終 ガーディアンガールはその手を取る
楓はふう、と息をついた。あんなに動いたのに、息が上がる感じはない。
(……倒したの……?)
楓は直立の姿勢に戻ると、振り下ろした剣をそっと持ち上げて見つめる。ほんのりと赤い光を発する刃は、楓の心に呼応するように少しずつその光を鎮めていく。
ナイトメアは確かに楓の目の前で消え去ったし、もうあの嫌な気配もしない。だが、自分がそれを成したことが信じられない。
そんな楓の耳に拍手の音が飛び込んでくる。振り返ると、笑みをたたえたアカザが手を叩いていた。
「お見事。初陣とは思えないほどの鮮やかさだったよ」
楓は握った剣を緩やかに下ろしながら、
「え、えっと、ありがとうございます……」
目を泳がせつつも、アカザの褒め言葉に礼を述べた。無我夢中だった。自分がどうやって戦ったか、もう覚えていない。
アカザはにこりと笑みを深くすると、倒れている同級生を抱え上げた。楓は同級生の顔を覗き込む。
「結界にあてられて眠っているんだ。我々がここを離れればすぐに、自然と目を覚ます」
アカザはそう言って眠る同級生を建物の影に座らせた。楓はようやっと肩の荷が下りた気持ちになる。
これで、彼女を脅かすものはなくなった。
「オラーッ怪獣ども!!」
そこに鳴り渡る声。
「おとなしくお縄につけ……あれっ?」
「ナイトメアいない~……」
小さなビルの上に立つ二人の少女は、つい今までここにあったナイトメアの気配を追いかけてきたようだった。ナイトメアの気配がなくなり、狐につままれたような顔をしている。
「おお、譲葉と棗か。こっちはもう済んだよ」
アカザが二人に向かって手を振る。
「あれ~、アカザさんだあ」
「アカザ
譲葉はアカザに手を振り返し、棗はアカザの姿を確認すると敬礼のポーズを取ってみせた。
譲葉たちとアカザは顔見知りなのか、とぼんやり考えていると、アカザが近づいてきて、楓の背を譲葉たちに向けてやんわりと押す。
「ほら、君たちの新しい仲間だ。たった今ナイトメアを倒したんだぞ」
譲葉と棗はビルの上から軽々と地上に降り立つ。そして楓の姿をじっくり見てからお互いの顔を見合わせて、
「でんでんだ~!」
と声を合わせた。
譲葉と棗は楓に両手を振って、駆け寄ってくる。二人の笑顔が目に入り、楓も自然と顔を綻ばせる。楓がそっと力を抜いて右手を開くと、剣は光に包まれて姿を消し、元の姿のアミュレットが楓の手元に残った。
「アンタ、ガーディアンガールになったのね! これで戦力が増えるわ!」
いつ飛んできたのか、ライチが急に現れたので楓は今日何回目になるかわからない驚きの声を上げた。ライチは楓の前で、心底嬉しそうに舞い踊る。
戦力。
(こんな私でも、戦力になるのかな――)
カラコロと下駄の音がして、アカザが小さな妖精の後ろを取る。
「ライチ。君、アミュレットを渡したのに肝心の
「……あっ…………」
華やぐ表情を見せていたライチが一瞬で凍った。アカザは目を細めてにんまりと笑い、ライチの頭に指を近づける。
「まだまだ『教育係』としては新米だな」
「ううううるさいわね! 今日はナイトメアが多くて忙しかったのよ!」
その指先から逃げながら、ライチは手足と羽をじたばたさせて喚いた。
「でんでんーッ!」
「わあッ! めーちゃん……」
楓がライチとアカザのやりとりを見ていたら、棗が勢いよく飛びついてきた。棗は楓の袖口のフリルをつまみ上げて楽しげに言う。
「でんでん衣装赤かあ~! いいねいいねえ!」
そう言われて、楓は自分の全身を見る。白と赤を基調としたフリルだらけの服装に楓は仰天した。髪の色も赤に染まっている。
「え……わっ、何この服!」
「今気付いたの?」
「た、戦うのに夢中で……こ、この格好、めちゃくちゃ恥ずかしいね……」
「何言ってんのさ~! 赤ってヒーローの色じゃん!」
「えええ~……」
楓のオーバースカートをめくったり、襟元の飾りリボンをつまんでみたりとやりたい放題の棗に楓がおろおろしていると、楓の前にぬるりと立つ人影があった。
譲葉だ。
「でんでん~」
「ゆず……」
譲葉はすらりとした手を楓に差し伸べた。通っていく風に長いポニーテールがなびく。
「わたしたちと一緒に戦お~」
「……」
「わたしはでんでんが一緒だと~、すごくとてもすこぶる嬉しいんだなあ」
強調語を三つも使って楓に語りかける譲葉。楓は譲葉の顔を見上げた。
(……結局、何もわからないのに戦う道を選んでしまった)
「あたしもあたしも!」
棗が楓から降りて譲葉の隣に回り込み、差し出された譲葉の手首を掴んで振り回す。
(――でも、自分の気持ちに嘘はつけないな)
自分に力がないことを、楓は家を出る直前まで自覚していた。それでも、ナイトメアの気配に黙っていられず、家を飛び出した。
ナイトメアの前に倒れる同級生を助けたかった。それが、普段学校で楓の気持ちを憂鬱にさせるような相手であっても。
それが、楓の正直な気持ちだ。
そして、楓は譲葉と棗を交互に見やる。まっすぐに見つめてくる、美しい森のような緑の瞳。強気に笑う、真夏の海のような青の瞳。
(それに、ゆずとめーちゃんが一緒なら)
きっと、うまくいく。
楓はおずおずと右手を出して、譲葉の手を取った。棗が上から手を重ねて、がっちりと固める。譲葉の手は冷たく、棗の手は温かい。温度が混じり合う感覚に、楓は不器用な笑みを形作った。
「……私怖がりだから、足引っ張るかもしれないけど……よろしくね」
譲葉は楓の返事に至極満足気に口角を上げて唇で三日月のような弧を描き、首を上下に大きく一回降って頷いた。
棗は手を離してから、クラッカーが弾けるように何度も跳びはねて、くるくるとターンした。
「ヒャッホー! 今日はでんでんに会えたしでんでんが仲間にまでなっちゃったしめっちゃいい日だ!」
「そうだね~、これでやる気ひゃくばいだ~」
「缶ジュースで乾杯しよ! ゆずのおごりで!」
「がってんだ~……ってわたし今おかねもってないのしってるよね~?」
笑い合う譲葉と棗。楓の視界に二人が収まっている。かつてはいつもの光景だった。いつしか手放してしまった優しい日常が戻ってきた、そんな気がする。
そこにライチが飛んできて、声をかけた。
「今日の仕事はまだ終わってないわよ、アンタたち。でもあと少しだから頑張りましょ! 譲葉、棗、それから……楓!」
ライチに指を差される。さっき初めて出会った時にライチに差された指は、脅威の存在を楓に教え、楓を不安にする指だった。けれど、今は。激励と、信頼の指だ。胸が熱くなった。
ライチの言葉を受けて、譲葉と棗がおー、と声を上げて拳を突き上げる。
譲葉と棗の向こうで、扇を開いたアカザも微笑んでいる。
楓は目の前に広がる景色を見つめて、今日初めて心からの笑顔を見せた。
空にはほんの少しだけ欠けた月が浮かび、満天の星々が少女たちの姿を見下ろしていた。
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