ギャンブル・ファミリー

西藤有染

じいとぼっちゃま

「さあ、ギャンブルをしよう」

 

 まだ声変わりもしていない幼い声が、精一杯に居丈高な声を作って話している。さながら自分が強者であることを精一杯表現しているかのようだった。


「俺は命を賭ける。だからお前はそれに見合う大金を賭けろ」

「……ぼっちゃま」

「ぼっちゃま言うな。何だ?」


 初老の紳士が、恭しく頭を下げ、その少年に対応する。


「そのお言葉、既に17回目です。その理屈ですとぼっちゃまは16回死ななくてはなりません。全て、私が、勝っておりますので」

「うるさい! 俺はまだ負けていない!! もう一回勝負しろ、じい!」

 

 じい、と呼ばれたその男性が首を傾げる。その佇まいは、どこぞの執事かの如く洗練されたものであった。


「負けていないのにもう一回とは、はて、どう言う事でしょうか?」

「うるさいうるさい! とにかく、勝負しろ!」


 じいの言葉を聞き、少年は途端に駄々をこね始める。


「はいはい、では、最後の一回としましょうか」

「ポーカーで勝負だ!」

「16連敗中のポーカーで挑むとは、ぼっちゃまもこりませんねえ」

「だから負けてない!」


「はい、また私の勝ちですね」

「ちくしょおおおおおお!!!」

「ぼっちゃまは一か八かで大穴を狙い過ぎなんですよ。平気で手札全て場に捨てますし、それでいい手札が手元に来なかったらあからさまに顔に出ますし。ぼっちゃまに賭け事は向いておりませんね」

「じいは顔に出なさ過ぎなんだ! この鉄面皮!」

「ポーカーで勝つための必須要素ですので」

「くそ、もう一回、もう一回だ!」

「おや、賭けた命はどこに行ったのですかな?」

「うるさいうるさい!」


● ――数年後。


「おい、じじい」


 眼光の鋭い青年が、老紳士へと声を掛ける。


「おや、若様でしたか。どうかしましたか」

「どうかしましたか、じゃねえだろうが。今回の件、どういうつもりだ。完全にファミリーに対する裏切り行為だぞ。」


 青年は静かに怒りを湛えていた。長年信頼していた老人が自分の属する組織を裏切った事に対する怒りを。


「……若様にまで、バレてしまいましたか」


 それに対して、老人は飄々とした態度を取っていた。だが、そこには、どこか哀愁めいたものが感じ取れた。


「当然だろう。あれだけいたファミリーの子供たちを勝手に逃したんだ。バレないはずが無いだろう。ボスもお怒りだ」

「勝手に逃すことよりも、勝手にファミリーに縛りつけておくことの方が問題だと思いますが」

「あん?」

「あの子達は攫われてきた子供たちです。身寄りの無い子供だけではなく、親から引き離された子たちもたくさんいました。それを親元に返すのは人の道にとって正しい事のはずです」

 

 その言葉には、老人の信念が感じられた。薄々感じていた事を指摘され、青年は言葉に詰まる。


「……今更それを俺に言われてもどうしようもない。反対だったならボスに提言すれば良かっただろう」

「私が今までボスにそれを言ってこなかったとでもお思いですか?」

「……」  


 思わず黙り込む青年に対し、老紳士は柔らかく微笑む。


「ふふ、若様はやはり賢いですね。どうですか。久しぶりにポーカーでもしませんか?」

「おい、今はふざけている場合じゃ」

「チップはお互いの命でどうでしょうか?」


 突然、命を賭けたポーカーを持ち掛けられ、思わず青年は老人の正気を疑った。


「……本気か? じじい」

「じいが嘘をついた事がありましたかな?」

「……わかった。その勝負、乗った」

「ふふ、懐かしいですな。若様は幼い頃、よく命を賭けるとおっしゃっていましたな」

「その話はよせ。昔の話だ」

「親はどちらが?」


 ポーカーにおける親とは、カードをシャッフルし配る役割である。手札に細工をしようと思えば出来る立ち位置でもあるので、一般的に信頼の置ける人物、もしくは第3者が行う事が多い。


「じじいで良い」

「ふふ、こんなじいをまだ信頼して頂けるのですね。かしこまりました、若様」


 そう言って、老紳士はカードを切り始めた。


「ルールはファイブカードドローで宜しいですかな?」


 ファイブカードドロー。5枚の手札で役を揃え、その強さを競う、古典的なポーカーのルールだ。青年は同意の意思を頷く事で示した。


「レイズは無し、手札の交換は2回までで宜しいですかな?」


 命にレイズうわのせできる物など無いので、そのルールにも青年は同意した。

 それぞれに5枚の手札が配られる。

 老人の手札はJジャックのスリーカード。同じ数字のカードが3枚揃っている役だった。役の強さとしては下から3番目。決して強いとは言えない役だった。しかし、残りの2枚が同じ数字で揃えば、上から4番目に強いフルハウスという役になる。

 対して、青年の手札はスペードの5・6・8・9とダイヤのAエースの5枚。スペードの7さえあれば、ストレート・フラッシュという2番目に強い役になるが、現時点では役が揃っていない、いわゆるブタと言われる状態だった。


「この勝負、乗りますかベット?  それともオア降りますかフォールド?」


 命が掛かっている勝負。堅実に行くのであれば、勝負を降りる事も選択肢の内の1つだ。老人の問い掛けに対し、青年が応える。


乗ったベット

「では私も、乗りましょうベット


 最初の手札交換。青年はカードを1枚捨て、新たな1枚を手札に加えた。そのカードを見ても、表情は変わらない。

 老人は手札を2枚交換する。

 親役の老人が勝負を続けるコールか、降りるフォールドか尋ね、青年が継続を選択コールする。

 

「前々から、ボスの方針には反対だったのです。イカサマも辞さないギャンブルで金を巻き上げ、町を支配する。そのために子供たちを攫って教育し、ファミリーのメンバーとして育て上げていく。彼らには自由を与えず、ただ組織の手足として働かせる、そんな方針に」


 2回目の手札交換。突如話しだした老人を意に介さす、青年はまた1枚手札からカードを場に捨てる。


「だから、幼いあなたの教育係に任命された時も反対しました。純粋な子供に、賭け事を、しかもイカサマを使って勝つ術を教えるのは如何なものか、と。ボスは聞く耳を持ちませんでした。」


 親役の老人は話しながら、新たなカードを山札から少年へと渡す。


「だから、せめて、あなたがギャンブルを嫌ってくれるように、この世界を嫌がるようにと、徹底的に負かせて来たのですが、まさかぼっちゃまがあそこまで負けず嫌いだとは思いませんでしたね」


 老人はまた手札からカードを2枚捨て、新たなカードを加える。


「何回負かせても、懲りずに勝負を仕掛けてくるどころか、自分でイカサマの方法まで学んできたときには驚いて腰が抜けそうになってしまいました」


 老人が青年に、勝負を続けるコールか、降りるフォールドか尋ねる。もう手札を交換する事は出来ない。 


「じいの意図した方向とは真逆に育ってしまいましたね、ぼっちゃま」


 青年は表情を変えずに、勝負の継続を選コール択した。


「少しは動揺させようと、老人の思い出話をしてみたのですが、眉1つ動かさないとは……。本当に、強くなられましたね、ぼっちゃま」


 幼い頃から見ていた青年の成長を肌で感じ、感慨深げに老人が呟く。


「さて、手札をオープンしましょうか」

 

 2人同時に手札を公開する。


老人の手札は♡A・♢3・♢5・ブタ♤10・♢J。

青年の手札は♤5・♤6・♤8・ブタ♤9・♧K。


 老人の手札も、青年の手札も、何の役も揃っていなかった。


「ふふふ、……やはり、ぼっちゃまは優しいですね」

「ただストレート・フラッシュを狙って失敗しただけだ。一体何を勘違いしてやがる」

「じいを甘く見ないで下さい。2回目の手札交換の際、スペードの7を捨てていましたよね。本来であれば、それでストレート・フラッシュは完成していた筈です」


 図星を当てられ、青年は何も言えなくなってしまう。


「じいがいなくなっても、その優しさをどうか、忘れないでいてください」

「おい、いなくなるなんて言うな。ファミリーに戻るぞ。ボスには俺も一緒に謝ってやる」

「無理ですよ。裏切り者には死を。それがファミリーの絶対的規則です。若様もご存知でしょう?」


 青年は何も言い返せなかった。


「ぼっちゃま。最後に、ロシアンルーレットをやりましょう。じい、実はリボルバー式の拳銃を持っていましてね。既に実弾も込めてあるんですよ」

「おいやめろ。馬鹿な真似はよせ」

「じいの先攻で良いでしょう?」

「やめろ、良いから銃を置け」


 老人は青年の話を聞かずに、こめかみに銃口を当てる。


「さようなら、ぼっちゃま。お元気で。どうか、純粋な心をお忘れ無きよう」


 銃声が響いた。

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ギャンブル・ファミリー 西藤有染 @Argentina_saito

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