第6話 もっとまずいチャーハン
落ち込んで学校から帰ってきた私に、お母さんは何も聞かなかった。そして、紅茶を入れてくれた。
「あの中華料理屋さん、とうとう、つぶれちゃったね」
とお母さんが言った。
「そりゃあ、あんなにまずかったら潰れるでしょ」
と私は言う。
「あの店は、食材は本当に良いものを使ってたのに、料理人の腕が悪かったのが残念よね」
とお母さんが言った。
「食材は良かった?」
「そう、サラダとかは美味しかったんだけどね。チャーハンとか、技術が必要なものは全然駄目だったね」
サラダは美味しかったのか。学くんと行った時は、チャーハンしか頼んだことがないからわからなかった。
「オーナーが凄いこだわりを持ってて、有機野菜を使ったり、肉も直接契約で仕入れてて、食材のコストが結構、かかってたらしいわ」
そうだったのか。でも、いくら材料が良くても、料理が美味しくなかったんだから、しようがない。
そう思った時、ふと、ひとつの考えが頭にうかんだ……。
潰れた中華料理屋は、オーナーが代わった後、また、新しい中華料理屋として、開店した。私は、学くんを誘って、その店をおとずれた。
「この前は、ごめんね。今日は、お詫びに私がおごるから」
「ありがとう」
私と学くんの間には、あの日以来、気まずい雰囲気が流れていた。
二人とも黙って料理が来るのをまっていると、チャーハンが運ばれてきた。
まずそうなチャーハンが。
チャーハンをレンゲですくって食べる。
まずい!
口の中に含んだ瞬間、ねっとりと絡みつく、ぐちゃぐちゃの物体。
一口食べるごとに、火が通らずに冷たかったり、焦げたりしている焼きムラ。
全く味がしないと思うと、強烈なしょっぱさが味を刺激する塩の塊。
以前の店と変わらないまずさ!
「どう?」
チャーハンを食べている学くんにたずねた。
「まずい! なんだ、このまずいチャーハンは!」
やっぱり。
「コメの味がおかしい。チャーシューに使っている肉もまずい。ネギなんか、そもそも味がしない」
学くんが、いかにまずいかを詳細に語る。
「本当に、まずい?」
「まずい」
「本当に、本当に、まずい?」
「本当に、本当に、まずい」
「よかったー」
どういうわけか、わからないけど、学くんは調理後の味でなく、調理前の素材の味がわかるのだ。
わたしがバレンタインで作ったチョコの材料は、『セルモン』の本店が使っているのと同じチョコだった。日本支店では、バレンタインデーの時、材料が足りなくなり、一時的によそから仕入れていた。パティシエのカルダンは、ほとんど味は変わらないと保証していたが、味の違いがわかる人間がここにいた。
学くんは、本当に私のチョコがおいしいと思っていたのだ。無神経だったことには変わりないが。
この店のオーナーが変わったと聞いて、きっと、食材費を削減するだろうと考えたが、思ったとおりだった。
私は、ふと鋭い視線を感じて、顔を上げた。
鬼のような形相をした、料理人がにらんでいた。
そもそも、この店、食材変えるより、料理人変えた方がいいんじゃない?
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