第38話 有言実行。




 カリスマ性を発揮したベアルスは、監獄を牛耳っていた。大半の囚人は彼の傘下だ。

 大声を出せば、声は届く。檻にいても情報は集めることは可能。看守の目を盗み、三週間という間で、ベアルスは囚人の持つ情報を手に入れた。

 例えば、ルアンが一か月前から、ギアを使えるようになったこと。ルアンには、双子の弟がいること。ルアンのそばにいるクアロとシヤンの得意とするギアまで。

 ベアルスは把握していた。


「おや、久しぶりだね。お嬢さん。双子の弟のロアンくんと遊んでいたのかい?」


 だから、ルアンが二週間ぶりに牢獄に訪れても、得意気に挨拶をする。


「拗ねないの、大人げない」


 ルアンは軽くあしらう。

 ベアルスが囚人達を手懐けることなど、予想の範囲内。何を知っていても、驚きはしない。


「この拘束を解く約束を忘れたかい? お嬢さん。君に借りた本が読みにくくて、仕方がないんだ」

「今解いてあげる。この手錠と取り替えるから、ページは捲りやすくなるわ」


 ベアルスの両手の拘束を、ゼアスチャンに外させた。


「やっとかい。嬉しいね。あまりにも寂しいから、抜け出して君に会いに行こうと思っていたところだよ」

「あはは、出来るならやってみなよ」


 ゼアスチャンを見ながら、ベアルスは微笑む。

 そんなベアルスを見て、ルアンは不敵に笑う。


「そうだ、賭けをしよう。手錠をかけられてもギアを使えたら、脱獄してもあたしとゼアスさんは追わないと約束する」


 仁王立ちして告げるルアンの後ろで、クアロとシヤンは動揺した。


「ちょ、ルアン! なんてことを言うのよ!」

「いいじゃん。クアロ達が捕まえれば。自信ないのー?」


 嘲るルアンに、クアロとシヤンは顔をひきつらせる。正直、二人はベアルスとギア対決をして勝つ自信がないのだ。


「ギアが使えなくなる魔法の手錠なのかい?」

「うんっ!」


 首を傾げるベアルスに、ルアンは無邪気な笑みを向けてやった。

 ルアンが彫られた紋様について話さないため、ゼアスチャンはベアルスが気付かないように注意をして手錠をかけ始める。

 紋様はまだ、光があった。


「そうかぁ、魔法の手錠がぁ」


 デレ、と鼻の下を伸ばしたベアルスだったが、すぐに目を細めた。


「でも、脱獄の許可より、僕は君のドレスを一週間選ぶことの方がいい」


 賭けに勝った報酬。

 脱獄の許可よりも、ルアンが着るドレスを一週間分選びたい。

 ベアルスは、真面目な顔で言い退けた。


「このっ、変態め!!!」


 クアロは腹の底から大声を上げて、ルアンの肩を掴み離す。


「ま、いいけど」


 クアロの心配を無視して、ルアンは頷いた。今度はルアンに向かって放たれた大声は、監獄の中で木霊する。


「ギアが発動すれば、ベアが選んだドレスを着てあげる。でも、ギアが使えなかったら、半年は誰一人として脱獄させないことを約束してね」

「……いいよ。約束しよう」


 ベアルスが安易に約束したのを見て、ルアンはフッとほくそえんだ。

 手錠の鍵を持って、ゼアスチャンがベアルスの牢獄を出た。ルアンだけが入り口に立ち、外からクアロ達がベアルスの手に注目する。


「君のことだから、何かを仕掛けているとは思うけれど……」


 ギアが使えないとは到底思えないベアルスが、右手を上げた。そして、人差し指を立てる。

 クイッ、と人差し指が宙を切った。動きに合わせて、鎖がキンッと音を鳴らす。


「……え?」


 ベアルスが目を丸めれば、ルアンは笑みを深めた。

 ベアルスの指先は指揮をするように振られたが、光は一向に出ない。

 クアロ、シヤン、ゼアスチャンは、身を乗り出して、食い入るようにその指を見た。


「な、何故、光が出ないっ!? なにをしたんだいお嬢さん!!」


 忽ち、混乱したベアルスだったが、すぐに手錠に彫られた紋様に気付く。


「こ、これは……光を出させない紋様……ギアなのか!?」


 未だに光る紋様を目にして、ベアルスは直ぐ様に理解した。ギアによって、光を出すこともできないこと。

 流石だと思いながらも、ルアンはクスクスと笑って楽しむ。苦労した甲斐があったというもの。


「ルアン……君という子は、なんて末おそろしいのだ」


 ギアを使った道具を作り出したルアンに、畏怖を抱いた様子でベアルスは笑みを浮かべた。


「おめーは本当にすげーな! すげーよ! すげーっ!!」


 シヤンはルアンの肩を掴み、振り回す。ルアンは鼻を高くしたが、振り回されるのは鬱陶しすぎて、その手を払った。

 クアロは口を開いたまま呆然としている。


「末おそろしい君を……少なくとも、あと五年はそばで見ていたくなったよ。お嬢さん」


 ベアルスは、目を見開いたまま笑う。

 他の囚人とは違い、ベアルスは畏怖の念を抱きながらも、好奇心が擽られているのだ。

 ゼアスチャンとは違い、忠誠を誓うわけではない。ただただ、ルアンの偉業をそばで見たいのだ。

 そんなベアルスがルアンに夢中なうちは、傘下の囚人も大人しくなる。全てはルアンの思惑通りに進んでいた。


「さ、さぁ! 僕が褒美に髪でも、といであげよう!」


 鼻息を荒くしたベアルスは、自由な指を動かしながらルアンを手招く。

 ベアルスのルアンに対するこの態度は、少し予想を上回っている。

 ルアンはそれを無視することにして、牢獄を出た。


「また明日ね、ベア。だいたい24時間は、効果は続くから」


 光を流せば、再び効果は継続する。翌日、効果を切れた直後に光を流せば、ベアルスはまたギアを使えない。


「本でも読んでなさい」


 ゼアスチャンがルアンの代わりに、牢獄に鍵をかけた。

 シヤンは落ち着きなくそわそわとしながらも、出口に向かうルアンの後ろに続く。クアロはルアンの背中とベアルスの監獄を交互に見ながら、歩いた。


「いいの? ルー。手錠をベアルスにつけたままで」

「いいの。ゼアスさん、明日は幹部を召集してくださいね」

「畏まりました」


 ルアンはゼアスチャンを振り返らないまま、指先を立てると指揮をするように上機嫌に振る。


「うおおおっ! すげーっすげーな! すげーっ!!」

「シヤン、お前ちょっと静かにしろ」


 興奮で震えるシヤンの語彙のなさに、ルアンは哀れみの眼差しを向けた。


「仕方がありません、ルアン様。あなた様を讃える言葉は、この世界のものだけでは足りません」

「ゼアスさん、幹部全員召集しなかったら、お仕置きですからね」

「……はい、ルアン様」


 ゼアスチャンのお世辞は、どうでもいいとルアンは釘をさす。ゼアスチャンの声は、僅かに震えた。




   ◇◆◆◆◇




 翌日、ガリアンの館にある会議室に、レアンと幹部が集まった。

 普段、この会議室は使用されない。大抵、酒を飲みながら、談話室で作戦を立てるからだ。

 今回集められた理由は、他でもない。ルアンのギアの道具をお披露目するためだ。

 長テーブルの奥にレアン。レアンの右の奥から、ラアン、デイモン、エメルソン。左の奥から、トラバー、ドミニク、サミアンが並んで座った。ルアンは、レアンの真向かいの席。

 予め、ルアンは焼き印を作っていた。焼き印で手錠に紋様を刻む。

 ルアンはゼアスチャンにサミアンの手に手錠をかけさせて、実演させた。


「このように正しく光の紋様が描ければ、発動します。光を出させないこの防のギア、ディフェシオは、持続時間が長く、普通に光を放つだけでも1日は持ちます。光を流し込むのは至極簡単、少しだけ練習さえすれば誰でも使えますよ。この手錠さえあれば、面会時のギアも心配はありません。実力のあるギア使いの囚人にも、普段から使用すれば、脱獄も減ります」


 椅子の上に立ち、雄弁に語るルアンを、幹部達は唖然と見上げる。

 その驚きであまり何も言えない顔は、予想通り。優越感と達成感は、想像以上。

 強気な笑みを浮かべ、ルアンは真っ直ぐに長テーブルの向かいに座るレアンに翡翠の眼差しを向け、告げた。


「改めまして、これを使用した監獄の改良と、囚人の面会を設けることを、提案します。ボス」


 レアンに言われた通り、ギアによる脱獄を防ぐ方法を考えた。手錠1つで十分。

 最初こそは目を丸めていたが、レアンの表情に驚きはもうない。

 似ている翡翠の眼差しが、ぶつかり合う。レアンがルアンを見据えながら、考えているのだ。ルアンは目を放さず、待つ。


「――許可する。好きにやれ」


 低い声が、唖然としていた幹部達の注目を集めた。

 ルアンの好きにしていいと、レアンから許可が下りた。ニッとルアンは勝利に喜ぶ笑みを溢す。


「る、ルアンちゃん!!」


 ガタンッと椅子を倒して立ち上がったのは、トラバーだ。真っ赤な顔をして、自分の右手を握り締めるとルアンに向かって声を上げた。


「オレと結婚して!!」


 唐突のプロポーズ。

 間入れずピカッと光った直後、トラバーは殴られたように床に倒れた。


「い、痛っ!? ボ、ボス! いきなり酷いっ!」

「ぶははっ!!」


 エメルソンは豪快に笑い声を上げる。


「さ、流石だ、ルアン!」


 エメルソンの隣にいたラアンが立ち上がった。

 瞳をうるっとさせ、目頭を押さえる。感極まり、泣きそうになっていた。


「くっそ……こりゃあまじで将来はいい女だな、抱きてぇ」


 うっかり呟いたドミニクは、次の瞬間、ピカッと光り、後ろから殴られたようにテーブルに顔を落とした。


「……チッ。面会なんて、くだらねぇ」


 舌打ちをしながら、デイモンは先に会議室をあとにする。

 ルアンも騒がしくなったため、さっさとあとにすることにした。


「ちょっと待って!! 手錠を外し……ちょ、なんでオレまで!? ぎゃああ!!」

「落ち着いてボス!!」

「やめてくれっ!! うわああ!!」


 ゼアスチャンと一緒に会議室をあとにすれば、騒音と悲鳴が響く。ルアンは微塵も気にしなかった。


「うっしゃー!! やったじゃねーか、ルアン!! すげーよすげーっ!!」


 一階のルアンの部屋で待っていたシヤンとクアロは、結果を聞いて喜んだ。


「ガリアンに入って早々、目的達成も同然ね。ルー、アンタは本当に大した子だわ」


 書斎机のふかふかのチェアに座ったルアンの頭を撫でながら、クアロが感心して笑いかける。


「有言実行できたじゃん」

「ダメ人間のわりにわね」

「全然ダメ人間じゃないわよ」


 見上げたルアンを、クアロは指で小突く。


「じゃあさ、じゃあさ、次は幹部になるのか? なぁーなぁー! 精鋭部隊に入るのか?」


 にやけたシヤンが机に貼り付きながら、パシパシと叩いて問う。


「は? 幹部なんて、めんどくさそうじゃん。ならないよ」

「えっ!?」

「えっ……」


 ルアンは机に両手で頬杖をついて、言い切った。

 シヤンが面食らうが、一番動揺したのは、抱えていた資料を全て落としたゼアスチャンだ。


「な、何故ですか……ルアン様。ゆくゆくは、ボスの座を受け継ぐためにも、先ずは幹部になるべきなのではないでしょうか?」


 ルアンの真横に跪き、見上げながらゼアスチャンが丁寧に問う。だが、声が微かに震える。


「ボスの座を継ぐつもりもないもん。めんどくさい」

「なっ……!」


 冷めた目でルアンが、ゼアスチャンの夢を打ち砕く。


「ちょっと、ルー! ボスの座を継げるのは、アンタくらいなのよ! 今からめんどくさがらず、幹部を目指しなさいよ!」

「えーやだよー。もう十分頑張ったじゃん。今後は監獄の支配者になって、囚人いびりをする人生でいいよ」

「それは絶対に反対よ! それこそダメ人間ライフよ!!」


 後ろから、クアロはルアンの頭を鷲掴みにして振り回した。


「か、考え直してください、ルアン様。どうか……どうか、我がボスとなってください」


 がしり、とゼアスチャンがルアンの右手を握り締めて、懇願した。


「ルアン! オレも幹部目指すからさ! 精鋭部隊に入って一緒に暴れようぜ!! なぁなぁ! ルアン!」


 バンバンッ、とシヤンが机を激しく叩いて喚き出す。


「――っああもう喧しい!!」


 騒がしさにキレたルアンの蹴りが、ゼアスチャンの顎にヒットした。飛ばされ、ゼアスチャンは倒れる。

 途端に、シヤンもクアロも離れて、静かになった。


「もう頑張ったんだから、放っといて」


 ルアンはそっぽを向くと、チェアの上で丸まる。小さなルアンは、そこに収まった。

 やがて、たらんと右手が垂れる。ルアンは事切れたように眠ってしまった。


「……疲れたのね」

「三週間くらい頑張ったからか」

「……また適当なところで、寝ちゃって……」


 クアロとシヤンは小声で話ながらルアンを見下ろす。せめてソファに運びたいところだが、ルアンを起こすことは気が引けて、そのままにすることにした。


「……急かすのは、よくないな。暫し休息をしてもらい、ゆっくりと今後のことを考えてもらおう」


 声を潜めて、ゼアスチャンはタオルケットをそっとかける。

 猫のように丸まって眠るルアンは、天才的でもまだ6歳になったばかりの子ども。

 少し押し付けがましいことを言ってしまったと、クアロ達は反省する。


「寝顔は……間違いなく子どもにしか見えないのよね」

「てか、猫みてぇ。喉撫でたら、鳴きそう」

「触るな、危険よ。起こしたら、殺されかねないわ」

「……」


 暫くの間、クアロ、シヤン、ゼアスチャンは、ルアンの健やかな寝顔を見つめた。


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DAMELORI ~ルアン・ダーレオクは転生少女である。~ 三月べに @benihane3

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