十.狼の交渉
「もーぅ、結局アタシが
ベッドに寝かせられたラディアスの横、ドレンチェリーは長い足を組み、少しだけ不機嫌を
ラディアスは自分の手の甲を額に押し当て熱を測るような姿勢のまま、ぼぅっとした目で彼女を見る。手首に繋がれた魔法を封じる手錠と鎖が、しゃらりと冷たく音を立てた。
「……スミマセン」
「まぁね。
「……グラッドは?」
「牢にいるか黒サマの部屋で首輪に繋がれてるか、どっちかね。結果的にカゲヌイを生かしたまま捕獲できたし、アイツ相当、狼サンが気に入ったみたいだから、良かったんだか悪かったんだか分かんないけどぉ」
それを聞いて沈痛な表情で黙り込むラディアスを見、思い出したようにドレンチェリーは言った。
「そうそう、あと、これアンタのでしょ? 服の中に後生大事に抱えてたみたいだけど、占いの水晶か何かなワケ? ジンちゃんの刃でちょっとキズできちゃったけど、割れてはいないみたいねぇ。良かったわね」
ベッドの傍らに、立て掛けた黒曜石の剣とタマゴ型の水晶の塊が置いてある。彼は笑うように表情を緩ませ手を出した。
「……ありがと」
ドレンチェリーに手渡して貰ったそれを胸の上に乗せ、安堵したようにそっと撫でる。彼女は怪訝そうに首を傾げた。
「ほんと少しだけ魔力を帯びてるけど、なんなのソレ。純度が高い割に芸術品でもないみたいだし」
「んー、これねー」
ラディアスの手が撫でた場所から、水晶の透度が変化した。内側から色づくように、それは空色の殻に包まれた本物のタマゴに変わってゆく。
「
「ふぅん。便利ねぇ」
「あんまり使いたくないんですけど、……その分時間が止まっちゃうから」
小さくは無いがさほど大きくもないそれを毛布の中に抱き込んで、薄く目を閉じる。ドレンチェリーは呆れ顔だ。
「カゲヌイが帰れ帰れ言ってたワケが分かったわ。裏の住人でもないクセに、
「……スイマセン」
「反省してないわね、アンタ」
ラディアスは無言で、半分閉じかけた青灰色の目を向ける。それをしげしげ眺めて彼女は言った。
「はじめ見たときは、野暮ったい格好の上、センスの無い服! ……で気づかなかったけど、こうしてみるとアンタ、綺麗な顔してるわねぇ」
「……
「あら、お褒めアリガト」
ふふんと、ドレンチェリーは笑う。
「なるほどぉだから、白き賢者が気に入るワケね。まったく、《星竜》の警告がこういう事だったなんて、今まで考えもしなかったわよ。手を出すな、じゃなく――……、関わるな、ってね」
答えを避けるように視線を逸らす
「死にたい――、そう言ったそうねアンタ。……アンタが
「……さぁ」
ラディアスは曖昧に笑う。それはどこか泣きそうな表情だった。
「まぁ、いいわ」
ドレンチェリーは手を離し、立ち上がる。
「とにかく、しばらくそうしてなさいな。カゲヌイが言ってたわよぉ」
「……グラッドが、なんて?」
彼女は、艶めいた唇を引き上げ、笑った。
「あいつは寂しがりだから、動けない今の内に徹底的に可愛がってやれ。そうすれば懐いて、もう二度と《星竜》は《黒鷹》に害をなさないだろう――…ってね。見抜かれてンじゃないの? アンタ、彼に」
「……っの馬鹿」
呻くように呟いて、枕に顔を突っ込んでしまったラディアスを見、ため息ひとつ吐きだして、ドレンチェリーは部屋を後にした。
「どうだ、そろそろ俺様の下で働く気になったか? グラッド」
銀製の首輪と鎖に繋がれふて腐れたように伏している黒銀の狼を、執務机に頬杖をつき飽きもせず眺めながら、ロン・クリシュナは楽しげに今日何度目かの台詞を口にする。
『貴様もしつこいな。私に構ってる暇があるなら、仕事に戻れ』
これまた本日何度目かのつれない答えに、ロンは不満そうに眉を寄せた。
「死ぬ気で来たというのなら、《闇の竜》に戻る気はないのだろう? 獣は打ち負かされたら負かした相手に従うのが道理だ。死ぬくらいなら俺に従え」
襲撃の目的についても繰り返し問い質しているが、頑としてグラッドは口を割らなかった。いい加減面倒になって、『死に場所に選んだ』を前提に先程から話している。
狼は頭を上げ、瑠璃の瞳で黒い
『ラディアスはどうした?』
途端にロンの顔が、あからさまに不愉快そうになる。
「あの医者はドレンが連れて行ったな。本当なら、もう二度と視界内に現れぬよう、アセーナ湾にでも沈めてやりたいところだ――……、まぁ、そこまではしないが」
『……おまえも、好き嫌いのはっきりした男だな』
ため息のように息を漏らして、グラッドは鎖を鳴らしながら立ちあがった。
『私はあいつに生き方を教えると約束したんだ。それを違える気はない。……そうだな、《黒鷹》があの火種を懐に抱え込む度量があるなら、私はおまえに忠誠を誓ってもいい』
「――ほぅ?」
黒い
「何故そこまであの男に入れ込んでいるのかは、非常に興味があるが。貴様、囚われの分際で条件付けか?」
瑠璃の瞳は相変わらず穏やかだ。
『好悪の情を別にしても、《星竜》に連なる者を手懐けるのは《黒鷹》にとっても悪いことではないだろう。違うか?』
試すような問いを受けて、瞳に剣呑な光を宿らせながらもロンは口の端をつり上げ笑う。
「面白い。ではそうしようではないか」
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