運命の分かれ道。

タッチャン

運命の分かれ道。

彼は左手の薬指に収まる指輪を光らせながら大きな花束を持って帰路についていた。

その花束は白薔薇、淡いピンク色のスイートピー、

ピンク色のカーネーション、同じ色のガーベラ、

かすみ草、紫色のトルコギキョウ等、様々な花が使われ、豪華であり、でもどこか落ち着いた雰囲気がある花束だった。

それはまるで結婚記念日に妻に送るには最適な色合いであった。


彼の足は駅に着いていて、いつもの片道切符を買い、電車に乗り込み、いつもの座席に腰を下ろした。

彼は電車に揺られながら、頭の中で妄想を膨らませていた。

この素敵な花束をアイツに見せたらどんな顔をするのだろうか、とか、嬉しさの余りいきなり抱きついてくるのではないか、いや反対に驚いて嬉し泣きをするのではないか、など無限と思われる妄想に浸っていた。

電車は目的の駅で止まり、彼は舞い降りる。

浮き立つ心を押さえながら足早に部屋へ向かった。

ドアの前に立つと、彼はネクタイを片手で閉め直し、

もう一度花束を見つめた。

その眼差しはとても優しさと愛情に満ちていた。

沸き立つ妄想を振り払いながらドアをノックする。

中から聞き慣れた声が彼の耳に降り注ぎ戸が開く。


ドアを開けたのは妻では無く愛人であった。


世の男性諸君よ、切に懇願する。やめてくれ。

愛する人を裏切ってまで快楽に溺れたいのか?

貴方の帰りを待つ妻はどんな思いで一人、2人の思い出が詰まった部屋で佇んでいるのだろう。

何度も何度も時計を見ては、貴方が無事に帰ってくるのを心から祈っているのではなかろうか。


花束を愛人に差し出した彼の顔は、照れ臭さとこれから起こる素敵な夜を期待している表情であった。

愛人は嬉しさの余り彼に抱きついた。

彼の妄想通りに事は進んでるのだ。

靴を脱ぐのと同時に左手に収まる指輪を外してポケットの中へ滑らせた。


世の男が浮気をするとき指輪を外すのは以下の事が考えられる。

1つに罪悪感が少なからずある場合。

妻への罪悪感から逃れる為に指輪を外すのだ。

2つ目は──これが一番厄介だ。卑劣なのだ。

浮気相手に平気で嘘をつく。

自分は独身だとどこから来るのか分からない自信を持ち出して宣言するのだ。

悲しい事に彼は後者だった。


彼と愛人は何度も朝を迎えた彼ら専用のベッドに腰掛け、じゃれあっていた。

これから始まる甘美な世界に二人で旅立つ準備をしているとドアが勢い良く開かれた。


皆さんの想像通り、堂々たる妻の登場であった。


彼の思考は完全に止まる。完全に。

目の前の現実に頭が追い付かないのである。

彼が口を開きかける前に妻は言う。

「何やってんのよ!その女は誰よ!」と。

妻の恐ろしい表情を初めて見た彼はただただ呆然としていた。

愛人は言った。

「ねぇ、このひと誰なの?私以外に女がいたの?」

彼はやっとの思いで喋りだす。

「何でここが分かったんだよ…」

妻の怒りはボルテージに達していた。

「あんたのスマホにGPSがついてんのよ!

 いつから浮気してたのよ!?答えなさいよ!」


彼は運命の分かれ道に立たされていた。

彼は必死に考えた。愛人を取るのか、それとも長年連れ添った妻の所へ戻るのか。

彼は必死に考えた。それはそれはダーウィンより、

アインシュタインより、ニーチェ以上に……

彼は小さな脳味噌で言い訳と弁明を捻り出そうとしていると妻が声高らかに言った。

「離婚よ!さよなら!二度と顔も見たくない!

 慰謝料はきっちり払ってもらうから。」

妻は部屋を出て行った。

愛人は彼が既婚者だと知って憤怒し、部屋からつまみ出した。花束と一緒に。


愛する人を裏切った者に選択の余地などありはしないのだ。

自業自得だ。

私は心の中で叫びたい。ザマミロと。

この物語が男から裏切られた女性達の慰めになれば幸いである。

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運命の分かれ道。 タッチャン @djp753

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