それでもこの冷えた手が

芝樹 享

温もりを求める

 少年の眼に涙がこぼれた。病室のベッドには、三歳年上の兄が床に伏せている。惰弱だじゃくな身体になっていた。末期がんだった。

 医者の話では、手の施しようがないということだった

 少年は、両手で力強く兄の手を握り締めた。兄の手は冷たく、暖かさを感じないほどしなびて湿り気がないように思えた。

 少年の心に兄との思い出が、走馬灯のように甦ってくる。幼少の頃、兄と一緒に夕日の見える丘の神社に行ったときだった。


「野良猫に手を引っ掻かれるなんて。おまえ、また、いたずらでもしたのか?」

「にいちゃんには関係ないだろ!」

 その頃の兄の手は、大きく見えた。とても暖かく湯気が出ているのでは、と錯覚するほどだった。

 兄は、弟の手に包帯を巻いた。

「猫だって生きているんだ! 痛い、と思ったら嫌がるだろっ!」

「うん」

 弟は説得にうつむく。

 帰り道、しっかりと兄の手を握り締め家路へとむかった。


 その兄が、数年後病院に入院することになった。

 兄の冷たくなった手を少年は、それでも握り締める。一日でも長く生きて欲しいと願った。

 数日後、弟の願いむなしく、兄は逝ってしまった。兄の思い出の手の温もりだけが残った。


 月日がながれた。弟も病に侵され入院した。兄と同じ末期がんだった。

 病床の中で、誰かの温かい手のぬくもりが伝わってきた。無意識のうちに、涙が頬を流れるのがわかった。

 弟の意識が遠のいていった。

                          完

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それでもこの冷えた手が 芝樹 享 @sibaki2017

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