十一.薄藍の小鳥


「っへぇー!! 星竜って、あのウワサの《星竜》だろッ!? すっげーな、ホントにいたのかよ!」

「ウワサってどこの噂だ? ヒビキ。そんなに大騒ぎするほどでもない、普通の魔族ジェマの男だったぞ」

「で、で、ジンさんそいつを得意の居合い切りで一刀両断したんだろ!? それでも死なないなんてすげぇな! 不死身の星竜!!」

「……だから、それはどこのお伽噺とぎばなしだ?」


 廊下に反響するほど騒々しく言い合いながら、ジンは赤髪の獣人族ナーウェアの少年を伴って、ラディアスのいる部屋に来ていた。重傷で動けないとはいえ重要参考人だ、監視を緩めるわけにもいかない。

 ――が、彼がいるはずの部屋に人の姿はなく、黒曜石の剣がベッド際に落ちているだけだった。ヒビキと呼ばれた少年は不思議そうにジンを見上げる。


「あれー? ドレン様連れてっちゃったのかなぁ」

「……いや」


 ジンはベッドの側まで歩いていくと、断ち切られた魔法製の鎖を手に取った。

 引っ張ってみれば、片方の端はベッドの足に繋がっていたが、魔封じ効果のある手錠部分はなくなっている。


「この剣で鎖を切ったのか。……相当強い魔法効果のある剣なんだろうな」

「えっ、脱獄!?」


 色めき立つヒビキの頭をてのひらで押さえ、ジンは困ったように笑った。


「これでは魔法は使えないだろうに。ロン様と遭遇する前に見つけだして連れ戻さないと、またロン様の機嫌が大暴落しそうだ」

「うへぇ、ロン様そいつのこと相当嫌ってンの?」


 興味津々のキラキラ目で見上げるヒビキ少年に対し、ジンはむぅ、と複雑な顔で唸る。


「……嫌っているというか」


 確かに嫌ってはいるのだろうが、そう言うことより。


真面まともに会話したことがないからまだ何とも言えんのだが……、逆撫でするのが得意そうな気がするんだ」

「つまり、命知らずって事?」


 眉を寄せて尋ねたヒビキに、ジンはうむ、と渋面でうなずいた。






 別に、逃げようとしていたのではなく、グラッドを捜していたのでもない。まっすぐ歩くだけでも目眩が酷かったし、手錠のせいで魔法が使えないのも分かっていたので、まだ無理だろうと考えただけのことだが。

 方向感覚はそれなりにあるので、内部構造は分からなくても自分が大体どの辺にいるかは把握していた。外を確認できれば完璧だが、この階に外へ通じる窓はないらしい。

 恐らく中枢に近く、重要機密が集中しているのだろう。


 床はタイルではなく絨毯で足音を吸い込むため、ラディアスは背後に近づいた気配にまったく気づかなかった。

 いきなり横から伸ばされた手に首をつかまれ、叩きつける勢いで壁に押し付けられる。


「貴様、此処で何してる……!」


 真正面に立ち、右手で喉を締め付け自分を見下ろしているのは、《黒鷹》の頭、ロン・クリシュナだった。

 したたかに打った後頭部と背中の鈍痛に加え、喉を圧迫され、呼吸が止まって返事ができずにラディアスは彼を見上げる。

 わずか、指の力が緩められた。


「不愉快だぞ貴様。勢い余って俺様が絞め殺してしまわん内に、どこへなりとでも失せろ」

「……やだよ」


 かすれる声で答え、ラディアスは青灰色の両眼でロンを見返した。ぎり、と首を絞める力が増す。


「ほぅ? では此処に居着くつもりか? おまえみたいな役立たずに食わせる物も、養う金も無いぞ。勝手に構内で彷徨って行き倒れて野垂れ死んでしまえ」


 ちり、と鎖が鳴って、細い両手が首を絞めるロンの右手をつかんだ。


「いやだ、ここでは死なない……、放してくれ大将」

「貴様、自分の命を餌に白き賢者を誘き寄せ、ここを潰す気だったろうが」


 怒りを通り越したあざけりをにじませ、ロンが凄む。ラディアスは苦しげに瞳をすがめ、呻いた。


「……だって、あんたたちこのコの母親殺したから」

「何?」


 途端、ロンの表情が変化した。

 言い方は抽象的だが、言外に含められた意味に気づかぬはずもない。


「あれは《闇の竜》の仕業だろう! 言い掛かりも大概にしろこの外道」

「あんたが追い詰めたんじゃないか……っ」


 ぎりぎりと力を込められて、ラディアスの声がかすれる。ロンの腕に爪を立てて外そうとするが、非力なためまったく抵抗できていなかった。


「誰に言われようと、貴様に言われるのだけは我慢ならん! このまま生死の狭間を飽きるほど味わわせてやるから、感謝するんだな死にたがりめ」

「……っは、……――っ」


 右手で首を押さえつけたまま、ロンは左手で彼の襟もとに手を掛け、薄い部屋着を引き裂いた。そして、転がり落ちた布包みをつかみ上げる。


「おまえは彼女の何だ?」


 答えられる状態にはない彼の両眼が自分を睨むのを悠然と見下ろし、ロンは右手を放した。くずおれた途端鳩尾を強く蹴られ、ラディアスは呻いてその場にうずくまる。


「とにかく、いろいろと不可解だ。影縫カゲヌイも肝心なことは頑として口を割らんし、幾ら辛抱強い俺様にも限界はあるぞ」

「……、…っ、――かんねー、…から、仕方…ねーじゃん……、…っ」


 ぜいぜいと荒く息を吐きながら、ラディアスは這いずるように上体を起こしてロンを見あげた。


孵化ふかが、……近いんだっ、俺の子じゃ、ないって」


 片眉を上げ、無言で見おろす黒鷹の両眼を見あげて、大きく息を吐き出す。


「返してくれ……」

「なら、誰の子だと……、――!?」


 不自然に言葉が途切れたロンを見あげ、彼は目を見開いた。どこから絞り出したか分からない勢いで立ち上がると、彼の手から包みを奪い返して、また座り込む。


「ッ貴様」

「待て…って、……頼むっ、あとで幾らでも、殴られに行くから……っ」


 膝の上に布を広げ取り出したタマゴの頂点付近には、亀裂のようなヒビが入っていた。ロンが、少しだけ表情を緩めてそれを見おろす。


「孵化、……か?」


 ぴし、と破片が飛び、ぱきりと亀裂が広がった。その隙間から覗く、白いモノ。

 無言で見守るラディアスと、同じく黙って見ているロン。ぱこ、と音がして、タマゴが縦にぱっくりと割れた。

 そこにうずくまっているのは、全身を湿った白い羽毛に覆われた、雛鳥。

 ラディアスのてのひらが、すくい上げるように雛鳥を抱き上げる。

 途端、ぽ、っと光って、雛鳥は姿を変化させた。背中に小さな羽のある、青い髪の赤ん坊の姿へと。


「ふぃ……ぁぅ」


 不思議そうに発された、幼い声。

 誕生したての人間フェルヴァーの子より、幾らか成長している姿だ。翼の羽毛は生え揃ってはいないが、短いながらも髪があって目も開いている。

 ラディアスは、ロンに裂かれた部屋着をそのまま裂いて、小さな翼族ザナリールの子に被せて抱いた。大きな空色の目が不思議そうにラディアスを凝視している。


 なんだか毒気を抜かれて立ち尽くしているロンの元へ、その時ちょうど、ジンとヒビキが走ってきた。

 ジンはロンの前に片膝をつき礼を取るが、ヒビキはラディアスと赤ん坊を見て素っ頓狂な声を上げる。


「うっはぁ、赤ちゃんだッ、すげーっ!!」

「ロン様、これは一体……?」


 ジンに問われ、黒い魔族ジェマはふん、と腕を組んで視線を向けた。


「俺としてはいい加減、真相究明と行きたいのだが? ジン、あの腐れトカゲを締め上げて洗いざらい吐かせろ。泣き落としだろうが拷問だろうが、どんな手段を使っても構わん、魔法なり薬なり――……、くそ、苛々する」


 既に床にしゃがみ込んで赤ん坊に夢中になっているヒビキを見、苛々度イライラゲージが振り切れそうなロンを見て、ジンは笑うように口もとを和ませる。


「――承知致しました、ロン様」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る