第10話 悩みと約束

 それから、しばらくして。

 ダグラスは何もせずに考え込むことが増えた。

 ライラは、どうしていいか分からずに、ただ、見守ることしか出来なかった。






「今日、仕事休めば?」


 その日もなんだか朝からぼ~っとしているダグラスに、ライラは声をかける。

 少しはっとしたように、ダグラスはライラを見つめる。


「いや。大丈夫」


「大丈夫じゃ、ないでしょ?」


 真っ直ぐに見つめられて、ダグラスは目を逸らす。

 ライラは少しだけうつむく。


「ごめん。言いすぎた」


 そのまま、へへっと笑う。


「ごめんね、ほんと。あたしってさ、ダメなんだよね。すぐ、そういうこと口にしちゃって。一言多いってよく言われてた」


「ライラ……」


「あたし、ちょっと外行ってくるから。無理だったら、ホント、今日は休んで、ね?」


「……ああ」


 小走りに玄関から外へ出ていくライラの後ろ姿を見ながら、ダグラスは、ため息をついた。






「ただい、ま?」


 帰って来てみれば、真っ暗な室内。

 恐る恐る部屋の中を覗いて、ライラはベッドに座って何か考え込んでいるダグラスを見つけた。


「ダグ?」


 そうっと、近寄る。

 彼は目を閉じている。

 額に組んだ手を押し付けるようにして、座っている。


「……おかえり」


「ただいま。どした、の?」


 そのまま、彼に向かい合うようにして、床に座りこむ。


「……ずっと、考えてる」


「うん」


「俺は、救えなかった」


「……何、を?」


「救いたかった、人を」


 見上げれば、ダグラスは泣いていた。

 ライラは困ったように眉根を寄せる。


「何が、13都市一だ。俺は、ただ自惚れていたんだ。自分の腕に。それで、救いたかった人を、一番、助けたかった人を、助けられなかった……俺には、何も、出来ない……何も、出来ることがないんだ……」


「……ダグ」


 ふ、とダグラスの目の前が薄暗くなる。

 ダグラスが顔をあげると、目の前にはライラが立っていた。


「目、閉じて」


 言われるままに、目を閉じる。

 柔らかな感触が降り注ぐ。

 額に、瞼の上に、頬に。

 目を開くと、ライラは少し笑てみせた。


「ごめんね、こういう慰め方しか知らなくて」


 もう一度その柔らかい熱が額に触れて、柔らかいその感触は彼女の唇だと知る。


「ライラ……」


「あのさ」


 ん~と少しだけ考えて、座るダグラスの頭を抱え込むように抱きしめる。


「ね、ぎゅうって抱きしめて」


「は?」


「あたしのこと、抱きしめてよ」


 優しいけれど真剣な声音に、ダグラスは言われるまま、ライラの背に手を回す。

 そっと、抱きしめてみる。

 温もりが、伝わってくる。


「ほら、ね」


「ん?」


「ダグに出来ることがないなんて、『嘘』」


 顔を上げると、ライラの微笑みが目の前にあった。


「あたしが今、ダグに抱きしめて欲しいなって思って、ダグがそれをしてくれて、それがどれだけ嬉しいか、幸せか、分かる?」


 その言葉に、ダグラスが苦笑いする。


「分からんね」


「でしょ? だから、ダグに出来ることがないなんて『嘘』だよ。ダグが、そう思ってるだけ」


 子どもにするように優しく髪を撫でつけて、ライラはゆっくりと語った。


「あたしは、ダグラスに会えてよかった」


 その言葉に、ダグラスは決意する。

 すべてを話すことを。

 一度深呼吸をして、念を押すように、問う。


「ライラ……聞いてくれるか? 俺が、ここに来た理由を」


 その言葉に、ライラの体がわずかに強張る。

 でも、次の瞬間にはゆっくりその緊張は抜けていく。


「聞かせて?」


「俺は、確かにその人を救えなかったんだ」


「うん」


「でも、この都市で、その人が生きていると聞いて、どうしても、真実を確かめたくなった」


「……そのために、全部捨ててきたの?」


「そうだよ」


「その人のこと、好き?」


「いや、好き、というよりかは、憧れに近いな」


 ずき。

 頭部に鈍い痛みを感じて、ライラの動きが止まる。

 ダグラスが不思議そうにその顔を見つめる。


「どうかしたか?」


「……ううん。なんだか、前にも同じような会話をしたことがあった気がして……」


 それは、いつのことだったのか。

 それすらも、分からないのに。


「その人の名前、って?」


「……フローラ、フローラ・エマーソン」


「奇跡の歌い手……」


「ああ、そうだ。ここ1年、表舞台には出てこなかったが」


 ライラは考え込む。


「会いたい?」


「ああ」


「じゃあ、あたしが会わせてあげる。いつか、必ず」


 にこりと笑う。


「ダグが望むなら、必ず、だよ」


「危険だぞ、きっと。上層ヘヴンに行く必要があるかもしれない」


「いいよ。ダグのためなら、何だってするよ」


 ライラの声には強い意思がこめられている。

 それを否定することは、ダグラスには出来なかった。


「ダグに損はさせないから」


 だめ押しするように微笑まれて、ぎゅうっと抱きつかれた後、ダグラスは、何故だか微笑んでいた。

 今はただ、ライラの気持ちが、嬉しかった。

 例えそれが主人を喜ばせるための行動パターンに過ぎないのだと、思って、いても。


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