1話 ガーディアンガールの6月1日

1 少女と夏服の朝

 ウィンナーの焼ける香ばしい匂い。

 両手サイズの木のボウルにたっぷりよそった生野菜のサラダ、長皿に綺麗に並んだしらす入りの卵焼き、こんがりきつね色に焼けたトースト、グラスに牛乳、それから醤油をからめて焼いたウィンナー。

 赤見内あかみない家の朝食は、だいたいいつもこんな感じだ。


「早いなあ。昨日入学式だったのに、もう夏服か」


 焼けたウィンナーをフライパンから皿に転がしながら父がオーバーなことを言うので、かえでは「いやさすがに昨日は大げさだよ」と返しながら、まだ5月になっていたカレンダーをびりりとめくった。

 今日から楓は夏服に袖を通す。半袖の白いシャツ。学年色の茜色のリボン。それから冬服と同じ、赤いタータンチェックのスカート。胸ポケットには校章が刻まれている。肩につかない程度に切り揃えられたミディアムヘアが歩くたびに揺れる。

 一方の父はネイビーのTシャツにピンクのエプロンを身に着けている。その胸元にはどでかい子虎のアップリケ。ポケットに父の名前がローマ字で「SHION」と刺繍されている。寅年生まれの父・紫苑しおんのために、小学生の楓が家庭科の授業で作ったものだ。中学生の頃は恥ずかしいから着るのをやめてと言っていたが、もう慣れた。


 食卓につこうと椅子に手をかけると、フライパンを置いた紫苑が楓の全身をあらゆる角度から眺め回しにかかった。それから眼鏡を片手で持ち上げて、

「うーん冬服も良かったが、夏服もよく似合ってる。俺の娘が今日もかわいい」

 などと言うものだから、楓は半笑いではいはい、と返事をして椅子の背もたれに背をくっつけた。

「いただきます」

「どーぞ、召し上がれ」




 ようやく履き慣れてきたダークブラウンのローファーを靴棚から取り出し、足をおさめて立ち上がる。

 見送りの紫苑ちちがランチバッグを手渡し、楓はありがとう、とそれを受け取った。

「今日はちっと出るから、帰っても父ちゃんいなかったらよろしくな」

「わかった。寝癖は直して行ってね」

 そう言うと、寝癖だらけの父は天然パーマの頭をかきながら笑った。




「じゃあ、行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

 重たいスクールバッグを肩にかけ、父に見送られて外に出る。

 振り向くと、2DKの賃貸アパートの扉からひょっこりと姿を出した父が、笑顔で手を振っている。

 楓は控えめに手を振り返すと、背を向けて歩きだした。




 快晴だ。


 だが。

 学校に向かう楓の心の中には――少しずつ曇がかかってくるのだった。

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