左手の反乱
静一人
左手の反乱(1話完結)
ぼくは左利きだ。いわゆる「ぎっちょ」だ。
おっと。「ぎっちょ」は差別用語らしいので、これ以後は控えよっと。
より正確に言うと後天的に右利きに強制された元左利き。
いまでこそ左利きに対する差別は薄くなったけど、かつては左利きは忌み嫌うべきものであり、矯正されるべきものだったらしい。
そんなわけでぼくも例に漏れず、子供のころに母親から右手で文字を書き右手で箸を持つように厳しく、口うるさくしつけられた。
そのおかげで今は、文字を書くのは右手だけどはさみを持つのは左手、箸を持つのは右手だけどボールを投げるのは左手、というややこしい挙動をする立派な?「後天的右利き」に成長したわけだ。
そんなぼくが二十歳を過ぎてから、どういうわけか「左手の反乱」に悩まされることになった。ここでぼくがいう左手の反乱とは一体ナニか?
その一例をあげるとすると、たとえばぼくが右手で文字を書いているとする。そうすると書いているそばから、ぼくの意思とは関係なく左手が勝手に消しゴムを持って書いた文字を消していることがある。いわゆるマッチポンプならぬ、ペン消し状態。
もうひとつよくある事例としては、右手に持った包丁で野菜を切るときに起こる。左手が持っている野菜がどんどん遠くに逃げてしまい、野菜をまったく切れないのだ。
他にも野球をやっていると、ボールを投げた瞬間に左手のグローブがキャッチをしにいったり、最近も大学の授業のレポートを書くためにキーボードをタイプしている時も、左手が勝手にCapsLockキーを押してしまい全部大文字英数になってしまったり、勝手にCtrl+ALLとデリートキーを押して全消去されていたり。まったくもって効率が悪い。
まるで左手にぼくの意思とは切り離された人格が宿っていて、右手とぼくの連合軍に反旗を翻しているかのように。どうやら左手は、ぼくと右手による生産的な活動を、心から憎んでいるようだ。
脳神経外科や心療内科などにも行っていろんな先生に相談してみたが、とくに異常なし、原因不明と言われるばかり。
すると高校時代にサッカー部の試合でケガをして以来、数年間お世話になっている近所のの柔術整体師の先生だけが、こんな仮説と対策を教えてくれた。
「おそらく、キミが子供の頃に左利きを矯正されたことで、その頃からずっと抑圧されてきた意思のようなものが左手を通じてたまに発散されているんじゃないだろうか?ものは試しに文字を書くのも野菜を切るのも、ぜんぶ左手に変えてみたら?」
ぼくとしては先生の言うことも半信半疑だったけど、他に試す治療法があるわけでもない。なので1ヶ月ほどの間、これまで右手でやっていたことをすべて左手に変えてみた。するとおどろくことにこの半年ほど続いていた「左手の反乱」はぴたりとおさまった。
それどころか、文字を書くのも野菜を切るのも、右手でふつうにこなせていた頃の1.5倍の効率になった。つまり左手の反乱はついに革命となり、みごと政権が交代し世の中が良い方に変わったというわけ。
これをぼくの20年の自分史の中で「レフトの春」と名付けた。
そんなわけで全国の子供の頃に左手を矯正された覚えがある人へ。もしこれを読んだら、たまには自分の左手の意思に耳を傾けてみるといいと思う。
もしかしたらあなたにも革命が起こるかも。
左手の反乱 静一人 @shizukahitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。左手の反乱の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます