十四、カルロ長老の思い

 ここに来る前、自分は路上生活者だった。


 食べ物にありつけることが日に一度。

 近くの修道会で行われる炊き出しのお世話になっていた。

 もちろん、日に三度も可能だったが——そこまで世話になるのは気が引けた。

 

 それに、自分はもう若くないからか、腹も昔ほどは空かない。

 今年で六十八歳——いや、もしかすると七十歳くらいになるかもしれない。

 歳を数えるのも、もうとっくの昔にやめた。


 そんな自分の唯一の財産は、そこで仲良くなった司祭にもらった、幾つかのメダルやロザリオ、小さな聖書だ。地震にあってこんなところに来た後も、しっかり身につけている。


 ここの生活は、自分にとっては慣れたもの、日常的だ。

 路上生活をしていた時に比べ、寝床もあるし、食べ物も少しはある。

 他の者達には慣れるまで大変な生活だったようだが、皆、たくましくなってきたものだ。

 自らの手で、日々の糧を手に入れる喜びに溢れている。


 何より、自分が年寄りだからと皆親切にしてくれて、時には頼りにしてくれる。


 自分にとってはずっと昔に失くした家族のような絆が、ここにはある。


 大切な仲間たちだ。



「カルロ、あの二人、無事に戻ってくれて本当に良かったですね」


 集会が終わった後、ユキが言う。

 彼女も村の中では割と年上なので、年若い者や特に女性たちに頼りにされている。


 気丈な彼女の、深い深い哀しみに気付くものはほとんどない。


 自分には、時々彼女の目に宿る光、微かな表情、それだけで十分、彼女の苦しみが感じられる。

 伊達に年は重ねていない。


 彼女は子供がいないけれども、その分ご主人との絆が堅固で——まさに魂の片われベター・ハーフ、と言える間柄だったようだ。

 

 そう、自分にはここに来る前から、心配してくれる家族や友人などはもうほとんどいなかった。

 でも、もしいたら——相手の生死すらわからない状況に陥ったら——その苦しみは、いかばかりか。

 ユキを見ていると、本当になんとかご主人と会わせてあげたい、と心から思う。


「あの二人の話では、なんだか領主がいるらしいのですって? もし交流ともなれば、カルロ、あなたがその人と話すことにもなるでしょうね」


「うむ、そうかも知れないな。その領主とやらが、我々に会ってどういう反応をするか、だな」


 チェスワフとザブロンがすでに寝ているであろう納屋の寝室を見遣った。


「自分にとっては、大事なのはここの皆だ。もしも……こちらへの敬意が足りないようなら、私も気のいい老人のままではいないぞ」


 そう言いつつ、改めてその言葉を胸に刻んだ。

 

 皆になんとなく長老扱いはされているが。


 何かあったら、長老らしく、自分が皆を守るのだ。

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秘められた紅い血 志野実 @rougegorge

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