玖秘の島

安良巻祐介

 

 腹が立ったので、もうやめにした。

 全部無かったことにしてしまおうかと思ったが、あの忙しい一週間のうち、一日以上を費やして行った事が丸きり無駄になるのは今でも悔しいので、幾らかは残すことにした。

 碁盤の上をうろうろしている小さな猿蟻のうち、話の分かりそうなやつを適当に選んで抓み上げ、そいつの組とその下の組幾つか、そして碁盤の目の隙に湧いている色とりどりのゴマ粒みたいな虫屑のそれぞれ一種ずつを残すことにして号令をかける。

「三〇〇・五〇・三〇!」

 箱の中に、貌のところにO形を作った猿蟻が何組かと、カラフルなゴマがびっしりとついて、些か気持ちが悪いが、まあよしとする。

 それを端に浮かべて置いてから、水槽で碁盤を洗った。碁盤と言っても元は天然の苔石であったものを、長い事かけて磨き上げ、それらしく仕立てただけのもので、形は甚だ歪である。

 やがて碁盤の溝一つ一つまで綺麗に洗い終えたから、箱を引き上げて、洗手の山と名付けた角のところに引っかけて、そこで中身を開けた。

 ゾロゾロゾロと出てくる虫たちはやはり気味が悪かったが、丸く輪を描いて、その中心に置いたどうやら供物らしい、檸檬のような色の檸檬のような味の虫がなかなかに美味だったので、それを噛みながら、こちらの機嫌もずっとよくなった。

 隊列を成した小さな虫どもへ向け、虫紋色彩をイメージした橋を慰みにホログラフ投影してやり、それでこの掃除は終わった。それから猿蟻一家の間では、幾らかのごたごたもあったようだが後の事はこっちの知ったことでもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玖秘の島 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ