2話 ガーディアンガールの守りたい人

1 ガーディアンガールの暮らし

 月齢、28.6。


 その洋館は、かつて風ヶ原町に滞在していた外国人の別荘だったという。今は誰もいない――主をなくした館は、闇の中、厳かに佇んでいる。その敷地には庭園が広がり、もはや手入れされていない庭草が自由に伸び育っている。そして、屋敷を囲む庭園、その周囲には煉瓦で作られた堂々たる門が屹立している。ただし、その門は庭から伸びてきた蔦が絡んで緑に染まり、煉瓦の赤の色はほとんど覆い隠されてしまっているが。

 洋館の屋根に、三つの黒い影が蠢いている。黒い影は、近づいたり離れたりしながら、屋根の上を右に左にと行ったり来たりし、時折翼を拡げて浮き上がり、また屋根に接地する。

 そして、蔦に覆われた洋館の門の上から、その影を見つめる少女が三人。少女たちの周りは赤、緑、青の色に淡く光っている。

「……じゃあ、作戦通りに」

「オッケー。――瞬間加速アクセラレイター

 真っ青な光が彗星のように、門から洋館の屋根に向かって走る。庭園は広大。門から洋館までの間、小さな家なら数軒建ちそうだ。その距離を一瞬で青い少女は駆け抜けた。青い少女が視界に捉えるのは一体の黒い影。青いヒールが音もなく南欧瓦の屋根を蹴り、三叉の槍が黒い影のど真ん中を貫いた。黒煙が噴き出す。

 青い少女は歴戦の武人のごとく槍を頭上で振り回す。二つの黒い影が惑うような軌道で飛び上がった。

「ゆず、お願い」

「あいあいさ~」

 隣に陣取る緑の少女に言い残すと、蔦を踏み散らして赤い少女が門から飛び出した。庭園にぽつりぽつりと立つ背の高い木々を次々と跳び渡る姿はさながら御伽噺で語られる忍者の動きだ。

照準固定ロックチェイン

 門の上に留まった緑の少女が呟くと、二つの黒い影の上に光の糸が描かれる。細かな光の糸は結い合わさって一本の縄と成り、黒い影を縛り付ける。身動きを封じられた黒い影はじたばたともがく。

 そして、赤い少女が洋館の屋根に到達した。

『でんでん、めー、今だよ~!』

 門の上から緑の少女が声を上げる。あまりにも広すぎる庭園を挟んでいるにもかかわらず、屋根の上にいる二人の少女にはその声が耳元で響くかのように明瞭に届く。

 青い少女が槍を構える。赤い少女の右手に光が集まり、やがてそれは剣を形作る。

「往生しな!!」

 青い少女の槍が、赤い少女の剣が、黒い影を突き刺し切り裂いた。洋館の屋根の上に、黒い煙が湧き上がった。





 肝試しにでも来たのだろうか。哀れ、のびている男児が三人。小学校高学年か、あるいはなりたての中学生といったところか。

「大丈夫、みんな私たちの結界にあてられて眠ってるだけ。怪我もしてない、良かった」

 少年たちの様子を確認し、楓は安堵の笑みを浮かべた。

 棗が槍の石突に近い部分を軽く持つと、穂先を飾る羽飾りが羽ばたいて槍が浮かび上がる。棗は譲葉に目で合図すると、譲葉は少年を一人、また一人と抱えあげ、洗濯物を竿にかけるがごとく少年たちの体を棗の槍にひっかけていった。少年たちはVをひっくり返した形に体を折り曲げて、力なく両手両足を地面に向かって垂らしている。やがて棗の槍に三人の少年が吊るされた。雑な少年たちの取り扱いに楓は何か言いたげに口をもごもごさせたが、棗は槍の先にさっと跳び乗ると「じゃー行ってくるわ」と言って飛んでいってしまった。

 楓と譲葉は洋館の庭園に残される。

「むふふ」

 聞こえた声に振り向くと、譲葉がほくそ笑んでいた。楓にはその理由がわからない。

「……どうしたの?」

照準固定ロックチェインは遠くで発動させるとあまり長持ちしないけど、わたしが縛ってる間にでんでんとめーがやっつけてくれる~。連携プレー、燃える~」

 両手の拳を握って譲葉はそう言った。いつものごとく、表情に抑揚はあまりないが、譲葉はご機嫌だ。

 そこに棗が槍にまたがって戻ってきた。高速移動を勘案しても、あまりにも早い。棗のことだから少年たちは……おそらく目立つ場所にポイ捨てされてきたのだろう。とはいえ危険な場所に放置したわけではないだろうし、彼らもすぐに目を覚ます。安全であればそれでいいか、と楓は思った。慣れである。

 棗は槍から跳び下りるとそれをしまい、頭の後ろで両手を組む。

「実際、でんでんが一緒になってからめっちゃ効率良くなったよ」

「え……私?」

「あたしら二人だった時は、とりあえず突っ込んで暴れる! って感じで、作戦もクソもなかったもんね。でも今はでんでんの作戦がいい感じにハマってる」

 楓は目を丸くして、それから恥ずかしそうに俯いた。

「さ、作戦ってほどのものじゃ……ないよ……それにゆずが敵捕まえたり、めーちゃんが速く動いたり、色々できるからこそだよ」

「照れんな照れんな~」

「ぬふふ~」

 左右から肘でつつかれて、楓は人差し指で頬をかいた。

 そうやって三人でじゃれ合っていると、上空から白い尾を引いて光が舞い降りてくる。ライチだ。ナイトメアに対する戦闘能力を持たないライチは、楓たちが戦っている間は空高く舞い上がったり、物陰に隠れたりして難を逃れるようにしている。

「いい連携じゃない。ま、教育係の私の腕が良いからだけど」

 ライチはそう言って胸を張った。今日のように、ナイトメアの出現数も少なく、短時間で片付けることができた日は、だいたいこんな風に得意満面といった様子でいる。

「前から教育係教育係って言ってるけどさ~、教えるって感じのことなんにもしてないじゃん」

「アカザさんの方が話がわかりやすい~」

「ふざけんじゃないわよアンタたち目潰しされたいの!?」

 そして、そこに棗と譲葉が水を差して、ライチを怒らせるのがいつものお約束だ。





 人間を害す謎の黒い影、ナイトメア。

 それに対抗するために妖精から魔法の力を与えられた少女たち、ガーディアンガール。

 楓はガーディアンガールになったその日から、夜は1日あるいは2日おき、時には毎日のペースで戦いに明け暮れている。最初は夢心地で行っていたナイトメア退治だが、日を過ごしていくごとに現実感が湧いてきた。これが夢ではないと思うときは、ナイトメアに襲われて倒れた人々を助け起こすときだ。ナイトメアは、確実にこの町を蝕もうとしている。それを許してはならないと思いながら、楓は日々夜の町を駆け回っている。

 当初予想した通り、勉強の時間が減ったことは多少気にかかるが――

「でんでん家まで送ってくよ! 乗って乗って」

 棗が楓を呼び、手に持った槍を指差した。既にそこには譲葉が腰掛け、楓にも座るように促している。

「ありがとう、めーちゃん」

 楓はそう言って、譲葉の前、空いたスペースにまたがった。棗は槍の石突側に両足を乗せ、スノーボードを操るような体勢になった。槍が浮かび上がる。この便利な槍は、棗が触れてさえいれば、どんな体勢でも飛ぶことができるらしい。夜の闇の中、楓と譲葉は棗の操縦で空を飛ぶ。そうして、人知れず我が家に帰っていくのだ。物語の中の魔女のように。

「ゆず太郎、次の外出日いつ? メシおごれって約束だったじゃん」

「再来週の土日かなぁ」

「再来週~!? 遠いな~……」

「でんでんにもごはんおごったげる~。一緒にいこ~」

 耳に届く譲葉と棗の楽しそうな声。

 一緒に戦おう、と譲葉に差し伸べられた手と、その手を握った時に重ねられた棗の手の温度を思い出す。あの時は、昔のように譲葉と、棗と、笑い合えるか不安があった。なにせ、受験勉強があったとは言え楓から距離を取ったと言ってもおかしくないのだ。

 それでも、二人は変わらず楓と親しくしてくれた。二人の声を聞くたび、楓はその嬉しさを、かけがえのない友情を噛みしめる。

 学校にいる間は相変わらず、どことなく居心地が悪いけれど、二人と一緒にいるだけで、昼間に心に刺さった棘が取れていくような気がする。

「でんでん~?」

「あっごめん、行こう行こう。でもおごりは悪いよ」

 楓は慌てて返事をする。浸りすぎて、譲葉からの問いかけを聞き流していた。これでは本末転倒だ。今度こそ、二人の話を聞き逃さないように、しっかり耳を傾ける。

「なぁに言ってんの~。でんでんがいちばんおごられるべきでしょ」

「そーだそーだ~、くりーむそーだ~」

 遠慮する楓の方を振り向いて親指と人差し指で「おカネ」のジェスチャーをする棗と、楓の後ろで棗に同意する声を上げる譲葉。二人は賑やかだ。食事を必要としない妖精ライチは全く理解ができないという風にため息をついている。

 楓の頬から思わず笑いがこぼれた。

 自分の気持ちに正直にな、と言った父の言葉を思い出す。楓は右手に光るアミュレットを握り締めて思った。

 きっと、これでよかったんだ。

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