第11話 会いたい人と思い出す過去
思い出す。
ゆるやかに、ゆるやかに、記憶のたがが外れていく。
思い出すのは、忘れたい、過去。
「ねぇ、フォクツ」
貫頭衣のような衣服を着て診察を受けていた。
「何ですか?」
「いつまで、こうしてればいいの? わたしは」
「はい。診察は終わりですよ」
「そうでなく」
むっとした顔。
それを気にも留めず、ディートリヒは機材を片付け始める。
「何度も行ってるじゃないですか。今はまだ、『外』に出すわけにはいかないんですから」
「でも、わたしはっ」
「そんなに会いたいんですか?」
真っ直ぐに見つめられて、フローラが押し黙る。
フォクツの目。
その、冷たい眼差し。
「……会いたいよ」
ずっと、ずっと、想う。
今、どうしてるのだろう。
ずっと、ずっと、気になっている。
「……すごく、会いたい」
フローラの言葉に、わずかにディートリヒが顔をしかめる。
その仕草にフローラは気付かなかった。
「……とにかく、いずれ会えます。あなたの、会いたい人にはね」
「? ハリーのことじゃないの? フォクツが考えてたのって」
「あの人は、違いますよ」
明らかな怒気。
フローラがわずかに怯む。
「……何か、あったの?」
「まぁ、いろいろとね」
お茶を濁すようにして、ディートリヒは立ちあがる。
「じゃ、また定期的に診察はさせてもらいますからね」
「う……」
「大丈夫。本当に、すぐ、ですよ」
にこやかに笑う。
笑顔を見て、ほんのわずかにフローラの緊張もほぐれる。
そのまま、ディートリヒはフローラを
そして、ため息をつく。
深く、重く。
ライラは、部屋の隅にうずくまっていた。
毛布にくるまっているのに、寒い時のようにかたかたと震える体。
それを押さえ付けるように、両手で自分の肩を掴む。まるで、自分で自分を抱きしめるように。
「大丈夫」
目を閉じて、ゆっくり息を吐き出す。
「大丈夫」
呪文のように言葉を繰り返す。
静かな夜。
なんとなく眠れなくて、ダグラスはベッドの上で目を開けたままで様々なことを考えていた。寝転がってみれば睡魔がやってくるかとわずかな期待をしたが、そんなことは全くなかった。
「……ん?」
声。
小さな、小さな、悲鳴。
隣の部屋から聞こえた。
「……ライラ?」
寝転がっていた体を起こして、少し急ぎ足で部屋に向かう。
ドアを開けると、ベッドの上にライラの姿はない。
「おい」
部屋の中に足を踏み入れる。
薄暗がりに目が慣れ始めて、やっと、ライラを見つける。
部屋の角に毛布にくるまって座りこんでいる。
「ライラ」
「……やだ」
「え?」
かたかたと震えている体。
ダグラスはゆっくりと近づく。
そのまま、同じ目線になるように、膝をついてその顔を覗きこむ。
「どうした?」
「……ないで」
ぎゅう、と抱きつかれる。
あまりに唐突な行動に、一瞬、ダグラスの頭の中が真っ白になる。
「おい?」
「……で……ない……で」
「何だって?」
「捨てないで」
言葉。
音をなした、その時に、伝わる、意味。
「ライラ?」
泣いている。
涙が、零れ落ちていく。
焦点の合わないうつろな瞳に、ダグラスの顔が映る。
「あたしを捨てないで」
「ライラ」
「捨てちゃやだ」
「ライラ?」
「捨てちゃやだよぅ」
指先にこめられた力は強くて、その爪が白く染まるほど。
「ライラ」
そっとその背中をダグラスが撫でる。
ライラの体がびくりと強張る。
その眼差しはひどく怯えていて、ダグラスは少し苦笑いしながら、自分が誰だか伝えてみる。
「俺だよ」
「……ダグ?」
「ああ」
「ダグ、ダグラス」
ぼろぼろ、ぼろぼろ。
涙が落ちていく。
掴んだ服は離す気配がないので、そのままダグラスはライラを抱きかかえた。
「どうした?」
「夢を見たの」
「夢?」
「思い出した。ちょっとだけ、だけど」
「何を?」
「あたし、あたしは、捨てられたの」
ぐすっと鼻をすする。
涙でぐしゃぐしゃになったその顔をダグラスが自分の服の袖口で拭ってやる。
「捨てられた?」
「あたしは、
涙は止まらない。
はらはらと零れ落ちていく様を、ダグラスは困ったように見つめていた。
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