十二.真相述懐


 医者という職業柄かラディアスの対応は素早く的確で、赤ん坊は今は産着に包まれて、なぜかジンの膝に収まっていた。ヒビキは興味が尽きないのか、覗き込んだり話しかけたりと夢中になっている。

 本人ラディアスはといえば、ベッドに座らされてドレンチェリーの尋問を受けている最中だ。


「ホンー……っとにアンタって、懲りないわねぇ」


 ハスキーヴォイスが、凄みのある低い声に変わっている。美女の額には青筋が浮いていて、ベッドの上、目を丸くしてじりじり下がるラディアスを追い詰めるように、にじり寄っていく。


「……スミマセン」

「その気もないのに謝るンじゃないわよ、まったくもぅ。魔法封じシーリング・ルーンだけでなく、行動制限も必要? ――言っとくケドここは場所柄、殺さない程度に痛めつける方法なんて、幾らでもあるんだからねぇ?」


 ちらちらとジンは二人をうかがい見ている。人の好いこの剣士は、ドレンチェリーの剣幕で赤ん坊が泣くのではないかと気が気でないらしいが、吐かせてこいとロンから直々に言われたため退室するわけにもいかず、ここにいるわけだ。


「悪いとは思ってますよー。けど、習性なんでどうにも」


 ぐいとドレンチェリーの指が、ラディアスの顎を捕らえた。


「殴る蹴るばかりが拷問じゃないのよぉ? ボウヤ」

「―――……ゴメンナサイ」


 こんな状況でも彼の目は、どこか懐っこい。あるいは本当に無自覚なのかもとあきらめ半分、どうせなら泣くまで可愛がってやろうかしらと残酷な衝動、半分。

 ジンが赤ん坊を抱きあげヒビキを急かして、こっそり扉から出ようとしたその時。

 彼らが開ける前に扉が開いて、二人は一瞬固まった。

 入り口に立っていたのは、瑠璃の双眸と濃灰の髪の獣人族ナーウェア。彼はジンを見あげ、彼の腕の中の赤ん坊を見、ヒビキを見おろし、そしてベッドの二人に目を向け言った。


「そいつは痛覚が麻痺しているから、無駄だと思うぞドレンチェリー」

「……アンタもつくづく侮れないわねカゲヌイ、……いえ、グラッド。どうやったら、あの部屋からここまで嗅ぎ付けられるのか、知りたいモンだわぁ。黒サマとの話し合いはついたの?」


 ジンが場所をよけたので、グラッドは部屋の中に入って来た。ドレンチェリーはラディアスを解放し、乱れた髪を撫で付けながらベッドから降りる。


「犬扱いされてもどうこう言える立場で無いのは承知だが、さすがに不便でな。『ロン・クリシュナの口述命令に逆らうな』の【制約ギアス】を条件に、今のところ仮釈放だ」

「あら、アンタそれを受け入れちゃったワケ?」


 驚くドレンチェリーの横、ラディアスがベッドの上を這って端まで来ると、グラッドを見あげた。


「仕方ないだろう、この馬鹿にこれだけ懐かれてしまって、《黒鷹》どころかゼルスまで道連れにされそうで、怖くて死んでられるか」

「――しないよそこまで」


 曖昧に笑う容疑者を、グラッドは瞳を眇めて睨む。


「嘘をつけ、前科者」

「ホント、フラフラ落ち着き無くって人懐っこいクセに、呆れた腹黒さよね」


 ドレンチェリーも腰に手を当てラディアスを睨む。彼は二人を見あげ、にぃと笑った。


「何だって利用するさー。外道と罵られても、どんなキライな相手でも、大事なモノ失うくらいならどんなにだって卑怯になれる」

「おまえ、いつだったか真逆なこと言ってなかったか?」


 怒る気も失せたグラッドの呟きに、あ、とドレンチェリーは声を上げた。


「グラッドもいてちょうどいいわぁ。もうなんとなく読めてはいるケド、この際だから白状なさい? これ以上、だんまりだったりはぐらかすんなら、魔法でも自白剤でも使って、強制的に吐かせるわよ」


 グラッドは無言で、その場の床に座り込んだ。ちらりと、ジンの腕に抱かれている翼族ザナリールの子を見る。


かえったんだな」

「ああ、女の子だった」


 ラディアスが答えてベッドの上からジンを見、子供みたいな笑顔で手を出した。ついジンが赤ん坊を手渡せば、彼は幸せそうに子供を抱きしめる。


「そのコ、アンタの子でもグラッドの子でもないんでしょ?」


 ドレンチェリーが問う。ラディアスがうなずいて、グラッドは重く息を吐いた。


「黒鷹が、権力と金にモノを言わせて女を弄ぶような男だったら、仇討ちという名目でいいと思ったのさ。――だがあの男、確かに節操はないが、そういう非道さはない。それを確かめたかったんだ」


 黙って続きを待つドレンチェリーと、真面目な面持ちで彼を見るラディアスの視線を受け、グラッドは低く言った。


「ロン・クリシュナには言わないでくれるか?」

「んー……、内容にもよるけど、アンタがそう言うくらいだから、考慮はするわ」


 彼はうなずき、そして囁くように声を潜めた。


「彼女は、自殺だ」





 その言葉は意外ではなかったのだろう、ラディアスはほとんど表情を変えず彼を見ている。ドレンチェリーはその彼の隣に腰を掛け、足を組んだ。


「ナイフで心臓を一突き、でしょ? それも切っ先が背中に貫通するくらい。よほどの殺しのプロでもなけりゃ、無理よねぇ」


 瑠璃の両眼が一度瞬き、彼は言葉を続ける。


「ラディアスと店に行って話を聞いた時、血の臭いに混じっていたのは奴の匂いだった。はじめは誰の血か分からなかったが、話を聞いて彼女の血だと確信した。だから私はその時、奴が彼女を殺して無理心中を図ったのかと思ったんだ」


 そこで言葉を止め、グラッドは瞑目めいもくした。


「奴――……って、もしかしてアンタの捜し人?」


 首肯し、彼は目を開ける。


「店主も恐らくそうだと思ったんだろう。だから《闇の竜》という言葉を出したのだと思う。……もしかしたら、遺体を夜の内に火葬したのは、証拠を消して奴を庇うつもりがあったのかもな」


 憶測に過ぎないが、追求する程のことでもない。グラッドは先を続ける。


「それでも宝玉の行方と、ラディアスが押し付けられたタマゴの意味が分からん。それで、私は明け方前、おまえが寝ている間に《闇竜》のアジトに一度戻って、宝玉の効果を調べてきたんだ」


 そういえば襲撃の時グラッドは、ドレンチェリーには聞いた宝玉のことをロンには聞かなかった。恐らく直に相対したその時に状況を把握したのだろう。

 ロンと一緒にいたジンもこの話は初耳だ。ヒビキを撫でながら耳を傾けている。


「何の事はない、一種の暗殺具だった。私の持っていた『追跡の地図』と併せ、三つ一組の風魔法の術具らしい」


 捕らえられた時に取り上げられただろう『追跡の地図』は、対象の居場所を捜す【位置確認ロケーション】の魔法道具だった。グラッドは説明を続ける。


「追跡、殺害、脱出の魔法道具。【位置確認ロケーション】の『追跡の地図』、【脱出エスケープ】の『風魔の翼』、そして【一撃死クリティカル・ショット】の『死の導き』――だ」


 ラディアスが無言で、幼子を抱く手に力を込めた。ドレンチェリーは指を顎に添え、考え込むように尋ねる。


「でも、それを使って男が彼女を殺したって可能性は?」

「非力な女を殺すためなら、《闇竜》を裏切ってまでそれを盗み出す意味はないだろう。……それに、あの宝玉は三つ共が全く同じ大きさ、色で、見た目の区別が全くつかない上、発動キーワードも書面に記されてはいないんだ。風精霊にでも聞かねば見分けることはできないさ。奴は水属性だったし、キーワードを知っているはずもない」

「まぁ、疑ってくとキリないわね、こういうのは」


 ドレンチェリーはそう言って足を組み替えた。憶測混じりとはいえ、グラッドが当人たちと親しく、宝玉についてもしっかり調べているのは本当だ。

 グラッドは言葉をまとめるように目を閉じて少し黙り、そして続ける。


「奴は、黒鷹の目から逃れて彼女と逃げるため、宝玉を盗み出したんだろう。だが、恐らく彼女は逃亡を望まなかった。逃げ切れないと考えたか、黒鷹の報復が奴に及ぶのを危惧したのか――……、理由は幾らでも考えられるが。いずれにせよ彼女は、自分の子を奴に預け、『死の導き』を読み解いて、【一撃死クリティカル・ショット】で自らの命を絶ったんだ」


 重い沈黙が張り詰める中、小さな翼族ザナリールの赤ん坊はおとなしく眠っている。誰もなにも言わなかった。――言えなかったのかも知れないが。


「《闇の竜》内で、《星竜》への警戒は強い。奴はきっとどこかでラディアスを見て、正体に気づいたんだろう。あるいは彼女が死の前、奴に頼んだのかもしれん。奴は夜の内に忍び込んでこいつの枕元に彼女のたまごを置き、その足で『ブレシング・ガディス』に侵入し、ロン・クリシュナを暗殺しようとして――……」


 再度、瞑目し、グラッドは続ける。


「奴自身の技量は大したことないが、暗殺特化の宝玉持ちだ。黒鷹は殺意のない相手を殺したりはしないが、牙を剥く者に容赦もしない。だから、狩られたのだろう」


 ドレンチェリーが無言でジンを見、剣士はそれに肯定の意で頷いた。


「……で、アンタはその敵討ちに来たってワケ?」


 問われて、グラッドは小さく笑う。


「ロン・クリシュナがろくでなしなら、それでいいと思ったさ。……が、相対して思ったよ。本当の愚か者は、私だ」


 薄く目を開き、言葉を続ける。


「後悔などいつも、失くしてからだ。止めるにしろ力添えるにしろ、出来たことはあったはずなのにな。私は何もせず、みすみす二人を死なせてしまった。死んで詫びるなどという殊勝な思いも、奴の仇を討とうなどという烏滸おこがましい事も、私に語る資格はない。単純に生きる意味がなくなった、ただそれだけの事だったんだ」

「……でも、ロン様ってそんな、死ぬくらいイヤなヒトじゃないのになぁ」


 ヒビキがぽつんと呟いた。グラッドは小さく息を吐く。


「それは、各自のわずかずつの無知が招いた悲劇だ。そもそも彼女が家族も自分自身の自由も失ったのは、村を滅した吸血ヴァンパイア魔族ジェマのせいだったのさ。だから彼女は、吸血ヴァンパイア魔族ジェマの客を取ることだけはしなかった」


 ラディアスの表情が険しくなる。カミルのことを思い出しているのだろう。


「黒鷹はその事を知らず、彼女と店主はロン自身の本質を知らず、私は黒鷹が吸血ヴァンパイアの部族だと言うことを知らなかった。その結果、彼女は死を選ぶほどに思い詰めてしまったのだと、これは憶測に過ぎないが」

「――そうだったの」

「出来ればこの事実は、黒鷹には言わないでくれるか。どこかから伝え聞いてしまう可能性もあるが、知らずに済むならそれに越したことはない」


 そこまで話して、グラッドは疲れたようにため息を吐き出した。


「これが、私の知っていた、事実だ」


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