小型の手と体を踏み台にして、フェンスに登ったのだ。

 そしてきっと、さっき屋上から落ちてきた大型も、同じ。

 ゆらり、大型の体はゆっくりとビルの外側に向かって傾いていく。

 そのまま落ちたら先にあるのは――非常階段だ。


(あれが落ちたら、下の人たちが……――伏見くんが危ない!)


 楓はコンクリートを蹴ってナイトメアの群れに突っ込んだ。狙うのはフェンスに乗り上げたナイトメアただ一つ。群れるナイトメアたちの角で体に傷がつくのも構わず楓は一直線に駆け抜ける。フェンスの上のナイトメアは足を踏み出し――踏み外し、と言ったほうが近いかもしれない――落下していく。楓の目にスローモーションのようにその姿が映る。楓はフェンスに足をかけ、落ち行く大型に向かって剣を突き出した。楓の伸ばした剣はナイトメアに、あと、ほんの数センチ、届かない。


 ――絶対に行かせない!!


 楓は飛んだ。フェンスを飛び越えた。左手でフェンスの手摺を握りしめてそれだけで体を支え、ビルから体を投げ出す。楓は腕が千切れるくらいの力を込めて、さらに手を突き出した。

 楓は咆哮する。

「届けえええええええええッ!!」


 どくん、と楓の体が脈打った。


 剣から真っ白い光が溢れ出す。それは剣先で収縮し、破裂する。剣先から純白の光の束レーザービームが噴出し、どんどん離れていくナイトメアを串刺しにした。

 真っ白な光の中で、ナイトメアは水を浴びた泥人形のようにぼろぼろと分解してゆく。

「……なに、今の能力……っていうか楓! 大丈夫!?」

 真上から見ていたライチが楓の鼻先に飛んでくる。楓はフェンスに左手で掴まり、屋上から身をぶら下げていた。だいじょうぶ、と荒い息で答える楓に、ライチは「はあぁ~……」と思い切り安堵の息を吐き出した。この体でも、さすがに5階建てのビルの屋上から落ちたらただでは済むまい。

 楓は壁を蹴り、フェンスの上に登る。そこに、白い手が差し出された。


「珍しいな。『射程拡張エクステンション』か」

 黒い着物の袖を風にはためかし、アカザが楓に手を差し伸べていた。


 楓はアカザに手を引かれてフェンスからコンクリートの上に降り立った。楓がビルから身投げしている間、いつの間にやってきたのか、アカザがビルの上のナイトメアたちを足止めしてくれていたらしい。金の光の網が絡みつき、身動きの取れないナイトメアたちがもがいている。

「楓。君の能力――『射程拡張エクステンション』は、君の武器が敵から受けた攻撃をエネルギーとして溜め込み、そのエネルギーを放出することで武器の射程を伸ばす特殊能力オリジナルアビリティだ。君の剣が攻撃を受ければ受けるほど、強い刃を作ったり、射程を長く伸ばしたりできる」

「射程を、伸ばす……」

 それならば。聞いた瞬間、楓はビルの上を走り出した。

「ちょっと楓! どこ行くの!?」

 楓はビルの角に立ち、剣を構えた。身動きの取れないナイトメアたちの視線が楓に向くのを感じる。剣に力を込めると、みるみる白い光の刃が伸びていく。

「ライチ、アカザさん、跳んで!!」

 言われるままライチが空高く羽ばたき、楓の意図を察したアカザが地を蹴ったのを見計らい、楓は剣を真横に薙ぎ払う。


 光の刃がビルの屋上と水平にはしる。

 全てのナイトメアは光の刃に斬られ、その胴体は上下に分かたれた。


 黒い煙が充満したビルの屋上、コンクリートを下駄の歯が叩く音がコロ、と響く。

「そうだ。こういう高低差を考えなくて良いところでは、横に剣を振るだけで、一気に大量のナイトメアを殲滅できる」

 口元を開いた扇で覆いながら、アカザが言った。

 黒い煙が少しずつ晴れていく。

 煙の中から現れた楓は、制服の姿だった。変身トランスが解けたのだ。全身の力が抜け、あれよあれよと楓は座り込んでしまった。

「強力な分、消耗が激しいのが難点だな」

 アカザはそう言って笑い、へたり込む楓の背にそっと手を当てて支えた。

「つ、次から気をつけます……」

 結果的にナイトメアを全て倒せたとは言え、力の使いすぎで戦い続けられなくなってしまえば意味がない。楓は反省した。

 ナイトメアが全て消え、ビルの屋上にようやく静寂が訪れる。

 ぬるい夜風が楓の髪を揺らす。全身が、心までも冷やされていく感覚。楓はいつになく自分が熱くなっていたことに、ふと気がつく。

 楓は立ち上がり、ふらつきながら歩き出す。アカザが無茶をするなと制するが、楓はフェンスに手をついて、地上を見下ろした。ライチが楓の傍に寄ってくる。

 楓とライチの視線の先には、後輩たちにじゃれつかれながらビルから出て、帰路につく槐の姿があった。


(……良かった、無事だった……)


 安心して息をつくと、楓はフェンスに手をかけてそっと寄りかかった。アカザが歩み寄ってくる足音が聞こえる。アカザは再び楓に手を差し伸べて、どうした、と優しい声色で尋ねた。

 楓は答えようと口を開けるが、


「遅い!!」


 ライチが突然叫ぶ。楓は驚きのあまり隣に来たアカザに衝突した。アカザは袖の振りを揺らしてライチを握り込みその口――というか全身――を塞ぐ。ライチのくぐもった悲鳴が聞こえる。

 アカザは楓の耳元で囁いた。

「聞こえなかったろう。譲葉と棗がもうすぐ着くとテレパシーを寄越したんだ。それで、遅いと」

 それからゆるりと手を開く。

「ぷっはあ! 窒息するでしょ!」

 アカザに向かって憤怒の形相を見せるライチだが、アカザは「いやあ、悪いね」と言いつつ悪びれない。


「塾の生徒を見ていたようだが、どうしたんだ?」

 アカザの問いに、楓とライチは顔を見合わせた。

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