第12話 涙と想い

 少しそのまま、ライラが落ちつくのを待つ。

 はぁ、と息を吐き出して、まだ握り締めたままのダグラスの服を引き寄せて、その肩になつくように寄りそう。


「この前と逆だね」


 何かを払拭しようとするように、ライラが笑う。

 ダグラスは、そんな彼の頭を撫でる。


「笑うな、無理に」


「……うん」


 また、泣きそうになってしまって、ライラは懸命にそれをこらえる。

 優しい手が、ゆっくり、少しずつ、恐怖を安堵に変えていく。


「覚えてる限り、一番最初の記憶は、突然知らないとこに放りこまれたことなの。その時急に自我が芽生えたっていうのかな」


 ライラが話し出す。

 ダグラスは黙って聞いている。


「どうして自分がそこにいるのか、分からなくて、そしたら、そこにいたヒトが教えてくれた。あたしは、造り手マイスターに捨てられて、ここに来たんだ、って」


 ライラは身震いをする。何かを思い出したかのように。


「生贄だって、言ってた。造り手マイスターが実験や研究を続けるために、たまぁにそうして『そこ』に捨てられるんだって」


 ぎゅうとまた抱きつく。

 ダグラスは黙っている。


「たくさん、酷いことされた。あたしは人形だから、人形は痛みも苦しみも感じないだろうって。どうせ感じても、それはプログラムの一部だから、って。体がぼろぼろになるまで、心がくたくたになるまで、相手をさせられて、でも逃げられなくて。ずっと、『そこ』にいたんだ」


 また、泣き始める。

 ダグラスは根気良く、宥めるように背中をぽんぽんと撫でる。


「あたし、その時、なんで自分には心があるんだろうって、思った。心がなければ、ただの機械なら、こんなに苦しい思いも痛い思いもしなくて済むのかなぁって」


 ふ、と笑う。


「心なんてなければいいって、その時は本当にそう思った」


 体を少しだけ離して、ダグラスと向き合う。


「隙を見て逃げ出して、やっとの思いでここに辿り着いたんだ。すごくすごく嫌な思い出だったから、無意識に忘れようとしてたのかもしれない」


 ライラは真っ直ぐにダグラスを見つめる。


「でも、ダグに会えた」


「……ライラ」


「あたし、心があってよかったな、ってホントにそう思った」


 笑う。儚ささえ漂うな笑みは、ただ一人の人にだけ、向けられる。


「あたしは、ダグが好き」


 涙が零れていく、泣き笑いの笑顔。


「すごく、好き」


 その手を取って、頬をすり寄せる。


「どうかしちゃったみたい」


 ふふ、と笑って、見つめる。見つめ合う。

 ダグラスは困った顔をする。


「……ごめんね。迷惑、だよね」


「いや、あんまりひっつかれて、ちょっと」


「あ、ごめ……でも、もちょっとだけ、こうしてていい?」


 そのまま、胸に顔をうずめる。

 ダグラスの手が、ライラの肩を掴む。


「ん?」


 ライラが顔を上げると、目の前にダグラスの顔があった。


「ダ……?!」


 唇を唇で塞がれる。

 ライラの目が大きく見開かれる。

 ほんの僅かな時間、触れ合うだけのキスをして、唇が離れた。


「ダグ?」


「俺はおかしいんだ、きっと」


「え?」


「お前は人形ドールなのに」


「う、ん」


「どうして、こんなに愛おしいんだろう」


 ライラの顔が驚きに変わる。


「ダグ」


「あんまりひっつくなよ。我慢が、きかなくなるだろ?」


「……いいよ、別に」


 ライラが微笑む。


「ダグになら、どんなことされてもいいよ」


「……ライラ」


「好き、だから」


 ぎゅうっと抱きつく。


「ダグが好きだから。ご主人様マスターだからとか、そういうんじゃなくて。ダグラス・テイラーが、好きだから」


 その頬に、キスをする。

 ダグラスの顔に笑みが浮かぶ。


「捨てないよ」


「え?」


「捨てたりしないさ。俺は、ライラに救われたんだから」


 あの、熱砂の砂漠で死にかけていたときも。

 後悔に沈む心を、引き上げたのも。

 ライラ、だった。


「……あたしも、ダグラスに救われたんだよ」


 両手でダグラスの顔を包み込みようにして、ライラが微笑む。

 居場所をくれた。

 自分の『生きる』意味を与えてくれた。


「会えて、よかった」


 どちらともつかず、零れた言葉は互いの心からの、もの。






 そのまま、ライラの体をダグラスがベッドの上に運ぶ。

 見つめ合って、そのまま、少し二人で笑いあった。

 今はただ、互いの心が通じたことが、嬉しかった。



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乾いたその惑星で人造人形は夢を見る 小椋かおる @kagarima

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