第7話 おいしいもの
私と学くんは、その後、付き合い始めた、ということもなく、あいかわらず幼なじみのままだった。
代わりに、ということでもないけど、小林くんと深海さんが付き合い始めた。小林くんが深海さんに謝りに行った事が、付き合うきっかけになったようだ。
私達4人の関係は、高校、大学をへて、社会人になってからも続いた。
私と学くんは卒業後、出版社に就職した。つまり、保育園から、就職先までいっしょということになる。みんなからは、そんなにいっしょにいて嫌にならないか、とよく聞かれるが、私も学くんも、いっこうに平気だった。逆にいっしょにいないと、おかしい感じがするぐらいだ。
何人かの作家を担当し、いくつかヒット作を出した後、小林くんと深海さんを誘って、私と学くんは独立した。
小林くんの誰とでも仲良く慣れる調子の良さは、気難しい作家さんや、こだわりのある書店員さん相手に、もってこい。
深海さんのセンスの良さは、装丁を良くするのに絶対不可欠。どんなに、中身が良くても、手にとってもらえなければ、意味がない。
「素材の味がわかるからって、作家の卵が発掘できるのかしら?」
応募作品に目を通しながら、深海さんが疑わしげな口ぶりでたずねる。
「どういうわけかわからないんだけど、学くんが面白いと思った作家は、その後、ヒットするの」
と私が答える。
「本当? 大手の出版社が出せば、どんな作家でもそこそこ売れるでしょ? 学くんの力とは限らないんじゃない?」
まぁ、そう言われると、そうかもしれないけど。
「しかし、ラブコメってのは、みんな同じような話だな。親友が突然女の子になるとか面白いのか? これで10作目だぞ」
小林くんが呆れたように言う。
「主人公のライバルが、美人で金持ちというのもワンパターンね。そもそも、育ちがよかったら性格もそんなに悪くならないでしょ。オリジナリティを出すために、美人で金持ちの女の子を主役にして、パッとしない女の子をライバルにし、最後は、美人の女の子がハッピーエンドってのはどう?」
そんな話、誰も読まないよ。読者が望んでいるのは、地味でパッとしない女の子が、幸せになる話なんだから。
「なんて面白い作品なんだ!」
学くんが大騒ぎしている。それは、私達3人がボツにした作品だった。確か、ドジな女の子が、遅刻しそうなので、学校に行こうと走っていると、角から飛び出してきたイケメンとぶつかる、という話だったような……。
「本当に面白い?」
と私が聞くと、
「めちゃくちゃ面白い。特に代わり映えのしない主人公だが、ピカッと光るものがあり、定番のストーリーの中にも鋭い切れ味がある」
と自信満々で答える。
「まぁ、学は恵のいいとこ見えてたんだから、見る目はあるんじゃねぇの」
と小林くんが言い、
「それもそうね」
と深海さんも同意する。
「お、その弁当うまそうじゃん」
小林くんが私のお弁当を見て言った。
「お前、料理うまくなったよな」
そう、私はあの日以来、なぜか、料理の腕が上達した。
最初は、まぁ食べられるくらいの普通の味。そして、だんだんとおいしくなり、今では、お母さんと同じくらいまで上達した。それまで、こわごわと食材にさわっていたのが、「ちゃんと筋を通した」ことをきっかけに、素材を自信をもって扱えるようになったからかもしれない。
「素材の味がわかる男と、素材を活かせる女か。なんか、いかにもラブコメって感じね」
と深海さんが言った。
さすが深海さん、うまいこと言うな。
学くんの見つけた
おぉ、なんかいい感じだ!
もし、出版社がうまくいかなかったら、中華料理屋でもひらくかな。おいしいチャーハンを売りにして。
- 終わり -
味おんちの学くん 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969
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