深窓の零嬢

影山洋士

第1話





最川セキヒコは時間さえあれば別の棟の窓を見るようになっていた。


最川がいるのは病院の三階の一室。もう入院生活は一年になろうとしていた。

実はもう治療は既に終わっている。しかしそれでも退院出来ないのは最川自身の気力がない為であった。


今退院したところで学校の勉強には着いていけない。そもそも普段の生活に戻ったところで別にやりたいこともない。

そんな考えだから最川の体調も優れないままだった。


しかしある日から最川の生活が変わり始めた。最川のいる病室から中庭を挟んだ向かいの棟の一室に、一人の少女が入院し始めたのだ。

黒く長い艶のある髪、すっきりとした目鼻立ち、白い肌。まさに美少女という外見だった。


最川は、気が付けば向かいの棟の一室に目をやっていた。

基本はカーテンは閉まっている。しかし開いている時には、読書や、イヤホンで音楽を聴いてる彼女の姿が見えた。

その彼女がたまに窓の方に目をやる。そしてこちらと目が合うとニコッと微笑むのであった。


最川は暇さえあれば窓を見やるようになった。そして意味もなく別の棟まで散歩するようにもなった。

しかし彼女と会うことは一度も出来なかった。


そんな日々の中、最川はまた窓を見やるがここ数日彼女の部屋のカーテンが開く様子は全然なかった。

もしや病状が悪化したのか? 最川は気になって仕方なかった。



最川は勇気を出して部屋に来た看護師に尋ねてみた。

「すいません。あの向こうの部屋にいる女の子は元気なんですかね?」


「……ああ、あの子ね。あの子はもう元気になったから退院したのよ」看護師は目を合わさずに答える。


最川はその言葉にショックを受けた。もうあの子を見ることはできないのか……。


「申し訳ないですが、あの子の名前を教えて貰えませんか?」恥を忍んで聞いてみた。


「残念だけどそれは無理なのよ。守秘義務というものがあってね」


最川はズーンと心が沈む思いだった。


「……でもあの子気にしていたわよ。最川君が元気になるかどうか」


「本当ですか⁉」あの子が僕を気にかけていたなんて。


その日から最川の意識はがらりと変わった。退院さえすればいつかどこかであの子に出会えるかもしれない。その思いが最川を強くした。






♦  ♦  ♦





「先生、健診の結果が出ましたよ。凄いですよ。男性患者全員、経過良好です」看護師が驚きの表情でやって来た。


「マジで⁉」医師は書類を受け取り見る。「いやいや本当だ」

医者は顎を撫でる。「まさかここまで効果があるとは思わなかったな。N電子産業がこの話を持ってきた時はそんな甘い話はないだろと思ってたけど。でもここまで変わるのなら効果を認めるしかないな。『3Dディスプレイ少女』を」









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深窓の零嬢 影山洋士 @youjikageyama

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