第9話 不安と籠の鳥

 創造主マイスターマスターの仕事はその人間によってまちまちだ。

 例えば、積極的に人形造りに取り組む者から、人形造りは趣味の一部と割り切って副業と考える者までいる。

 ただ、ひとつ言えることは、どの創造主も人形造りに関する情熱は狂気に近いといえるほど、大きい。

 趣味だと言いきるものでも、その専門分野に関しては恐ろしいほどの知識と技術を持っているのだ。

 第7都市ジャバウォックの創造主マイスターマスター、ディートリヒ・キタヤマの専門分野は機械工学。しかし、彼の完璧主義はその他の分野までも網羅するほど、貪欲に知識を吸収しつづけている。今では、13都市内に彼をしのぐ造り手マイスターはいないと囁かれるほどに。

 そんな彼のパーソナルルームで。

 彼は数台のマシンに囲まれ、様様な業務をこなしていた。

 新しい規格物の人形の最終チェックから、完全オーダーメイドの人形の発注にいたるまで。

 人形に関することはすべて、創造主マイスターマスターを抜きにしてはままならないのだ。

 ふ、と空気が動く。

 メガネをかけたその眉間に皺を寄せ、ディートリヒは顔を上げた。


「……ここにはもう来るなと、言いませんでしたっけ?」


 ドアの前に経っているのは、ハリスン。


「でも、お前んとこの人形が通してくれたぜ?」


「ちゃんとした人間もいれますかね。どの都市の方でも創造主マイスターマスターに逆らうようには基本プログラムに組みこんでませんから」


 モニターから顔を離し、座り心地のよさそうな椅子の背もたれに倒れこむ。


「何か、用ですか?」


「冷てぇな」


 ハリスンの言葉を鼻で笑う。


「あなたが、俺に何をしたか。忘れたわけでもないでしょう?」


 その問いに、ハリスンは口を閉ざす。


「あなたのお陰で俺は未完成の欠陥品を『外』に出さなくてはならなくなった。それを、許すと思うんですか」


 彼が、ディートリヒが、完璧主義だということをハリスンが知らないわけはない。

 ディートリヒは背もたれに深く沈みこむ体をそのままに、傲然と見下ろすかのように手を組みハリスンを見つめる。


「あれは」


「仕方なかった、ですか? いい加減別の言い訳も考えてもらいたいもんですね」


 ふう、とため息をひとつ。


「お引き取りください。話すことはないですよ、俺には」


 そのまま、またモニターを見つめ、作業を開始する。

 ハリスンはどうすることも出来ずに、そのまま、踵を返す。


「ああ、そうだ」


 ふと、思いついたようにディートリヒが声を上げる。


「『彼女』に会っていったらどうですか? どうせ、会いに来たんでしょう?」


「な、あいつ、とうとう、目覚めたのか?」


 ハリスンが振り返る。

 ディートリヒはディスプレイから目を離さない。


「ええ。『彼女』に会いに来るのは構いませんが、俺の前にはもう姿を見せないで下さいね」


 ディスプレイに反射した光で青白い顔をしたディートリヒは手のひらを振ってハリスンに退室を促す。そのまま、憮然とした表情で彼は去っていった。

 部屋から出る直前、思いっきりドアをがつんと蹴飛ばしてから。

 静かな部屋の中では、モニタを見つめるディートリヒしかいない。

 かたかたとキーボードを鳴らしながら打ち、そして、笑った。


「相変わらず、からかいがいのある人、だな」


 くくっと笑って、また、作業を続ける。

 そして、機械の音だけが、部屋に響いていた。






「ハリスン?!」


 その部屋は白い壁と白い家具。まるで病院の中のような、清潔で、整えられた、生活感のない、部屋。

 オーガスタ・フローラ・エマーソンは開いていた本をテーブルの上に置き、立ち上がった。


「よお」


 ひらひらとハリスンが手を振る。


「どうしたんだよ」


「ああ、まぁ、ちょっと、な」


 ごにょごにょと言葉を濁す。


「フォクツが言ってたのって、ハリーのことなのかな?」


「は?」


「ううん、なんでもない。こっちの話」


 フローラがほわっと笑う。

 先ほどまでぴりぴりしていたハリスンの心は簡単にほどけてゆく。






 フローラは、ハリスンの幼馴染みだった。

 カレッジの頃も、非市民だった頃も。尽きたことがない、付き合い。






「ずっと、寝たっきりだったんでしょう? 私」


「ああ」


「今、リハビリしてるの。声の出し方とか、思い出すの大変なのよ?」


「そうか」


「……どうしたの?」


 あまり気乗りしないようなハリスンの相槌に、心配そうにフローラがその顔を覗きこむ。


「んでもねぇ」


「……でも」


 フローラは少し悲しそうに顔を歪める。


「ここさ、すっごく至れり尽くせりで、私、することないの」


「ほぅ。それで?」


「何故だか、すごく不安になるのよ」


 フローラはうつむく。


「私は、『生きて』るのかな?」


 呟かれた言葉。

 重く、響く、言葉。


「今ここに『生きて』るだろ?」


 ハリスンが肯定する。

 フローラは微笑んだ。

 それを見届けて、ハリスンもほのかに笑った。


「じゃ、俺行くわ」


「もう?」


「ああ」


「また来てね?」


「お前の保護者に嫌われてんだよ、俺」


「フォクツが? なんで? ……ハリー、何かしでかしたんじゃないの? あのフォクツが怒るだなんて」


「ま、そんなとこ」


「来てよ。私が頼むから、フォクツには。リハビリに必要とか言って。一人は、つまらないもの」


「分かった」


 そうして、ハリスンは歩き出す。

 その後ろ姿を、少し心配そうにフローラは見つめていた。






 部屋から出て、その、巨大な建物から足を踏み出した後。

 ハリスンは体全体を使って、ため息を吐き出す。


「『生きて』るのかな、俺も」


 少し自嘲気味に笑って、その後、歩き出す。

 振り向かずに。

 ただ、前を見て。

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